星の王子さまの日


 秋乃は立哉を笑わせたい 第4笑

 =友達と勉強しよう=



 学生の本分。

 それはもちろん。


 見たことの無い物を見て。

 聞いたことの無い物を聞いて。

 そしてなにより、自分で体験して。


 世界を学ぶこと。


 ……なんて大義名分は。

 ちょっとロッカーにしまっとけ。



 学生の本分。

 試験一週間前のお前には。



 知識の詰め込みだ。




 ~ 六月二十九日(月) 星の王子さまの日 ~


 ※一糸一毫いっしいちごう

  すげえちょびっと



 期末テスト、一週間前。

 普段はのんきなこのクラスも。


 さすがに各所から。

 ピリピリと、神経をささくれ立たせた空気が伝わってくる。


 ああ、懐かしいな。

 中学の頃は、毎日こんな感じだったっけ。


 ……それが。

 今や。


「また折り紙始めやがって。早く覚えろ。漢字覚えた後は、慣用句だからな。あと、授業もちゃんと聞いとけ」

「え、英語の授業と漢字、同時は無理……、よ?」

「無駄話してると三つ同時になるぞ」


 勉強の教え方なんかまるで知らねえ。

 でも、こいつに赤点取らせるわけにもいかねえ。


 出来の悪い、詰め込み型教師にしごかれて涙目を浮かべるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 俺の国語のノートにまとめてある必須漢字を丸暗記しながら。

 先生の板書を書き写して。


「よし。じゃあ、漢字のテストするぞ」

「む、無理! まだ覚えてない……」


 とうとう悲鳴を上げた。


「のんのん。保坂ちゃん、厳しすぎ。もっと上手に飴と鞭使わなきゃ!」

「飴ならくれてやってるぞ? 頭使うと一気に糖分持ってかれるからな」


 イチゴ味の袋飴見せてやったんだが。

 きけ子は呆れ顔でため息なんかついてやがる。


 こら。

 文句があんなら飴取ってくんじゃねえよ。


「こういうんじゃなくて、今日一日頑張れたらご褒美上げるとか!」

「はあ? 冗談じゃねえ。教えてやってるのに、なんで俺が払わなきゃならねえんだっての。こっちがご褒美もらいてえくらいだぜ」

「ご、ご褒美もらえたら……、もうちょっと頑張る……、よ?」


 このやろう。

 小学生みてえなこと言いやがって。


 ……そもそも。

 何かが出来たら何かを貰えるって受け身の考え方は。


 学力アップにつながらねえ。


「勉強なんてものはな、自分が望む何かを手に入れたいからするもんだ」

「舞浜ちゃん、ご褒美に欲しいものある?」

「聞けよひとの話」

「ほ、星の王子さま……」

「え? 王子様欲しいの?」

「ミュージアムってのがあって。行ってみたい……、な」

「遠いよ冗談じゃねえ」


 箱根なんて行けるわけあるか。


 しかも。

 俺はまったく行きたくねえ。


「で、でも……。どこでも連れて行ってくれるって約束した……」

「ぐ」


 先生の、独特な発音だけが響き渡る教室で。

 俺は必死に言い訳を考えて。


 考えて。


 考えた挙句。



 ……投了した。



「試験が終わったら、そこに連れて行けと?」


 聞いた俺に。

 舞浜は、首を左右に振ってみせる。


「は? どういうことだ?」

「そこに、連れて行って欲しい……」

「複数形って、お前!」


 さすがに冗談じゃねえ!

 でも、先週、必死になってたせいで。

 そう約束しちまった気がする。


 ……やれやれ。

 いらんこと約束しちまった。


「勉強、するから」

「ああ、わかったわかった」

「だから、毎日どこかに……」

「毎日だぁ!? 強欲っ!!!」


 てか!

 勉強できねえだろそれじゃ!


「でも、ご褒美が無いと頑張れない……」

「うるせえ、大罪七姉妹の一人め。どこか一カ所だ」

「それじゃ、頑張れない……」

「いいから、必死に覚えろ」

「…………無理。暑いし」


 面倒だな言い訳ばっかりしやがって!


 それに、俺の方が日向で暑いってのに。

 ネタのせいでカーディガン着てるんだぞ?


 文句言ってるんじゃねえ!


「さ、さすがに上脱ごう……」


 ぶつぶつ言いながら。

 ピンクのカーディガン脱いだ舞浜は。


 どこに置いといたら良いか、ふわふわ悩んで。

 結局膝にかけたんだが。


「……ばかやろう、俺をにらむな。どこにかけたって暑くなるに決まってんじゃねえか。ほれ、とっとと覚えろ」

「暑いし、お腹もすいた……」


 そう、それだよ。

 文句言うなら最初からそれにしろ。


 ようやく待ちに待ったタイミング。

 この暑いのに我慢して仕込んでたネタ。


 こいつを食らって。

 無様に笑いやがれ!


「ツバメさんツバメさん。あのお腹を空かせた女子に、私の体を覆ったこれを届けてくれないか?」

「え? 保坂ちゃん、王子?」


 右手の袖に隠しておいた。

 厚紙で作ったツバメを出して。


 早速、きけ子を笑わせた後。


 そのツバメが咥えて。

 舞浜の元へ届けたものは。


 左手の袖に無理やり押し込んどいた。




 コロネ。




「きゃはははははははは!!! 王子、何張り付けてんの!? ツバメの餌になるよ絶対!」

「……夏木。立っとれ」


 しまった。

 ちょっとミス。


 関係ねえ夏木が立たされて。

 当の舞浜は、笑うどころか。

 好物貰って嬉しそうにした後。


「お、王子?」

「なんだよ。笑えよてめえは」

「そのうち冬を迎えたら、凍えてしまいます」

「じゃあ、ツバメさんは胸ポケットに入れといてやるか」

「ぷっ……」


 おお。

 ちょっとうけた。


 なーんて喜んでたら。


「凍えないように、これをどうぞ」

「体よくカーディガンのハンガーにすんじゃねえ!」


 暑いわ!


 あとさ。

 そういうニヤニヤ笑いじゃなくて。

 げたげた笑えっての。


 ……そういえば。

 先週、こいつ爆笑してたっけ。


 初めて見た、舞浜の大笑いした姿。

 可愛かったから、よく覚えてる。


 でも、そうじゃなくて。

 俺はてめえを。


 無様に笑わせてえんだっての。


「で、できた……」


 舞浜の笑い顔思い出しながら。

 気付けば結構な時間惚けてた。


 そんな間に。

 漢字覚てたみてえだな。


「ああ、覚えきったか。じゃあ、テストしてやるからてめえふざけんな!」


 なんだよそのカボチャパンツ。

 金ぴかな王子像の絵。


 モザイクアートみてえになってっけど。

 それを一枚一枚、寂しそうに剥がしてっけど。


「……こら。そんな作りになってるわけねえだろ。なんで金箔剥がすと中から肌色が出てくんだよ」


 だとしたら、像作ったヤツ、センス良すぎ。

 危うく笑いかけちまった。


「腹筋バッキバキだな王子。……おい、ちょっと待て」


 体中の金箔を剥がされて。

 舞浜の手が、最後のカボチャにかかった。


 そいつを取ったら、一糸一毫いっしいちごう纏わぬ姿。

 冗談じゃねえぞ?


「そ、そこはやめろ!」

「えい」


 小さな掛け声とともに。

 舞浜が剥がした最後の砦。


 その下に書かれていたのは。




 格子状のモザイク。




「うはははははははははははは!!!」

「…………おい、保坂」

「だってこれ! 子供にも安心してご覧いただけます!」

「そんなお前には、子供に見せられない罰をくれてやる」



 こうして俺は。


 廊下に。

 お盆一枚で立たされそうになったから。



 県外まで逃げてみた。



 くそう。

 明日こそ舞浜を爆笑させてやる。



 じゃねえ!

 勉強しろてめえは!!!

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