ハーフタイム・デー


 ~ 六月三十日(火) ハーフタイム・デー ~


 ※枯木竜吟こぼくりょうぎん

  苦境を脱してもう一度輝く



 もう、ほとんど時間がない。

 さらに詰め込まねえと。


 そうでなくても勉強時間が足りねえってのに。


 昨日、まる一日。

 俺が逃げ回ってるのをいいことに。


 いつも通りに勉強もせず過ごしたこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 朝から、たったの二時間。

 国語系、一通りの暗記事項を脳に書き込んだだけで。


 いつもつややかな飴色の長髪が。

 ぱっさぱさになっちまってやがる。


 だが。


「こら、休んでる暇ねえぞ」

「だって……、ね? こんなに勉強したことないから……」

「ふざけんな、こんなの序の口だっての。俺は毎日、家で五時間は机に向かってる」

「ハ、ハーフタイム休憩させて……」


 まったく。

 しょうがねえやつだな。


「わかった、いいぞ」

「ほんと? よかった……」

「五分休んだら英語な」

「ん……。休まない……、よ?」

「え?」


 休憩って言ったはずだよな。

 なに考えてんだこいつ。


「頑張る元気、出て来た」

「どういう意味だよ」

「放課後、楽しみ」

「は? ……放課後がどうしたって?」

「試験前だけど、今日、サッカー部の試合があって……、ね? チアも応援に行くんだって」


 一瞬、脈略のねえ話かと思ったが。


 間に一つ。

 俺を憤慨させる文言をはめれば文章が成立する。


「放課後、それ見に行く気か!? ちょっと休憩するって意味じゃねえのかよ!」

「……ごほん!」


 おっとと、やべえやべえ。

 つい興奮して大声出しちまった。


 こういうパターンの時って。

 次に叱られた奴がババ引くんだよな。


 たとえ俺よりも軽い悪さしたとしても。

 一発レッドカード。


 もしそうなったとしても。

 俺を恨むんじゃねえぜ?


 先生の、虫の居所ってやつを。

 GPSで確認してなかった自分が悪い。


「ハーフタイムって、そういう意味か。サッカー見ねえでチア見んのか」

「夏木さん、出る、から」


 そうだったな。

 レギュラー取れたって言ってたな。


 斜め前の机に目を向ければ。

 その上に広げられたノートに書かれてるのは。

 フォーメーションとダンスを表す棒人間。


 手首だけ、あっちへクルピタ。

 こっちへクルピタ。

 必死におさらいしてっけど。


「……行きてえ気持ちは分かるが、放課後も勉強しなきゃ間に合わねえっての」

「じゃあ、試合中は、勉強してるから……」

「ひでえ観戦客だな。でも、想像なんて容易につく」

「な、なにが?」


 物珍しい環境で。

 はしゃぎまわる舞浜の姿。


 その幸せそうな顔見て。

 俺も、勉強しろって言えなくなるわけだ。


「…………やっぱ、夏木の見学行くのは却下」

「ひどい……。そ、それじゃ頑張れない……」


 しょんぼりと。

 うなだれた舞浜。


 ペンも持たずにストライキ。


「……昼休み、チア見せてくれって夏木に頼んでやるから」

「フォーメーションがあってこその、チアなの……」


 なんて知った風な口ききやがる。


「じゃあ、今、応援してもらうか?」

「イメトレしてるから。悪い……」

「応援?」


 おっと、さすがチアの鑑。

 応援って言葉に反応して振り向いてきた。


「舞浜が、お前の応援に行きてえって駄々こねてんだ」

「昨日も断ったじゃん、だめだって。テスト前だから、先生に見つかったら叱られちゃうよ?」

「そ、そうなんだ……。じゃあ、しょうがないね」

「そう、しょうがねえんだ。だから大人しく……」

「しょうがないから、勉強おしまい」


 さすがの俺も。

 このセリフには。

 丸めた教科書でポコンだ。


「ああもう、ケンカしちゃ駄目よん! 舞浜ちゃんが勉強できるように、ばっちり応援したげるから!」


 そんなこと言いだしたきけ子は。

 鞄をあさりだすと。


 ……とんでもないことし始めて。

 俺と舞浜に。

 声にならない悲鳴をあげさせた。


「ちょっ……!」

「ご、ごめんね! ちゃんと勉強するから、ストップ……!」


 まさかの、いきなり両手にポンポン。

 わっさわっさ、黄色い花を鳴らして。


 声には出してねえけど。

 V・I・C! T・O・RYイェイ!


 そして前かがみになった胸の前に両手を構えて。

 起き上がりながらくるくるくるくるぱっ!


「うはははははははははははは!!!」


 しまった。

 つい笑っちまった。


 当然集まるクラス全員の視線。

 その中でも、一番遠くに座る甲斐が。

 すげえ楽しそうに笑ってんだけど。


 お前は良くても、俺が申し訳ねえっての。

 昨日に続いて今日も俺のせいで。

 きけ子が廊下送りにされたりしたら大変だ。


「ち、違うんだ先生! これは俺と舞浜が、夏木にお願いして……!」


 慌てて席を立った俺に倣って。

 舞浜も席を立ってヘッドバンギングで肯定したんだが。


「どうお願いされたらそんなことになるんだ、夏木」

「勉強に、超絶効果がある応援です!」


 あっけらかんと言ってのけて。

 片腕あげて。

 椅子に座ったまま。

 お尻でぴょんこぴょんこ跳ねてやがる。


 いやいや、無理があるだろう。

 慌ててフォローしようとしたんだが。


「ならば許す」

「おおい! 許すんかよ!!!」


 さすがにどうなんだこの教師。

 庇おうとしてる俺が言うのもなんだが。


「叱るところはきっちり叱らねえといけねえんじゃねえの?」

「そうなると、叱るべき相手は最初に大笑いしてたやつと、最後に激しく俺に突っ込みを入れたやつの二人だな」


 げ。


 そして俺に対する不条理な厳しさな。

 さすがに反撃してやるっての!


「俺だって、勉強に関係があるから大笑いしたんだ!」

「ほう? ならば説明してみろ」


 おっと、そう来やがったか。


 でもちょっと待てよ。

 まだ、なんにも考えてねえから。


「え、えっと……、だな」

「ふむふむ」

「ハ、ハーフタイム中だったから……、ハーブの、タイムをお茶にして……」


 くそう、無理がある!

 誰か助けてくれ!


 藁にもすがるつもりでお隣りを見ると。

 力強く頷いた舞浜が作る頼もしい握りこぶし。


 やっぱ頼りになるな。

 そう思いながら。


 舞浜がノートに書き込んだ。

 枯木竜吟こぼくりょうぎんの言葉を。

 そのまま大きな声で音読した。


「先生、怒るとゴリラに似てる? うはははははははははははは!!!」

「…………よし、いい度胸だ。貴様には、ハーフタイムをくれてやろう」



 そして放課後。

 サッカー部の試合にて。


 舞浜は、念願の、きけ子のチアを堪能し。


 俺は、その隣で。

 無様に踊るという罰を受けた。



 ……今の言葉じゃ。

 舞浜ときけ子。

 どっちの隣にいたのか分からねえって?


 そんなの。


 このスカート見たら自ずと答えが分かるだろうが。


「う、上手くてびっくりよん!」

「ほんとに三十分で覚えたの!?」

「保坂って言ったわよね。女子チア部に入る?」


 …………なあ、舞浜。


 頼むから。


 その携帯で撮った動画はすぐに消去してくれ。



「てか、勉強しろてめえは!」

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