ポニーテールの日


 ~ 七月七日(火) ポニーテールの日 ~


 ※蒼蠅驥尾そうようきび

 ハエだって、名馬のしっぽにすがっていたい

 ↑ 作者注:そんな意味ではありません。

       どうした立哉?



 昨日、俺が散々例題を作ったおかげか。

 たった半日で二教科分。

 赤点どころか、満点すら狙えるほどの知識を付けたこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今日の試験は。

 国語表現、世界史、化学。


 下手すりゃ俺より取るかもしれん。


 だからと言って油断もせず。

 気合いの証に、飴色の長髪を後ろで一つ結わえて。


 試験前、最後の確認にいそしんでる。


 ……でも。

 たまに口開くとこれだ。


「頑張ったから。今日のお昼は、ピザ屋さん……、ね?」

「まぁだそんなこと言うか。つれてかねえっての」


 最終的には、集中力がもたなくなるのはしょうがねえ。

 でも試験はまだまだ始まったばかり。


 今から気ぃ抜くのは。

 いくら何でも早すぎる。


「相変わらず厳しいのね保坂ちゃんは。ご褒美くらい、いいじゃない」

「そ、そうなの。意地悪……」

「失礼千万な奴らだな。前にも言ったが、なんで俺がご褒美あげなきゃいけねえんだ?」


 朝に詰め込むタイプのやつらが結構いるせいで。

 まだ、試験開始三十分前だってのに。

 席は三分の一ほど埋まってる。


 そんなメンツの中に。

 きけ子がいる理由。


「……お前、みんなの邪魔して平均点下げようって魂胆だな?」

「ぎくっ」

「残念だけど、そいつは意味がねえ。平均点は関係なし。赤点のボーダーは60点だって言ってたろうが」

「うそ!?」

「聞けって先生の話」


 じゃあ、もう諦めたとか言いながら。

 椅子にドカッと座ったきけ子が。


 ……マンガ読み始めやがったんだが。


 諦めるって、他人の邪魔の方じゃなくて。

 試験を?


「こら。ちょっとは足掻け」 

「ん? 舞浜ちゃん、ゴムずれ始めてる。直そうか?」

「聞けって人の話」

「ほ、ほんと? 嬉しい……」

「大げさね。こっち向いてよん! ……いやいや。髪をこっちに向けねえでどうすんの?」


 ニコニコ笑顔をきけ子に向けた舞浜に。

 勉強続けてろ、なんて声かけながら。


 きけ子はブラシ片手に席を立って。

 髪ゴムを外して、ブラッシングし始めた。


 でも、舞浜は。

 ふわふわ、あわあわ。


 まるで勉強が手につかねえ様子。


「どうしよう、き、緊張する……」

「ほんと大げさ。……え? やってもらったことないの?」

「ち、小さいころ以来……、かも」


 そうだよな。

 俺と似たような交友関係だったんだろうし。


 こういう、女子っぽいことに。

 友達っぽいことに。

 憧れあるんだよな、お前。


 良かったじゃねえの。


 ……でも。



 勉強しろ。



「しょうがねえな。おい、舞浜。夏木に問題出してやれよ」

「ああ、それいいわね! 舞浜ちゃん、国語の問題出して! そんなら自分の勉強にもなるでしょ?」

「も、もう泣きそう……」

「なんで!?」


 ほんとに鼻すすってるけど。

 なにが嬉しいんだよお前は。


「じゃあ……、倒行逆施とうこうぎゃくし

「順番通りじゃ無くやること!」

「せ、せいかい」

「よっしゃ!」


 へえ、やるじゃん。

 甲斐と付き合い始めた手前。

 ちゃんと勉強したようだな。


「つ、次は。蒼蠅驥尾そうようきび

「優れた人に従って功名を得る例え!」

「ち、違う……、よ?」

「あれ!? やばやば、どんな意味?」

「……ハエだって、名馬のしっぽにすがっていたい」

「は?」


 眉根寄せたきけ子が。

 携帯で調べて。

 舞浜に見せると。


「あれ? 私、間違えて覚えてた……。でも、確かノートには……」

「しっかりしてよ! じゃあ、間違えないように名馬のしっぽ作ろう! ポニーテールにしてあげちゃう!」

「髪、細いから。しっかり結わえて欲しい……、な」


 そしてきけ子は。

 鼻歌と共に髪をまとめて。

 ゴムでくるりんぱ。


 あっという間に。

 ポニーテールの出来上がり。


「……ほれ、もういいだろ夏木。お前も勉強しろって」

「勉強したら、どこかに連れてってくれる?」

「バカ言い出すんじゃねえよ。甲斐に殺されるわ、冗談じゃねえ」

「あたしじゃなくて、舞浜ちゃんを!」

「もちろん。どこでも好きなとこ連れてくぞ?」

「ん?」

「ん?」


 ……なんだよ。

 俺、変なこと言ったか?


「あれ? だって、さっきまでどこにも連れて行かないって……」

「なに言ってんだ。今日はなんでもわがまま聞いてやる」

「え? う、嬉しいけど……、なん、で?」

「別に変じゃねえだろう。星の王子様ミュージアム行くか?」

「で、で、でも。勉強しないと……」

「そういう事ならしょうがねえな」


 首捻る二人が顔見合わせてっけど。

 何なんだよお前ら。


「ま、いっか。……あれ? 舞浜ちゃん、もうゴムが緩んできた」

「わ、私、髪が細いから……」

「ほんと外れやすいのね。きつく結わえなおすわ。……それより、保坂ちゃんがどんなわがままでも聞いてくれるってさ! なにお願いしよっか!」

「夏木のわがままは聞かねえぞ?」

「ど、どうしよ……」

「髪ゴム取るよー」

「じゃ、じゃあ、帰りにピザ屋さんに連れてって?」

「ふざけんなよ? なんで俺がわがまま聞かにゃならんのだ」


 ……だからさ。

 なんだよお前ら。


「え?」

「え?」

「さっきっから、変な奴らだな」

「変なのは、保坂ちゃんの方だと思うけど?」

「な、なんでも言うこと聞いてくれるって言ったのに……」

「言ってねえ」


 試験の事で頭がいっぱいなのかな。

 しょうがねえ連中だ。


「いじわる、よくない!」

「別に意地悪してねえだろ」

「嫌なら嫌でいいからそう言いなさいよ! からかったら舞浜ちゃんが可哀そうでしょ!?」

「からかってもねえ。最初からピザ屋なんか行かねえって言ってるだろ」

「まったく保坂ちゃんは……、よし、結わえ直したよ? 痛くない?」

「うん。痛くない……、かも」

「可哀そうに、試験が終わったらあたしと行こうね、ピザ屋!」

「そうはいかん。今日、俺が連れて行くんだ」


 ……とうとう。

 眉根寄せて俺のことにらみ始めたきけ子と舞浜。


 よく分からんが。

 俺が二人を怒らせてるらしい。


 そのまま試験受けさせるわけにいかねえか。

 仕方ねえ。


「ヨックモックあるんだけど。食う?」

「……なんでそんなの持ってるのよ」

「お中元。今朝、うちに届いててさ。大好物だから持ってきた」

「ありがと。……ってちょっと! あたしに一本で舞浜ちゃんに残り三本ってどういう意味よ!」

「え?」


 バカだなお前は。

 当然の配分じゃねえか。


「……まあ、いいけど。んじゃ、いただきまーす!」

「い、いただきます……」

「ん! んんまい!」

「レモンティーも飲め。夏木にはやらんが」

「……ほんときもいんだけど。どうしたのよ」

「あ、やっぱ髪、痛いかも……」

「ほいほい。ほら、外したよ?」

「ありがと……。じゃあ、紅茶いただきま……」

「俺んだ。勝手に飲むなよなにやってんだ? ……って! ヨックモック食いやがったな!? ひでえなお前ら!」

「あはははははははははははは!!! わ、分かったかも……!」


 なんだよ。

 俺、おもしれえことなんか何もやってねえだろ。


 どうして爆笑してやがる。


「????? え? なにが分かったの舞浜ちゃん?」

「こ、これは言えない……。うふふふふっ」

「ずるい! 教えてよ!」


 何の話か分からんが。

 ニヤニヤ笑う舞浜が俺を見てて、なんか腹が立つ。


 まあいい。

 これ以上食われたらたまらん。


 舞浜の机から余ったお菓子を回収して。

 とっとと食っちまおうと、封を切る。


「……それ、頂戴?」

「やらねえよ。言っただろうが、俺の好物なんだ」


 にらんだ先で。

 舞浜が。


 自分でやったんだろう。

 雑に、つむじの辺りで髪を結わえてた。


「……二本しかねえけど、足りるか?」

「あはははははははははははは!!! こ、これは危険だから封印……、ね?」

「え? え? え? ねえ舞浜ちゃん! 何がどうなってんの!? こら保坂ちゃん! あんたが説明しなさい!」


 騒ぐんじゃねえよ、きけ子。

 


 ……俺にだって。

 なんでこんなに好きなのか説明できねえんだから。

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