第8話 グリムノーツで肝試し! ~エレナの場合~

「そろそろかな。それじゃあ君たちも出発しようか」


 側にいた男が時計を見て言う。先に出発した子供たちの叫び声は先ほどから聞こえなくなっていた。


「行くぞ。しっかりついて来いよ」


「うん!」


 ぶっきらぼうな言い方ながらも、遅れないようにと手をつないでくれる兄に、エレナは元気よく返事した。







「む、来たか」


 近づいてくる話し声を聞きつけたシェイクスピアが手に持った棒状の物を構える。


標的かれらは油断しきっているようだな。すぐ先に恐怖があるとも知らずに……。さぁ最高の肝試しショウの幕開けといこうではないか……!」


「ねぇウィリアム。その手に持っているのは何?」


 シェイクスピアは今、高い木の枝に蝙蝠よろしく足でぶら下がっており、茂みに隠れているルイスは自然と見上げるような形になる。


「棒に付けて水に濡らした昆布だ」


「え? え、昆布?」


「あぁ。ぬるりとした物で顔を撫ぜるのが肝試しの定番だとこの前の想区で聞いたのでな。生憎コンニャクとやらは手に入らなかったが昆布これでも十分代用は出来るだろう」


 そう言ってなぜか自慢げに棒を揺らすシェイクスピアだった。


「いやウィリアムが良いならそれで良いんだけど……」


 





「なぁなぁ、どうやって驚かしてくると思う?」


「あれじゃね? ばぁって飛び出してきたり木とか揺らしたり……子供だましだよきっと」


「だよな! もうそんなのに怖がる年じゃねぇっての」


(ふふ……我らグリムノーツがそんな甘いものを用意するとでも? では下準備といこう)


 子供たちの持つカンテラの灯りを避けるよう、昆布がするすると降下していく。


(真の恐怖というのは与えるものではない。理解の及ばぬ現象と対峙した時に己が内から沸き立つ感情。それこそが真の恐怖。いきなり驚かすなど2流3流のする事よ。まずは最年少のエレナを昆布でじわりじわりと恐怖させる。そうすれば他の子供達にも恐怖が伝播するはず。まったく我ながら完璧な計略だ……)


エレナの後ろに音もなく忍び寄る昆布。


「な、なにか今あっちで動かなかった⁉」


「気のせいだろ。まったくエレナは怖がりだな」


(こちらには気づいていない……もらった!)


 しかし。


「うわぁ⁉」


 エレナが石に躓き体勢を崩した事で、首筋に当たるはずだった昆布がエレナの上を通り過ぎる。


(くっ、失敗したか。だが昆布に気づかれてはいない。ならばもう1度!)


「わっ、蜘蛛の巣が!」


 スカッ。


「お、おいくっつくなよ!」


「だってすぐ近くで音がしたんだもん!」


 スカッ。


「ほらエレナ、毛虫だぞー」


「お前は何やってんだ! エレナもこんな小さな虫にいちいち驚くなよ……」


 スカッ。


(―—当たらん! エレナめ、まるで昆布の軌道が読めているかのように的確に躱している……! ええい、こうなったら何としてでも当てて…………しまった、バランスが――⁉)


 無理な姿勢で棒を振り回していたのが災いしたか、危うく木から落ちかける……が根性で何とか持ちこたえる。今のシェイクスピアは1流のエンターテイナー。あれだけ啖呵をきっておいて、醜態をさらすわけにはいかない。


(ぐぬぬぬぬぬ……‼)


 決して気づかれないよう、声を抑えながら元の体勢に戻ろうとするシェイクスピア。だがその行動がさらなる危機を呼び込むことになる。

 力の入るところを探すために、少しずつ動かしていたシェイクスピアの足が枝の上に置いてあった籠にぶつかった。もとより不安定な場所にバランスを取って置いてあったそれがその衝撃に耐えれるはずもなく……。


(しまっ――)


 滑り落ちた籠は重力に従って地面に落ちる。中に入れてあったものをあらかた吐き出しながら。


「うわ、なんか降ってきた⁉」


「ぬめぬめするー! 気持ち悪いー!」


「に、逃げるぞ‼」


 突然の奇襲に子供たちは慌てふためき、一斉に森の奥へと駆けていった。


「……」


「……」


「…………」


「…………ウィリアム?」


「……計画どおりだな」


「あ、うん……そうだね」


※地面に散乱した昆布は2人が美味しくいただきました。






(なんだよこれ! 普通に怖いじゃねぇか!)


「フフフ……ハハハ……!」


 ゲタゲタと笑いながら骸骨の集団がゆっくりと迫ってくる。その後ろには鎌を携えた2足で立つ獣の骸が続き、その傍らでは黒装束の男が不気味に笑っていた。

 動きが緩慢なため追い付かれることはないが、付かず離れずの距離感が逆に恐怖を倍増させている。


「エレナ、まだ走れるか?」


「うん、大丈夫……!」


 最後尾を走る2人が大木の側を走りすぎた瞬間、骸骨たちが動きを止めた。男が背を向けると、骸骨たちもそれに追従し元来た道を戻っていく。


「はぁっ、はぁっ、全員1度休憩……!」


 先頭を走っていたリーダーの少年が指示を出すと、皆一斉にへたり込む。上から降ってきた何かに驚いて走り出して以降、休む間もなく襲い掛かってくる仕掛けから逃げ続けてきたのだから当然だろう。


「忘れてた。あの人たちは……お遊びこういうことにこそ全力を出す人たちだった……」


「リーダー、ゴールまであとどんくらいだ?」


 そう聞かれ、少年が懐から地図を取り出す。


「この大木がここだから……あと少しだな。仕掛けがあるとしても数か所のはずだ」


「よっしゃ、なら一気に駆け抜けちまおうぜ!」


「そうだな。よし、それじゃあ行くぞ」


 リーダーの号令で子供たちが立ち上がった。危険の伴う事も多い旅をしているだけあって、子供ながらに迅速かつ統制のとれた行動だ。


「エレナちゃん。これどうぞ」


「ありがとう!」


 すっかり回復した様子のエレナも、近くにいた少女から水を飲ませてもらって元気に立ち上がる。


「全員気合い入れろ! あと少しでゴールだ!」


「「「「「おおー!」」」」」


 肝試しというよりは訓練をやっているかのようなノリで、子供たちは出発したのだった。



 



 

 リーダーの予想に反し、ゴールの手前までに仕掛けは1つもなかった。不気味なほどに静まり返った暗い道を、いくつかのカンテラの灯りがフラフラと動いていく。

 もちろん、このままゴールできるなどと楽観視していたわけではない。むしろその逆、この静けさは最後の大仕掛けの準備だろうと皆考えていた。

 だからこそ、その登場に度肝を抜かれるとまでは言わなくても多少驚かされる事にはなったのだ。


「あなたたち……無事だったのね!」


 前方の茂みが揺れたかと思えば、そこからあちこちに擦り傷をつくったドロテアが飛び出してきた。


「大丈夫⁉ 全員いる⁉ 怪我とかしてない⁉」


「え、えっと何かあったんですか?」


 状況を飲みこめないリーダーが尋ねる。


「何言っているの……あなたたちがいなくなってもう3日も経つのよ⁉」


「えっ……そんな、俺たちそんな長い事森にいませんでしたよ!」


 背後にいた子供たちも、その言葉に賛同して頷く。


「とにかく私についてきて。皆も向こうで待っているから」


 ドロテアは背を向けると元来た方向、順路から外れた森の奥に歩き出す。ドロテアの狼狽した様子を見た子供たちも、その後についていこうとした……が。


「皆、少し待ってくれ」


 今までずっと黙っていたエレナの兄がその歩みを制した。


「あら、どうしたの?」


「ドロテアさん。こんな暗い中、どうして明かりも持たずに僕らを探していたんですか? それに、こういう時って皆で手分けして探すのが普通じゃないですか。今の話しぶりだと、まるでドロテアさん以外は僕らを探しもせずに待っているように聞こえる」


「そ、それは、ほら言葉の綾みたいなもので……」


「ヤーコプさんにここ一帯の地図を見せてもらいました。ここから奥に進んでも森がずっと続くだけで集合に適した場所はありません。それならキャンプがあった場所をそのまま使った方がいいに決まっている。……ドロテアさんは、僕らをどこに連れていく気なんですか?」


 たしかにそうだ。そのような呟きがあちこちから聞こえてきた。子供たちの足が1歩下がり、ドロテアから離れる。


「フフ……賢いのね、あなたたち」


 糸の切られた操り人形のように、ドロテアがガクリと倒れた。


「ドロテアさ……!」


「ダメだ!」


 飛び出しかけたエレナを兄が抑える。


「でもいいの。賢い子の方が儀式の贄には相応しいはず……」


 子供たちの周りに次々と影が立ち上がる。腕のない不気味な影たちは、どこからか聞こえてきた怪しげなメロディーに合わせてゆらゆらと揺れる。

 それだけではない。先程と比べ、明らかに温度が下がってきている。すでに足元の枯れ葉は凍結をはじめ、踏みしめると乾いた音を立てて砕けてしまう。


「皆、よく聞いてくれ。俺たちから見て右後ろ、そこに隙間がある。俺が合図したら一斉に逃げるんだ」


 異変に動ぜず、冷静に周りを見ていたリーダーの言葉に子供たちが小さく頷いた。


「何を話しているのかは知らないけど、絶対に逃がさないわよ?」


 いつのまにか立ち上がったドロテアが、蜘蛛の糸が張られた箒を鳴らしながら迫ってくる。装いも変わり、黒衣に三角帽子をつけた彼女は童話の悪い魔女そのものだった。


「今だ!」


 動きを察知した影が進路を塞ごうとするが、カンテラの灯りに照らされ大きくのけぞる。その隙を逃さずにエレナたちは一気に影の間を駆け抜けた――――。








「こんなところにいたんだな。子供たちを見ていたのか?」


 丸太に座ってテントを見ていたドロテアの肩に、毛布が掛けられた。


「こんな時期でも夜は冷える。早く貴嬢もテントに戻るといい」


「あら。優しいのね、シャルル」


 シャルルはドロテアの横に腰掛けると、星で煌めく夜空に目を向けた。


「今回の肝試し、子供たち楽しんでくれていたなら良かったんだけど……」


「評判は上々だったみたいだぞ。特に年長組はいつも以上に楽しめたようだな。認めるのは癪だが、あの髭の言う事にも一理あったという事だ」


 そう言えば、とシャルルが視線を戻す。


「今回の肝試し、今日1番頑張っていたのは貴嬢ではないか? 最終確認に仕掛けの用意、驚かす役にゴールで子供たちを迎える役と、まさに大活躍……」


「ちょっと待って。最後のは、私やっていないわよ?」


「……え? いやでも吾輩は確かに……」


「私は驚かす役でずっとハンスといたわ。それに、ゴールの傍にいたのは2回目だけで1回目にいたのはコースの前半よ。ほら、雪女のところ」


「あ、あぁ、あそこか。しかしそうなると一体…………、…………⁉」


「確かに最初はゴールでの誘導役もやるつもりだったけれど、誰かが代わりにやってくれることになったのよ。えっとあれは誰だったかしら……?」


「…………」


「おかしいわね。お礼を言いたかったのに名前が思い出せない……ってどうしたのシャルル? 顔色が悪いわよ?」


「……今日はもう休ませてもらう事にするよ。貴嬢も早く寝るようにな……」


「えぇ、おやすみなさい(今シャルルが向かったテント……確かウィリアムとルイスのテントだったはずだけど。シャルル、疲れているのかしら?)」




 その後テントに乱入したシャルルによって、急遽開かれた酒盛りは一晩中続き、その中でシェイクスピアとシャルルはなし崩し的に和解したとかしていないとか……。それはまた、別のお話。




 








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