ハンバーガーの日
~ 七月二十日(月) ハンバーガーの日 ~
※
多方面で活躍すること。あるいは一人で何人分も活躍すること。
今日の追試は、二教科とも。
その場で採点されたらしく。
辛くも落第点を回避した。
いよいよ最後の勝負。
明日の英語の対策をしようと。
軽くご飯を食べながら静かに勉強できる場所と見込んで来てみれば……。
「混んでんな!」
「おう! 今日はハンバーガーの日だからな!」
「……そんなのあんのか」
ここは、我が家の向かいに建つハンバーガーショップ。
昼間はめちゃくちゃ客が来るが。
夜はそれなり静かな店。
なのに。
今日は、レジ横にバーガーが積み上げられて。
店内が客で埋め尽くされてやがる。
「そのバーガーのせいで混んでるのか」
「そうだぜ? ハンバーガーの日限定! 『五百円お買い上げ毎にオマケでついて来るシークレット肉バーガーなの』だ!」
「……なのだ?」
「『なの』までが名前なんだよ。こうしねえと作ってやらねえってバカが言い出してな……」
「まあ、どうでもいいけど。こう騒がしいんじゃまたにするか」
大勢の客相手に
すげえ勢いで仕事をこなしながら俺と会話する殺人未遂女が。
シークレットなんちゃらを乗せたトレー片手に。
首に腕を巻き付けてきた。
「なんだよテイクアウトにしろよ。買ってけって」
「いや、ここなら飯食いながら勉強できるかと思って寄ったんだが、これじゃ無理だろうが」
そんな言葉に返事してきたのは。
レタスの段ボール抱えて自動ドアから入って来た、大人な店長さん。
「勉強するならいくらでも場所を貸すよ? 休憩室を使うと良い」
「え? そんなご迷惑かけられませんよ」
「いいんだよ、案内してあげようね」
さすが、俺が見込んだ店長さん。
なんて親切で大人な男性なんだ。
俺は、こんな大人を目指してえなと。
感心しながら店長さんの後を追ったんだが。
そんな背中に。
殺人未遂ヒステリック女が罵声を浴びせてきた。
「こんのあほんだら! 体よく休憩しようとしてんじゃねえ! あのバカ一人に任せてたら、また『果物まるっと一個入りバーガーなの』とか作り出すぞ!?」
「だ、大丈夫だよ、雛くんが目を光らせてるから……」
まったく、騒がしいな。
何が気に入らないんだあの女は。
でも、気になること言ってたな。
「……まるっと一個?」
「ああ、気にしないでいいよ」
「ハンバーガーに? イチゴとか?」
「…………ジャックフルーツって知ってるかい?」
「いえ」
首を振った俺に。
店長さんは。
なにも返事をしてはくれなかった。
~´∀`~´∀`~´∀`~
「ん……。すごくおいしい……、ね?」
「ほんとな、百円なのに。もっと高いもん買わなきゃ悪かったかな? 休憩室貸りといて」
「もう一つくらい、食べたいかも……」
「だめだ。おごってやらねえって話じゃなくて、すきっ腹くらいの方が勉強はかどるから」
当然のようにご褒美から始まった勉強会。
そんな不条理も。
ひとまずは今日まで。
心底嬉しいが。
ここで気を抜いたら元も子もない。
「そんじゃ、明日の対策。あの石頭は出題パターンが中間と期末、全く一緒だったんだが。多分生涯同じテンプレートしか使わねえんだろう」
「じゃあ、同じ問題が出るの?」
「問題の形は同じなんだけど、中身はまるで違うはずだ。あいつの性格的に」
俺はテーブルに期末の答案を置いて。
各問題ごとに、覚えなきゃいけねえことをまとめた紙を渡す。
「えっと、まず一問目は……」
「分かりやすいっ!」
「……は?」
舞浜の奴。
急に目をキラキラさせて。
一問目の問題と。
俺がまとめた例題の数々を見比べてるんだが。
「なんだよ。今までのと変んねえだろ」
「だ、だって。一問目は、慣用句が出るんでしょ?」
「……多分」
「文章の途中に括弧があるから、そこに単語を入れて、意味が正しくなるように慣用句を作るんでしょ?」
「そうだけど」
「その出題パターンで、保坂君がまとめた二十個の中から三つ出るのよね?」
…………ん?
まさか。
お前っ!!! まさかっ!!!
「お前、俺のノートに書いてあったこと丸暗記して……」
「ほ、ほとんど覚えられなかったけど……、ね?」
「その記憶通りに出た問題しか答えられなかったってことか!?」
「だ、だって、教えてもらってないから分からない……」
そんなバカなと思わなくもねえが。
試してみよう。
俺は、ノートを開いて。
問題を書いてみた。
問1.和訳せよ
Don’t worry.
「……気にするな」
「正解。……じゃ、これ覚えろ」
be afraid of ~
~を恐れる
「……覚えた」
問2.和訳せよ
Don’t be afraid of Paragus.
「…………分かりません」
「応用力ゼロっ!!!」
あまりのショックに思わず席を立った俺は。
心配顔で見上げる舞浜に気付いて。
慌ててフォローする。
「ああ、大丈夫。気にすんな」
「Don’t worry ね?」
いや、ほんとは気にして欲しいんだけど。
それにしてもまいったな。
これじゃ、どれだけ丸暗記させても。
ぴったりはまった問題しか正解できやしねえ。
……でも。
「それでもいくつか正解してたよな、応用問題」
「そう……、なの?」
「えっと……」
傾向と対策のため。
すべて預かってる舞浜の答案。
そん中で、赤点回避した世界史についちゃ。
むしろ応用問題の方が正解多い。
「……アレクサンドロス3世がドラクマ広めた意味なんて、教科書に載ってねえだろうに。説明完璧じゃねえか」
「だ、だってそれ……。保坂君が話してくれたから……」
は?
なにそれどういう事?
俺が眉根寄せる度。
こいつはどんどん不安顔になっていく。
今や、叱られた子犬が。
部屋の隅っこで申し訳なさそうに見上げてる時そのものだ。
……でも。
ひょっとしたらこれは光明。
ちょっと答案全部見返してみよう。
こいつの言うことがほんとなら。
正解してる問題。
全部。
「……見事に、俺が口頭で教えてやったもんばっかり」
例題と、その解説。
舞浜に直接説明してやったもんがそのまま出てるやつは。
ちゃんと正解してやがる。
……いや。
「お、お前……」
化学だとか数学だとか。
興味のある本なら。
どんなに難しいことも一瞬で覚えちまうこいつ。
ってことは。
興味のある『人間』と。
話したことは全部覚えてるってこと?
「……最後にもう一つだけ問題を出す。そいつの答えによって俺の仮説は完璧なものになる」
「う、うん」
この、意味の分からんバカ。
いや、天才の法則を証明するための問題は……。
「パラガスの苗字は?」
「そんなの知らない……」
「完璧だっ!!!」
叫び声に驚いて。
びくうと固まった舞浜。
不安そうな目に。
とうとう涙まで溜め始めてるが。
安心しろ。
悪い話じゃねえ。
むしろ。
これなら簡単じゃねえか!
こいつに百点取らせることすら可能!
あの担任に、ひと泡吹かせてやることができるぜ!
「って、これ全部話して聞かせなきゃなんねえのか!? 面倒だなおいっ!!!」
「な、何の話……?」
途端にやる気失ったが。
もうやるしかねえ。
俺は、これから何時間もしゃべり続けなきゃいけねえってことか。
……うそだろ?
すっげえ面倒。
「……ご褒美に、バーガーおごれ」
「べ、勉強するのは私だから、私がご褒美……」
「だからさ。なんでそうなる?」
「は、春姫との……」
「ああ、はいはい。なんか約束してたんだよな」
まったく。
なに約束してるのか知らねえが。
春姫ちゃん先生のせいにすんなっての。
例題って技を開発した先生がいなけりゃ。
お前、もっと点取れてねえんだぜ?
舞浜を、ちょっと待たせて。
飲みもんとバーガーを補充して。
「よし。食いながらおしゃべりするぞ」
「ほ、ほんと? 楽しみ……、ね」
「じゃあ、まずは英語の慣用句の話をしてやろう」
俺は、舞浜と一緒にシークレットバーガーを手にして。
やたらと楽しそうに俺の話を聞くこいつに。
一つ目の慣用句の事を話してやった。
「……じゃあ、今話して聞かせた慣用句言ってみろ」
「…………モツ」
「は?」
「シークレットの正体」
「聞いてなかったのかよ!?」
「だ、だって……」
そうか。
興味が他の事に行ってたら。
覚えやしねえのな。
……面倒っ!!!
こうして。
俺よりも魅力的なライバルがテーブルから消えるまで。
勉強はおあずけになった。
「ねえ、保坂君」
「はいはい。ハンバーガーより下の俺に何の用だ?」
「これ……、モツ」
「そうだな。ほんとに興味があれば何でも覚えんのな」
「……モツって、どんな生き物?」
「うはははははははははははは!!!」
……もの知らずなこいつに。
勉強教えること。
俺はようやく。
楽しいって思えて来た。
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