第17話 シャルデレラ
―—目覚めなさい。
「……むにゃむにゃ」
―—目覚めなさい、我が創造主シャルル・ペロー。
「何なのだ一体……。吾輩はまだ眠いのだ……ってなんじゃこりゃー!」
そこは白、白、白、どこまでいっても白の世界。
―—ここはあなたの夢世界。そして私はエイプリル・ゴッドマザーです。
「エイプリル? そう言えば普段と少し恰好が違う気が……」
―—今日は特別な日。ですのであなたに特別な魔法をかけてあげましょう。
それっ、と妖精が杖を一振り。するとシャルルに光が降り注ぎ。
「こ、これは! 吾輩の、吾輩の体が……⁉」
―—喜んでいただけたようで何よりです。しかし1つ気を付けてほしい事があります。この魔法の効力は――。
「よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉし!!!!」
シャルルは両手を突き上げながらベッドから飛び起きた。
「……っは。吾輩は一体何を? 何か、とてつもなくいい夢を見ていた気がするのだが……」
起きたばかりだというのに、直前まで見ていたはずの夢の記憶は幾重もの霞に包まれている。
「まぁよいか。それにしてもこの部屋、こんなに狭かったか?」
今シャルルがいるのはグリムノーツの想区ではなく、シンデレラの想区だ。ひとまとめにシンデレラの想区と言ってもシャルル童話やグリム童話の筋書きをそのままなぞった想区だけでなく、時代の流れの中で変化していった物語を基にした想区やパロディ・オマージュ作品を原典とした想区も含まれている。シャルルはそういった作品の蒐集のため、想区を巡っているのだった。
「旅費を浮かすためとはいえ節制のし過ぎも考え物だな。ベッドもこんな小さなものでよく眠れたものだ。次の宿はしっかりしたところを選ばねば」
もともと一泊だけの予定だったので気にする必要もないのかもしれないが、昨日の自分にどのような心境でこの安宿を選んだのかと問いただしたくなる。
しかしいつまでもぼやいていても仕方がない。朝食を食べるため、部屋を出ようと数歩歩いたところで――シャルルはこけた。
とっさに手を伸ばすが、手をついたところでさらにバランスを崩してしまい、床に肩をぶつけてしまう。
「つぅ……」
体が思い通りに動かない、否、自分の考えている以上の動きをしてしまう。歩いた時は予想より大きく足が出たせいでバランスを崩し、手を伸ばした時は、まだ手が突っ張った状態で床についたせいで衝撃を吸収できなかった。
寝起きのせいだろうか? いや、寝起きだとしてもひどい二日酔いでもない限りこんな醜態は晒さないだろうし、昨日は酒を飲まなかったはず。ホムンクルスの体のシャルルだ。肉体の不調や病気という事もないだろう。
(ん……?)
肩を押さえて立ち上がろうとした時、シャルルは妙な事に気づく。
手が妙に長く見える。
「ん、んん?」
見間違いかとも思ったが、たしかに長い。手だけでなく足もだ。
「ま、まさか……」
ふらつきながら洗面所のドアを開け、中にある鏡を見る。
鏡の中には、全盛期の頃のシャルル・ペローの姿があった。
「『若きマドモアゼルのための訓話』‼」
放たれた一矢が木々を吹き飛ばしながら100m先の大岩を粉々に砕く。それだけに留まらず、勢いの止まらぬ矢は大岩の背後にあった山に大穴を穿った。
「はは、ははははは! 素晴らしい! 射撃の腕も全盛期の頃に戻っているではないか!」
満足げに愛弓を撫でながら、若干顔の凛々しくなったシャルルは笑う。
成長し筋肉がついた事で一矢の威力が格段に増し、さらに弓を限界まで引き絞りながら連続で矢を撃ち込む事もできるようになった。子供の体だとできなかった事が今なら容易くできるのだ。
「服が変わらないのは納得がいかんが、まぁそれくらいはよしとするか」
ちなみに服は成長したシャルルに合わせて大きくなっていた。
「そういえば、この姿についてマザーが何か言っていたような……」
鏡で成長した自分を確認した途端、不明瞭だった夢の記憶がシャルルの中で鮮明に甦る。夢で、大人の姿になって感動しているシャルルに対しゴッドマザーは何かを言いかけていたはずだ。その前にシャルルが夢から覚めてしまったので、結局忠告の内容を聞くことはかなわなかったが。
「ゴッドマザーの魔法は12時の鐘と共に解けてしまう。となれば彼女が言おうとしていたのはその事だったのか?」
彼女は特別な日の特別な魔法と言っていたし、この姿のままずっといられるという事でもないだろう。
「そうなればやる事は1つ……!」
今までさんざん自分の子供体形をネタにしてきたグリムノーツの面々に今の姿を見せつけてやるのだ。
空を見上げれば日はまだ上ったばかり。ゴッドマザーの魔法が解ける12時が果たしてこの想区基準なのか、それとも訪れた想区によって変わるのかは分からないが、このままグリムノーツの想区に急げば十分間に合うだろう。
「ふふふ、待っていろ……奴らが吾輩の真の姿に驚く様子が目に浮かぶわ!」
ところ変わってグリムノーツの想区。
晴天の下、島と島を繋ぐ橋の欄干に腰をかけアンデルセンが本を読んでいた。
「あれ、ハンスじゃないか。こんなところで何をしているんだい?」
「ルイスか。見ての通り、読書だ。少し気分を変えたくてここに来てみた」
ふーん、とルイスは何か考えてる様子だったが、不意に手を叩きわざとらしい大声を上げる。
「ねぇハンス見て見て! あっちの方でウィリアムとヤーコプが駆けっこをしているよ!」
「あの2人が? 一体どういう事だ」
興味をそそられたのかアンデルセンが顔をあげた。しかし、シェイクスピアとヤーコプどころか目に見える範囲にはルイスしかいない。
「ルイス、誰もいないようだが……」
「ふふーん。嘘だよ嘘。見事に引っ掛かったね!」
ルイスの告白を前にアンデルセンはポカンとした顔をしていたが、得心したように手を打つ。
「なるほど、今日はエイプリルフールか。だがもう嘘をつく時間は終わったんじゃないか?」
「え? どういう事?」
「エイプリルフールにはいくつかルールがある。1、他人を傷つける嘘をつかない。2、嘘をつかれても怒らない。3、嘘をついていいのは午前まで……。今はお昼を少し過ぎたくらいだから嘘はつけないな」
「へぇ、エイプリルフールにそんな決まりがあったんだ。じゃあ――」
その時。
「ハンス、ルイス! 吾輩を見ろ!」
凄い勢いでシャルルが飛び込んできた。
「うわっシャルル⁉ いったいどこから? ていうかいきなりどうしたの」
「吾輩を見て何か言う事はないか? ん? ん?」
「何かって……いつもと変わらないけど」
ルイスの反応にシャルルも何かがおかしいと気づいたらしい。
「まったく、なら吾輩が直々に教え……な、なに⁉ 体が、体が子供に戻っている……だと⁉ なぜだ、まだ12時までには時間があるはず!」
「……あぁ。そういう事か。シャルル、さっきルイスにも言ったが嘘をついていいのは午前中までなんだ」
「いや、嘘じゃ……ま、まさか。そういう事……なのか……⁉」
さっきの盛り上がりが嘘のように頽れるシャルル。盛り上がったり落ち込んだりとずいぶん忙しい。
(まぁ……今日も平和そうで何よりだ)
ハンスは青い空を見上げてそう思ったのだった。
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