最終話 円周率近似値の日
~ 七月二十二日(水) 円周率近似値の日 ~
※
ひでえ非難の言葉で相手を傷つける
「今日は、円周率近似値の日なんだ」
「うん。それより、これはどう……、かな?」
「なんで今日なのか、理由は知らないんだが……」
「七月二十二日、七分の二十二。アルキメデスが円周率の大きめの近似値と証明したから……、じゃない?」
「おお! なるほどそれは気づかなかった! やっぱお前と勉強の話するのはおもしれえ!」
「勉強のつもりないけど……、じゃあ、こっちはどう……、かな?」
「すげえよな、アルキメデス。紀元前三世紀の話だろ?」
「それは知らないかも……」
「なんで文系に倒すと何にも知らねえんだよお前」
「アルキメデスよりすごいこっちのと、ダイタンなこっちの。どっちがいい?」
「うるせえ! そんなのどっちでもいいから俺に聞くんじゃねえ!!!」
…………どうやら。
誤魔化すのはむり。
なんだこの拷問。
こういう店は。
他のお客の目と店員さんの目と。
あと。
こいつを排除してくれないと。
とてもじゃねえけどいられねえ。
「どうして俺を店内まで連れて来た!?」
「だって……、ご褒美……」
「まだ言うか! さすがに水着なんか買ってやらねえぞ!?」
終業式の後。
舞浜につれてこられたここは。
地元デパートの。
水着売り場。
いくらなんでも。
どこ見てたらいいかわからねえし。
その上、ご褒美に水着買えって?
冗談じゃねえ。
「お客様。……お客様」
「は、はい! すいません騒がしいですよね今すぐ出ますから!」
やべえ、騒ぎ過ぎた。
でもナイスだぜ店員さん。
これでようやく。
拷問から解放される……?
「おい。なぜ腕を掴んで止める」
「いえいえ。お客様がテンプレからちょっと外れているようなので、ご説明させていただこうかと……」
「は?」
「店内では、他のお客様のご迷惑になるのでインテリぶった発言をお控えいただけると助かります。もっとバカっぽい会話をしながらいちゃついて下さい」
「なに言ってんのお前?」
「あと、うんちくとか耳にすると私もイラつきますので」
「ほんとなに言ってんだあんた!?」
ショートヘアの。
スレンダーな店員さんが。
すげえ凛々しい切れ長の目を向けて。
真顔で。
バカなこと言い出した。
「だったら出てけって言やいいだろが! なんで腕掴んでんだ!」
「いえいえ。彼女にねだられて鼻の下を伸ばしながらやたら高い水着を購入されるお客様を逃がすだなんてとんでもない」
「買わねえよ!? てか無茶苦茶だな!」
「無茶苦茶ではありません。私はウソをつけない素敵な性格をしておりまして……」
「駄々洩れてる本心の方が素敵じゃねえんだよ!」
『黒崎』ってネームプレート付けたおかしな女が。
真面目なテンションで
どうなってんだよこの店は!
短くした爪に綺麗なネイルした。
こいつの手を振りほどいて。
店の外へ向かおうとしてみたものの。
黒崎は、今度は舞浜の腕掴んで。
こっちにも無茶苦茶言い出した。
「それと、お連れ様」
「は、はい……」
「そんな布面積でダイタンとか仰られましても。腹の立つスタイルをしていらっしゃるお嬢様は、こちらの中からお選びいただくことになっておりまして……」
わたわたしながらも。
抵抗しきれない舞浜が連れていかれた先。
そこには。
「ふんにゃあああああああ!!!」
布ではなく。
紐みたいなもんがずらりと並んでた。
「ふざけんな! こここっ、こんなの無理に決まってんだろが!」
「なんと。それはおかしいですね……」
「おかしいのはお前だっての!」
「いえいえ。お嬢様は高級水着を買ってもらって嬉しい。お客様はエロい水着姿を見れて嬉しい。当店はこんな売れもしないバカ高い水着が売れて嬉しいと、みんながハッピーになる素敵な提案なのにお客様は無理とおっしゃる?」
「一番無理なのはお前との会話だ!」
大声出し過ぎてくらくらする。
それに、周りの連中が平然としてるのもいいかげん信じがたい。
「おい舞浜! その二つから好きな方選べ!」
「なるほどお目が高い! 店員一同、誰がこんなの着るんだと失笑したこちらと、まるきり大切な所が丸見えのこちらですね?」
「ちげえっ!!!」
俺は、黒崎を放置して舞浜の腕掴んで。
手近なフィッティングルームに放り込んでカーテンを閉めた。
まったく、すげえなこの店。
なんでこんな店員放置してるんだ?
「あ、あの……」
「なんだよ!」
「お、怒ってる?」
ああ、そりゃ悪いことした。
怒ってる男と一緒にいたら。
気分悪くなるよな。
「……お前が気にするこっちゃねえ。あの店員のせいだから」
「でも……。それじゃ、ご褒美にならないね……」
ん?
怒った俺が水着買ってやっても。
ご褒美にならねえ?
「どういうことだ?」
さすがに意味が分からねえ。
俺が、背中越しに聞くと。
カーテンの向こうから。
弱々しい声が聞こえて来た。
「あの……、ね? 私、たくさん勉強助けてもらったから……」
「おお」
「保坂君にご褒美をあげようと思って……」
なんだ。
そうだったのか。
今日は逆だったのかよ。
「まあ、あれだ。そう考えてくれただけで嬉しいよ。でも、それが何でここ?」
「何をあげたらいいか分からないから、聞いてみたら……」
誰に?
「即答で、教えてくれたの。『水着売り場がいいよ~』」
「語尾で分かるとか便利だなあの野郎は!」
パラガスめ……っ!
てめえのせいでへろへろだ!
覚えてやがれ!
「そ、それで……、ね? ここじゃ、ご褒美にならない?」
カーテンの向こう。
少し鼻声になり始めた舞浜の声から。
感謝の気持ちと。
不安な気持ち。
余すところなく伝わって来て。
俺の中で暴れてた。
イライラとムカムカを。
綺麗さっぱり洗い流してくれた。
……ご褒美、か。
思えばこの一ヶ月。
お前が散々要求してきたもの。
でも俺は。
そんなものいらねえよ。
欲しいものは。
ただ、ひとつだけ。
友達には。
いつも。
笑っていて欲しい。
「……大丈夫。なんだか大騒ぎだったが、今にしてみりゃ笑い話だから」
「でも、保坂君、笑ってない……」
「そりゃ、あれだ。…………お前が笑ってねえからな」
ちょっとキザだったかな。
でも、この店じゃ。
こういう会話しなきゃいけねえルールみてえだし。
たまにはいいだろ。
……明日から始まる夏休み。
いきなり四日も、舞浜と顔を合わせることはない。
携帯でやり取りはできるけど。
こんな事件は、一緒の時じゃないと体験できないんだ。
そう考えれば。
今日の事だって。
貴重な貴重な。
楽しい思い出の一つ。
俺は、いつからだろう。
笑顔でいたことに。
今更気が付いた。
「……よし。水着買ったら、もうちょっと遊んで帰るか」
屋上か。
喫茶店か。
お前が行きたいところに行こう。
そして、そこで必ず。
笑顔をくれた礼に。
すまし顔したお前のことを……。
無様に笑わせてやる!
「……試着してみたから、開けるね?」
「ん? 開ける必要ねえだろ。気に入った方買えば」
「でも、保坂君へのご褒美……」
「ちょおっ!? ちょっと待て! 心の準備が……!」
服の上から当てただけとは言え。
そんな姿見せられたら!
……だが、ここから逃げ出したい気持ちが。
ウソついてんじゃねえよと。
正直な気持ちに首根っこ掴まれて。
無理やり振り返らされたその先で…………。
「うはははははははははははは!!!」
制服の上から胸に当てた水着。
下じゃねえか!
「……やった。笑ってくれた……、ね?」
「どう着る気だばかやろう!」
「こう、両方の穴に腕を通して……」
「うはははははははははははは!!! 円周率まる出しになっとる!」
「円?」
「にょわっ!? なな、なんでもねえっ!!!」
俺は反射的に叫んだ言葉を誤魔化す術も持たず。
店の外に逃げて。
目をつぶって。
ひたすら反省しながら。
いつまでも立ち続けた。
ほんと俺。
反省しろ。
…………反省するから。
さっき浮かんだ想像図。
頭から消えないで下さい。
秋乃は立哉を笑わせたい 第4笑
=友達と勉強しよう=
おしまい♪
……
…………
………………
「そういや、水着買って。海なんか行くんだ」
買い物の後。
散々デパートで遊んで。
夕暮れを迎えた帰り道。
俺が何気なく訊ねると。
前を歩いてた舞浜は。
くるりと振り返って。
「行くよ?」
そう返事をしたまま。
後ろ向きで歩き続けた。
……今日は一日。
散々ご褒美とやらを貰ったが。
その屈託のない。
仮面を被ってない笑顔が。
一番のご褒美かもしれない。
「いつから?」
「明日から」
「そっか。偶然うちも、明日から四日間、海だ」
「偶然じゃ、ないよ?」
ん?
…………ん?
「ん?」
「ん?」
「ん?」
「ん!?」
偶然じゃなければ何なのか。
その答えは、特別編で明らかに!
秋乃は立哉を笑わせたい 第4.5笑
2020年7月23日(木祝)よりスタート!
夏! 海! 水着! お泊り!
と来れば。
誰もが思いつく、そんなサブタイトルは!
=友達とホラー体験しよう=
ひょえええええええええええ!!!
……どうぞお楽しみに♪
秋乃は立哉を笑わせたい 第4笑 如月 仁成 @hitomi_aki
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