[短話] グリムノーツ小噺集

白木錘角

第1話 創造主たちの愉快なお茶会 前編

 グリムノーツの想区。かつてはペロー童話の想区と呼ばれていたそこは、今ではグリムノーツの創造主たちが暮らす場所となっている。一人につき一つの島で、彼らは自由気ままに過ごしていた。

 そんなある日の事。


「お招きありがとう、シャルル」


「まさか貴様から茶会の誘いを受けるとはな」


 グリムノーツが誇る二人の英国創造主、ウィリアム・シェイクスピアとルイス・キャロルは豪勢な屋敷を訪れていた。

 ここはシャルルの島「グリゼリディズ」。「もともとここは吾輩の想区なのに吾輩の住む場所がないのはおかしいではないか!」というシャルルのわがまま――というよりこの想区が変貌を遂げた経緯を見るに彼の自己責任なのだが――によって作られた第七の島である。

 

「待っていたぞ、ウィリアム、変態ルイス


「ん? 何か今変なルビの振り方をしてなかったかい?」


「いつもの事だ。そのくらいで騒ぐな変態恥さらし


「罵倒に罵倒を重ねられた⁉」


 いつも通りの英国コンビだったが、シャルルの案内で屋敷の庭に出た瞬間、その口は自然と閉じる。

 緑の美しい庭は真紅と純白の薔薇で囲まれ、庭の隅に一本だけ植えられたシマトネリコが大きく葉を広げ涼しげな木陰を作り出している。そして庭の中央には緑の芝生とコントラストをなす白色の小さなテーブル。テーブルの上には四つのカップ、ナイフ、フォーク、そしてティースタンドが一つ。三段重ねのティースタンドには形の整ったケーキやスコーンが乗せられている。


「ほう。これは……」


 シェイクスピアが嘆息する。その隣ではルイスが目を輝かせていた。


「貴様の事だ。茶会と言っても出てくるのはフランス流の紛い物だろうと思っていたが……。なかなかどうして、英国の茶会アフタヌーンティーを理解しているではないか」


「英国に精通したアドバイザーがいたのでね。さぁ、席についてくれ。茶葉はアッサムでいいか?」


「それで構わない」


「うん。ミルクは少し多めに入れてくれるかな」


 シャルルが手際よく紅茶をカップに注ぎ、二人の前に並べる。

 湯気の立つアッサムティーを一口飲み、二人の創造主は深い息を吐いた。

 英国とお茶会は切っても切れぬ存在であり、全ての英国人の根源には紅茶が流れているといっても過言ではない。英国人にとって紅茶は命の水であり、英国人はケーキとスコーンだけで人体に必要な栄養を全て補える(※補えません)。

 英国人である二人にとってティータイムは何物にも代えがたい至福の時間であり、その時だけは彼らを悩ませるあらゆる事を忘れられる。ここは彼らにとっての楽園だった。


「……そう言えば、もう一人はいつ来るんだい?」


 空いた椅子を見てルイスが尋ねる。


「それは私も気になっていた。貴様がグリム兄弟を招待するはずもない……いや、末弟なら話は別か? それともアンデルセンの奴の方か。あいつが茶会の誘いに応じるとは思えんがな」


「もしそれが本当なら、世にも奇妙なお茶会のメンツになるね。僕とルイス、それにシャルルとハンス。グリムノーツにいた時には考えられなかったことだ」


「全くだ。創造主というのはそろいもそろって偏屈ぞろい。あの兄弟とドロテアがまとめなければ、一緒に食事をとる事もままならなかった。しかしそれが気に食わなかったのか、よく彼らに喧嘩を吹っかけて場をかき回す小僧がいてな……」


 シェイクスピアが冷たい視線をシャルルに向ける。


「吾輩がお子様であるかのような物言いは止めてもらおうか! 吾輩は正当な理由の下、奴らを嫌っている! それを貴公は……まぁいい。残念ながら、もう一人の客人はハンスの奴でもグリムの末弟でもない。言っただろう? 英国に精通するアドバイザーがいると。四人目の客人は彼女――グース」


 ダッ!(二人が同時に席から立つ音)


 ガッ!(シャルルが二人の腕を掴み無理やり座らせた音)


「……だ。どうした? 急に立ち上がって」

 

 青ざめた顔の二人に対し、シャルルは落ち着いている。


「シャルル……僕たちは何かキミを怒らせるような事をしたのかい……?」


Nonいいや


「ならばなぜだ……! いやがらせか⁉ 貴様のいつもの悪ふざけか⁉ だとしても限度があるだろう!」


Nonいいや。貴公らは何か勘違いしているようだな。このお茶会の主催者は。吾輩は頼まれて場所を提供してやっただけにすぎん」


ガッダッ!(二人が一目散に逃げようとした瞬間にシャルルが無理やり二人を押さえつける音)


「いやだ! 僕はもう帰る!」


「『あの』グースが我らを呼んだだと……⁉ ええい手を放せシャルル・ペロー! 私はまだ殺されるわけにはいかんのだ!」


「落ち着け! どうしてグースが貴公らを呼んだというだけでそこまで話が飛躍する⁉」


 瞬間、シェイクスピアとルイスの視線が交錯する。百年以上前からの腐れ縁である。言葉を交わさずとも相手が考えている事は容易に読み取れた。


「チェシャ猫!」


「パック!」


 二人は全く同時に、自身のイマジンを喚ぶ。喚ばれたイマジンは疑似的な瞬間移動ができるチェシャ猫に攪乱を得意とする妖精パック。シャルルによってどちらかが止められても、もう一方が確実にここから逃げる道を拓いてくれる。

 

 しかし。


「ぐっ……⁉」


 シェイクスピアの喉元に長剣の切っ先が突きつけられる。それと同時、ルイスもまた、動きを止められていた。


「指先一つでも動かしてみなさい。首を飛ばす処刑するわよ」


突如現れたハートの女王は、弓を引き絞りながらそう告げる。それが嘘でもハッタリでもなく、また彼女なら躊躇なくそれをするであろう事は、ルイス自身がよく分かっていた。


「まさか、本当にあの人の言う通りになるとはねぇ。まぁしばらく大人しくしてもらおうか、旦那?」


 シェイクスピアに剣先を突き付けたまま、ハンプティ・ダンプティは笑みを浮かべる。その姿はまさに卵の擬人化と言った様子で、カールした髭や片眼鏡モノクル、尊大な態度など共通する部分こそあれど、ルイスのイマジンであるハンプティとは明らかに異なる存在だ。

 

「来たようだな。それでは吾輩が迎えに行くとしよう」


  突然現れたハートの女王にハンプティ・ダンプティ。それが意味する事はただ一つ。

 マザーグースの到着だ。


 「……っ」


 ルイスとシェイクスピア、二人の頬を冷たい汗がつたった。


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