海開き
~ 七月一日(水) 海開き ~
※
ひでえ身なり
朝っぱら。
お袋からメッセージが入る。
二十三日からの四連休。
海に連れて行ってくれるらしい。
この齢で、家族旅行。
この齢で、海。
俺にとっちゃ、微妙なイベントだが。
凜々花のはしゃぎっぷり見たら。
それだけで幸せになるから。
無粋なことは言わねえでおこう。
……それにしても。
朝っぱらから飛ばすなあ。
水着に着替えて、足ひれ付けて、ビーチボール膨らませて、水鉄砲乱射して。
上がるテンション、テーブルの上で跳びはねて、奇声をあげて髪を振り乱し。
……そして噴き出す大量の鼻血。
あまりの大惨事に、呆然自失する凜々花を。
テスト前だし、大事とって学校は休ませたけど。
「そ、それで遅刻したの……、ね?」
「興奮し過ぎ。親父が服と本体の面倒見て、俺が家具と製造元の面倒見て」
「製造元?」
「お袋に報告して怒鳴られるのは、昔っから俺の仕事なんだよ」
そんな話に苦笑いを返すお嬢様。
この暑いのに、涼しげな表情浮かべてっけども。
「で、でも、凜々花ちゃんが興奮する気持ち、わかる。海……、素敵……」
「何で目ぇキラキラさせてやがる。連れてかねえよ?」
「どこでも連れてってくれる約束……」
「家族旅行だっての。無茶言ってんじゃねえ」
まあ、今のは言い訳みてえなもんで。
断ったほんとの理由は。
こいつなんかとビーチに行ったら。
今度は俺が鼻血出しちまうっての。
……駅から走ってきたところなのと。
色っぽい話のせいで。
熱くなった顔を、へよんへよん。
下敷きで仰いでクールダウン。
意識しねえようにしてっけど。
お前、きけ子もうらやむスイカの名産地じゃねえか。
それが水着?
むりむりぜってえむり。
「いいからお前は勉強しろ。教科書の英文、全部覚えたのかよ」
「こ、こんなの一章覚えきるなんて無理……」
「俺は既に一冊まるっと覚えてるが?」
無理とかできねえとか。
口にしたらいけねえって。
俺は、母ちゃんから。
耳にタコができるほど言われて生きて来た。
だから俺は。
無理もできねえも。
決して口にしねえ。
「海に連れてってくれたら、勉強頑張るから……、ね?」
「むりむり。そんなことできるわけねえだろ」
ああもう。
目が自然と向くわ、その季節外れの中華まんに。
「保坂ちゃん、舞浜ちゃんと海に行くの?」
「うるせえ、行かねえから。こっち向くな小籠包」
「え~? いいな~。俺も舞浜ちゃんの水着見てえ~」
「お前もだまれ、春巻きの皮」
「なんで……、中華?」
「……お前は、水着になるの恥ずかしくねえのかよ」
「別に……」
ほう、そうか。
言いやがったな?
だったらこれで……。
今日は、無様に恥ずかしがらせてやる!
ぱしゃっ!
「……なんで、写真?」
「写真に映った人に、水着着せるアプリってもんがあんだ」
反射的にピースした舞浜に。
こうして、水着を着せると……。
「ほう。これは、なるほど。なかなかダイタンな姿……」
「や、やだ……」
「立哉~! 俺にも見せろよ~!」
単に水着を着るのと。
アプリでコラージュされるのとは意味が全く違うんだろうな。
さすがの舞浜も、血相変えて。
俺の携帯を奪い取ろうとしてきやがった。
「す、すぐ消して……!」
「こら、保坂ちゃん! それは犯罪だからよこしなさい!」
バスケ部でも話題になってる。
パラガスの長い手による鉄壁ブロック。
それをかいくぐり。
きけ子が、俺から携帯を奪い取って。
画面を、パラガスと同時にのぞき込むと。
そこには。
舞浜の頭を乗せた。
おすもうさんが、どすこーい。
「あははははははは! ブラしてねえし~! セクシ~!」
「きゃはははははは! 羨ましくないFカップ!!!」
……いつもなら。
なぜ笑わんと突っ込むところだが。
今日ばっかりは。
その渋い顔に免じて何も言わん。
きけ子とパラガスは爆笑して。
廊下行きになってっけど。
舞浜は、未だにむすっとしたまま。
俺に向けて手を広げた。
「ん? なんだ?」
「…………反撃」
「これよこせって?」
うなずく舞浜に。
携帯を渡してやると。
「どうする気だよ。俺も関取にする気か?」
「恥ずかしい携帯カバー、かぶせる」
「いや、そんなことしてねえで、お前は勉強を……んでもないです」
おっかねえ目でにらまれちまったら。
何も言えねえっての。
でもさ、恥ずかしいカバーってなんだ?
水着でも着せんのか?
「しばらく、こっち見ないで……、ね?」
「おお」
……そして淡々と。
何かを工作し続けてた舞浜博士。
約束の三十分が過ぎたころ。
なんとなく、お隣りに目を向けると。
舞浜の手に握られてたのは。
ごつい近未来的光線銃。
「うはははははははははははは!!! なに作ってんのお前!?」
どこに携帯が組み込まれているのやら。
一抱えほどもあるその銃は。
今時の特撮ヒーローかってほど。
ギミッキーなパーツもふんだんに。
すげえ精巧に出来てるけど。
驚いたことに。
木製だったりする。
「…………おい。保坂」
「だってこれ! すげえ割り箸鉄砲!」
「……舞浜。それは何だ」
「悪を滅ぼす、『流星のメテオ・シューティングスター』……、です」
「立っとれ」
この試験前に入ってから。
連日四人で立たされてる気がするな。
俺も、舞浜に続いて席を立つと。
「何をしとるんだ。遊んでいたのは舞浜だろう。貴様はまじめに授業を聞いとれ」
「…………なんと」
奇跡みてえな日もあるもんだ。
まさか、俺だけおとがめなしなんて。
「まあ、立ったついでだ。保坂は、それをもって来い。没収だ」
「舞浜博士の作品だし、没収は構わねえけど。この銃、俺の携帯内蔵してんだ。それだけ外させてくれ」
「意味の分からんことをする奴だな」
教卓の前まで、『流星の流星・流星』を持って来たが。
どう分解したらいいのかまるで分からん。
「なんだ? もたもたしおって」
「そう言うな。なんたって、舞浜博士の発明品だからな……」
「男が機械で女に負けてどうする。情けない」
かちーん!
俺を放っておいて。
教壇から下りて教科書読み始めた先生の背中。
今の失礼な物言いと。
昨日、ひでえ目に遭わされた恨みを込めて!
こいつで撃ち抜いてくれる!
「食らえ!」
……俺の姿を見てた何人か。
そいつら笑わせる程度のつもりだったんだが。
引き金を引くと。
携帯からビーム兵器的な、ど派手な効果音が鳴り響いて。
銃口からボールペンが飛び出すと。
先生の背広にこつんと当たり。
さらに、俺の声を無理やり合成したセリフが勝手に流れ出した。
『悪のゴリラー星人、成敗! 地球のピンチは、俺が守る!』
「よくできてる!?」
いや、この際、クオリティーに対する突っ込みは間違いだろう。
まずは成敗したゴリラー星人に謝罪すべきだった。
「…………確かに。よくできているな」
「さ、さすがは舞浜博士の作った銃だ。これで俺もヒーローデビューできるかもしれねえ」
「よし。その夢を叶えてやる」
そう言ったわけで。
今日は。
デパートのヒーローショーの舞台に立たされた。
……だから。
お前は動画撮ってねえで。
勉強しろ。
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