第7話 グリムノーツで肝試し! ~シャルルの場合~
「……それから毎夜の事、家の井戸から恐ろしい声が聞こえてくるようになったのです。『一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ……あぁ一つ足りなぁぁぁぁぁぁぁい!!』と!」
ろうそくの周りに集まっていた子供たちが一斉に悲鳴を上げた。
「あらあら、楽しそうねー」
その様子をドロテアが微笑まし気に見ている。一方で、その隣にいるシェイクスピアは不満げな声を漏らした。
「いかんせん語り手に感情がこもっていないのが気になるがな。おまけにあの話、この前行った想区の筋書きそのままではないか! もし私が語り手であったのなら背筋の凍るような怪談を考えておいたというのに」
「あはは……。シェイクスピアさん達が話したら皆怖がってメインイベントがやれなくなるじゃないですか。それで、もう準備は出来たんですか?」
2人を手伝っていた青年が尋ねる。
「あぁ。ハンスとボンボン貴族が戻ってくればそれで終わりだ。全く、どこで油を売っているのだか……」
「こっちは貴公がめんどくさがって丸投げした仕事をやっていたのだが? さすが英国人、頭の中に茶葉が詰まっているせいで少し前の事も忘れてしまうようだな!」
いつの間にか、2人の後ろには怒り心頭と言った様子のシャルルと額に汗を浮かべたアンデルセンが立っていた。
「……⁉ ふ、頭の中に何も詰まっていないおこちゃまがそのような皮肉を言えるとはな!」
「ぐぐぐ……! 上等だ、今日こそフランスとイギリスの因縁に決着をつけようではないか!」
にらみ合う2人の間に火花が散る。今にもバトルが始まろうとした、その時。
「はい、2人とも喧嘩はダメよー?」
両方の肩に軽く手が置かれた。横を見れば笑顔のドロテアがそこにはいる。
「「………………はい」」
逆らえるわけがなかった。
「あの2人、たしか1週間ほど前に喧嘩してからずっとあんな感じでしたっけ。グリムさん達ほどじゃないですけど、シェイクスピアさんもよくシャルルさんと揉めてますよね」
「ウィリアムも大概変人だから……」
「聞こえているぞハンス!」
ともかく、これでメインイベントの準備は整ったわけだ。子供たち相手に怪談を語っていた女性も、それを察して話を切り上げる。
もう終わりー⁉と不満そうに言う子供たちの前にヴィルヘルムが登場した。顔に傷のペイントをしたヴィルヘルムは大仰な動きで一礼し、声を張り上げる。
「良い子のみんな、こんばんはー!」
こんばんはー!!と元気に返す子供達を見てヴィルヘルムは満足そうに頷き続ける。
「お姉さんの怪談は怖かったかな? ……うんうんそれならよかった。さぁ今度は君たちが主役だ。肝試し大会のスタートだよ!」
「……どうしてこうなった」
最年少の少年を肩に乗せ、両側から服を掴まれ、やれ何か音がするだの何か動いただので大騒ぎする子供たちを引き連れてシャルルは進んでいた。
遡る事1週間前。
「だーかーら! なぜ吾輩が引率役をしないといけないのだ!」
「念のためだ。事前にコースをまわって危険がないかどうかチェックはしているが、年少組だけでは道を外れてしまう可能性もある」
「ヤーコプ兄さんやドロテアさんみたいな頼れる人が一緒にいたら怖さが半減するからね。その点シャルルはこういうの苦手だし年も近いから適役だと思うよ」
「年は外見だけの話だろうが! だから吾輩は年長者と年少者をバランスよく配分すべきだと言ったというのに……」
「おっと。終わった話を蒸し返す気かね?」
すかさずシェイクスピアが牽制する。そばにいたドロテアに聞こえないよう、不遜な表情の髭面に向かってシャルルは舌打ちした。
ここ1週間の2人の不和。その原因がこれだ。安全を考え年長者と年少者の混合グループにしようと主張したシャルルと、それぞれの年頃に合わせた適切かつ最高の恐怖を演出するため年長者と年少者に分けるべきだと主張するシェイクスピアはお互い全く譲らず、最終的にはシェイクスピアが安全面を最大限に確保する事を条件にその要望を通す事で落ち着いたのだが……。
そして時間は現在に戻る。ところ変わって森の中、第一ポイントの茂みの中ではシェイクスピアとルイスが脅かすための準備をしていた。
「ねぇウィリアム。どうしてあそこまでグループを分ける事に拘ったの?」
「愚問だな。幼い子供に向けた仕掛けは思春期を迎えた少年少女にとってはぬるい水でしかない。逆もまた然り、彼らに向けた仕掛けは幼い子供にとっては些か刺激の強い毒になってしまう。やるのなら徹底的にやるべきだ。……とはいえあのボンボンの言う事も無視は出来ん。真の劇作家たるもの、舞台を妥協する事などあってはならないからな」
その言葉に偽りはない。シェイクスピアが夜な夜な外に出て肝試しのルートを実際にまわり脅威がないことを確かめたり道を整備したりしていたことを、一緒のテントで寝ていたルイスは知っていた。
「なんやかんや、肝試しを一番楽しみにしていたのってウィリアムだよね……ってちょっと巻き過ぎじゃないかな息ができな……! ~~~!」
ルイスの抗議も聞かず包帯がどんどん巻かれていく。
「~~~~ぷはっ! 呼吸っ、呼吸できなくなるからっ」
「やるなら徹底的にと言っただろ。少しくらい我慢しろ」
ルイスが扮する(させられた)のはミイラ男。シャルルたちがここを通り過ぎようとしたら飛び出してびっくりさせようという魂胆である。
包帯でがっちり巻かれたルイスがもがいていると、子供たちの騒ぐ声とランタンの灯りが近づいてきた。
「っしまった! もう来てしまったか」
ますますしっかり巻かれる包帯。そしてますますもがくルイス。
(もう無理……!)
「あ、こらまだ完全に巻けていないではないか!」
シェイクスピアの制止も聞かず、ルイスは茂みを飛び出した。
(はぁはぁ……死ぬかと思った……)
顔に巻かれた包帯を緩め、ほっと一息つく。そしてルイスは気づく。心の準備が何も出来ていないまま、子供たちの前に飛び出してしまった事に。
「……はぁ、はぁ、はぁ……ミ、ミイラ男だぞー!」
「うわっ」
先頭を歩いていた少年が大声を出した。
少し先の茂みが大きく動いたかと思えば、何かが飛び出してくる。その正体は、
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
荒い息を吐きながら顔の包帯を取ろうとしているミイラ男だった。包帯の下からは、頬を紅潮させたルイスの顔がわずかに見えている。
「はぁ、はぁ、はぁ……ミ、ミイラ男だぞー!」
一瞬こっちを見て驚いた顔をした後、ルイスのミイラは両手を上げて威嚇した。風に舞う包帯の切れ端や、つけられた血糊がいい仕事をしている。これが肝試しでなく夜道で不意に現れたとしたら中々の恐怖だろう。
だが当の子供たちの反応は……。
「「「へ、変態だーーーーー!!」」」
「えぇ⁉」
呼吸をするために顔を出したのが完全に仇となった。子供達からしてみれば「頬を染めて鼻息荒く現れたルイス」という構図になってしまったようだ。
別の意味で恐怖しながら、子供たちは逃げていった。取り残されたルイスに向かって、シャルルは1つアドバイスをしてやる。
「あのな……そういう怖がらせ方は止めた方がいいと思うぞ」
「違うからね⁉」
さてそれからもいくつかの脅かしポイントを抜けて、肝試しコースも折り返しになった時。
(全部今までのような感じだったら楽なんだが……。
シャルルお兄さん、と少し前を歩いていた女の子が振り返って言う。
「あとどれくらい歩くのー? あたし疲れちゃった」
(次にやる時はもう少しコースを短くしてもいいだろうな……。そう言えばこのコースもあの髭面が考えたんだったか。まったく……)
返事をしながらシャルルはとりとめもなくそんな事を考えていた。
と、シャルルはいつの間にか列が止まっている事に気づいた。前を歩いていた子供たちは皆一様にシャルルの方を向いて立ち止まっている。
「ん? どうしたのだ、急に止まって……」
シャルルお兄さん、と再び女の子が呼ぶ。先程と違い、その声は硬い。
「後ろ……」
「後ろ? 後ろに何かあるのか?」
背後から視線を感じる。それに気づいた瞬間、全身の毛が逆立った。冷たい汗が頬を伝い、体から熱が急速に失われていく。
後ろを振り向くことなくすぐにでも逃げてしまいたい。そんな思いでいっぱいになるが、引率者という立場と子供たちを置いてはいけないという理性、そして彼らに良いところを見せたいという見栄がシャルルの足をその場にとどまらせた。
「ふんっ!」
覚悟を決めたシャルルは勢いよく振り返った。
最初に見えたのはワイン色のシャツ、視線をあげていくにつれ、緑色のネクタイ、優し気な顔、薄緑の髪が視界に入ってくる。
何と言う事はない。背後に立っていたのはグリム兄弟の次男、ヴィルヘルムだった。
「は……ははは何だ貴公か! 全く紛らわしい登場の仕方をしおって!」
それが分かった瞬間、目に見えてシャルルが元気になる。
「あぁ……まさか暗闇で隠れているのが怖くなったから出てきたのか? まぁそう言う事なら吾輩が森の外まで連れて行ってやらんでもないぞハハハハ!」
ヴィルヘルムは微笑んだままだ。シャルルの挑発にもまったく反応せず、にこにことシャルルを見下ろしている。
「怖さのあまり声も出なくなったか。安心したまえ、吾輩がいれば幽霊なんぞ恐るるに足らずだ!
……お、おい、聞いているのか? 聞こえているなら返事をせんか!」
ふと、小さな違和感にシャルルは気づいた。
「貴公……なんか大きくなってないか?」
シャルルがそう言った瞬間、ヴィルヘルムがさっと屈み、目線をシャルルに合わせてきた。
……否、屈んでなどいない。その証拠に、ヴィルヘルムの肩はいまだシャルルよりも高いところにあった。しかしヴィルヘルムの顔はシャルルの目の前にある。目の前でにこにこと笑っている。
ヴィルヘルムの首が落ちた。そう気づいた瞬間、シャルルの思考がストップする。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
一瞬の硬直の後、恥も外聞もなく大声を上げてシャルルは全力で逃げだした。あまりの出来事に凍り付いていた子供たちもそれを契機にシャルルを追いかけて走り出す。
「……兄さん、もういいよ」
最後の子供の姿が見えなくなったのを確かめて、ヴィルヘルムは暗がりに向けて呼びかけた。するとそこから全身黒色の服で固めたヤーコプが現れる。
「成功したみたいだな」
「うんバッチリ! 普段からシャルルにはいろいろ迷惑かけられているから、こういう時に仕返ししておかないとね」
「……まぁ、楽しそうで何よりだ」
この肝試しが終わった後の事を考えたヤーコプは、海より深いため息をついたのだった。
「―—ばぁっ、お化けだぞぉ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ‼」
「え、シャルルさん⁉」
肝試しコースをひた走る年少組。その先頭にいるのはシャルルである。道のわきから飛び出してくるお化け役にいちいち驚き絶叫するシャルル、そして唖然としているお化け役の横を子供たちが走り抜けていくという世にも珍妙なレースが開催されていた。
「あらあら、そんなに走ってどうしたの?」
道の向こうにこちらを心配そうに見るドロテアの姿があった。
「もしや貴嬢も……!」
震えるシャルルに、ドロテアは優しく笑いかける。
「残念だけど私は脅かす役じゃないの。ここがゴールよ。みんなよく頑張ったわね。さ、あっちへ行ってお菓子をもらってきなさい」
それを聞いて子供たちが歓声を上げた。走り回ったばかりだというのに、まるで疲れていないようだ。
「はぁ……若さには吾輩も勝てないか……」
「ふふ。私は年長組の子たちを待っているから、シャルルもあっちで休んできたらどう?」
「そうさせてもらおう」
こうして散々だったシャルルの肝試しは終わったのだった。
続く
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