第12話 混沌聖夜の馬鹿騒ぎ 2

「騒ぎの匂いがする」


 混沌の街から少し離れた山中で、片眼鏡モノクルの男が呟く。地面に伏せっていた彼はしかし、そう言った次の瞬間には立ち上がっていた。


「騒ぎとなればこのハッタ様が行かないわけにはいかないなぁ! 魂がうねるビートをギュンギュンにかき鳴らしてやるぜ!」


 その様子を近くで見ていた青年は、呆れたような顔をした。


「あんたもタフだねぇ。あれだけ叩きのめしたのにピンピンしているじゃないか」


「騒ぎを聞きつければ地の底からでも蘇ってくるのが俺様って男さ。あんただってそういう口だろ? 酒呑の旦那」


「……あぁ、違いない」


 槍を携えた酒呑童子は凄惨な笑みを浮かべる。


「酒に酔い、血に酔い、闘いに酔う。それが酒呑童子さ」








「それで? クリスマス壊滅作戦って具体的には何すんだよ」


 すると、オーベロンが自信満々に答えた。


「決まっているだろう。クリスマスの象徴たる、モミの木と風車の巨人を破壊するのだ!」


 おそらくは、混沌の街の中心にあるモミの木と大型の風車の事だろう。


「モミの木は分かるとして……なんで風車の巨人?」


「巻かれている電飾がクリスマスっぽくて気分が悪いからだ!」


(拗らせてんなぁ……)


「諦めろジム。もうこうなったら誰にも止められねぇ」


 金太郎が悟った顔つきでジムの肩に手を乗せる。

 街の中央に進軍する酔っ払い軍団。2人は仮にも王であり、1人は何をするか分からない怖さを持つ少女。金太郎の言った通り、彼らの歩みを止められるものは誰もいないように見えた。

 しかし。


「来たわね。だめんず共!」


 モミの木と風車の巨人まであと少しというところで、彼らの前に立ちはだかる影が現れた。それも複数。


「また性懲りもなく出てきたわね! 恋人たちの聖夜を邪魔するなんて野暮は、絶対させないわよ!」


「その通り。僕らの永遠の愛、お前たちには引き裂けない!」


「ロミオとの時間を邪魔するなんて……万死に値するわ」


「あぁ、君たちには氷漬けになってもらおう」


「ぬぅ、やはり邪魔をするかバカップル!」


 歯ぎしりするオーベロンに対して、ジュリエットが不敵に笑う。


「ふふ……私達だけじゃないわよ。来なさい、ジャック」


 4人の後ろから、ジムと同じくらいの年の少年が顔を出した。


「ジム……⁉ 君がなぜそちら側にいるんだ! 彼らがやろうとしているのは悪い事なんだぞ!」


 少年――ジャックは露骨に嫌そうな顔をするジムに詰め寄る。


「あきゃきゃ。こんな時まで優等生面かよ。良い子を演じるのも大変だねぇ、ジャック!」


「君もいたのか……って酔っているのか⁉ こんな子供にお酒を飲ませるなんて、やはり君らの行いは看過できない!」


「いや、そいつのはただの雰囲気酔いで……」


「言い訳をするなジム! ジュリエットさん、一刻も早く彼らを救い出しましょう」


「人の話を聞けよ!」


 その時、双方に新たな援軍が現れる。


「中々血の気の多いルーキーではないか。だが、勝敗を決するのに口喧嘩では少々味気ないだろう」


「こちらは口論でも一向にかまいませんが。陛下がおられる以上、私たちの勝利は揺るがない」


 ラ・ベットとガラハッドの参戦によって、人数はちょうど同数になった。


「じゃあそろそろ始めましょうか……クリスマスの存亡をかけた、一大決戦を!」


 その宣言を受け、両陣営は――相手に背を向けせっせと雪を集め始めた。


「「「はっ?」」」


 ジムとマッチ売り、ジャックの声が見事に重なる。


「え、えーっと金太郎?」


「そういやお前は今年が初めてだったな。一昨年までは普通にドンパチやってたんだが、翌日街を修復したシャドウ・ゴッドマザーに、全員死ぬほど怒られてさ……。それでこれからは雪合戦で勝負しようってことになった」


「……嘘……だろ?」


「いや、彼の言っていることは本当だ」


 雪壁を作っていたアーサーが話を引き継ぐ。


「あれは本気で恐ろしかった。当時の戦いにはドン・キホーテやフランケンシュタイン、青髭もいたが、最後は全員泣いてたからな」


「……嘘……だろ?」


 基本的に頭のネジが飛んでいる混沌の街の住人、その中でも特にぶっ飛んでいる彼らを泣かす説教とはいったい……。


「ただし、たかが雪合戦と甘く見んじゃねぇぞ。俺から一個忠告しといてやる。雪合戦が始まったら、自分の身を守る事だけ考えろ」


「? それって……」


「っ避けろ!」


 金太郎がジムの首根っこを掴んで飛び退った直後、2人とほぼ同じ大きさの雪玉がそこに着弾した。


「ナイスショットです、王様!」


「ぶろろ……」


 雪玉を投げたのは黄金の鎧を身にまとったロバの偉丈夫、カオス・ミダス王である。


「まだ準備中だろ! それに途中参戦なんてありかよ⁉」


「言うだけ無駄だっ。とにかく頑張って生き残れ!」


 金太郎がジムを空中で放す。一瞬見捨てられたのかと思ったが、実際は逆、さらなる脅威からジムを守るための行動だった。


「金坊。今年はそっちについたのかい」


「どっちにつこうが、てめぇは気にしねぇだろ!」


「その通りさ。さて、約束をすっぽかした分、とことんヤろうじゃないかっ」


「約束なんてした覚えはねぇ!」


 鬼の膂力で放たれる雪弾が次々に雪壁を打ち抜いていく。その全てを金太郎は華麗に躱していた。


「くっ、すばしっこい!」


「ははは! 恋愛に現を抜かす貴様に私が打ち抜けるわけがブフゥ⁉」


「甘いね妖精王。僕らは2人で1つなのさ、ねぇゲルダ」


「ありがとう! あなたは私の自慢の恋人よ、カイ!」


「お、おのれぇい……!」


 オーベロンがカイとゲルダに苦戦を強いられているその頃。


「アーサー王!」


「私は負けられんのだ!」


 アーサーの雪玉がロミオの顔に届こうとした刹那。


「させるかぁ!」


 割り込んだ孫悟空が雪玉を防いだ。


「す、すまない」


「気にすんな。今無性に暴れてぇ気分だっただけ……」


 ロミオの姿を見た孫悟空の動きが止まる。ロミオの容姿は、長髪の美青年。つまり――孫悟空のタイプど真ん中である。


「? どうしたんだ?」


「あああああの、交換日記とか興味ありますか⁉」


「交換日記? 興味があるかと言われても……」


 しかしここでアーサーの横やりが入る。


「君、一応言っとくが彼は恋人持ちだぞ」


「え? ……マジ?」


「あらー、私のロミオに何か用かしら? に」


 頷くロミオの後ろから、ジュリエットが露骨に牽制する。


「………………ちくしょー‼」


 孫悟空は背を向けて走り去った……かと思えばアーサーの側まで行くと雪玉を抱えて振り返る。


「1日に2度も失恋……こういう時は……頭空っぽにして大暴れ……!」


「上等よ! 私のロミオに色目を使った事を後悔させてあげるわ!」


 すでに雪合戦の体をなさなくなってきた戦いはよりカオスになっていった。


「全員私の足元にひれ伏しなさい! 雪玉キャノン発射!」


「その程度の火力しか出せないのか? カオス・ドーロット、私たちの技術を見せつけてやれっ」


「はいはい。連撃砲準備OK、掃射開始よ」


 銃火器から大量の雪玉が放たれ、次々と相手に襲い掛かったかと思えば、


「聖夜を乱す不届き者共め! 正義の名のもとに、我が天誅を下してやる!」


「全員粛清してあげる!」


「おおジャーンヌ! 私は一生君についていこう!」


「盛り上がってるねぇ! それじゃあ派手なのをロックに決めるぜ!」


 次々に勢力が現れ、もはや誰が敵で誰が味方かも分からない状態になっていく。








 その混乱から少し離れたところに置かれた屋台の暖簾をくぐり、1人の男が席についた。


「お、シルバーじゃねぇか。今年は参加しねぇのか?」


「もう俺も年だからな。にしても今年は随分派手にやっているじゃねぇか」


「生きのいい新顔が結構いたからな。あと数年もすれば白雪の娘も加わるだろうし、これからはより派手になるぜ」


 シルバーが、牛魔王の出した酒を一気に煽り大きく息を吐く。


「そういやジムのやつもあんなかにいるのか。潰されてなきゃいいけどな」


「まぁ大丈夫じゃねぇの? 頼りねぇが、あれでもこの街にずっと住んでいるんだ。心配するだけ野暮って奴だろ」


 クリスマスの大騒ぎは、もはや毎年の恒例行事になっている。大抵はオーベロンとゲルダたちのいがみ合いから始まるが、最後の方になると、全員がただ騒ぎたいから騒いでいるという状態になる。オーベロン達も、きっと当初の目的など忘れているに違いない。


「ま、カオスな俺ららしいわな。この街に静かなクリスマスなんて似合わねぇ」


「まったくだ」


 こうして混沌の街の夜は、騒がしく更けていくのだった。


 

 


 


 


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