もつ焼の日


 ~ 七月十三日(月) もつ焼の日 ~


 ※対驢撫琴たいろぶきん

  ロバに、なに言ったって無駄



 四時間目が終了するなり。

 振り向いてきたパラガスときけ子。


 なんだかんだ。

 二人とも、舞浜にやさしい。


「舞浜ちゃん、気を落とさないでね? ガンバよん!」

「舞浜ちゃ~ん。追試頑張ろうな~」


 今日返却された答案は。

 全体の、ほぼ半分。


 だというのに、すでに。


 補習 3

 追試 1


「……散々だな」

「なんでそう舞浜ちゃんに冷たいのよ保坂ちゃんは!」

「ホント、いじめっ子だよな~」

「別に意地悪で言ったわけじゃねえけど……」


 まあ、仮に意地悪だったしても。

 耳に入るはずもねえ。


 想定を大幅に下回る結果に。

 呆然と答案を見つめるダメ生徒。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 涙目で俺を見つめて。

 ぽつりとつぶやくには。


「補習の予習と、追試勉強、手伝ってほしい……、な」

「面倒だ」

「ほ、保坂君がご褒美くれたくなるほど頑張るから……」

「だからよ。なんで俺が面倒な思いしてんのにご褒美あげにゃならんのだ。むしろ寄こせ」

「じゃ、じゃあ、海に連れて行ってもらうから……」

「だから! おかしいだろ! それじゃ俺が……」


 あれ?


「ご褒美を…………?」


 なるほど。

 それは確かにご褒美。


「ねえ、保坂ちゃん。むっつりはもうちょっとしっかり目にしまっといて欲しいのよん」

「おわっ!? ち、ちげえし! 他のイベント考えてたんだっての!」

「『他の』って言い訳の時点でアウトなのよん?」

「いやいや今のは言葉のアヤだ! ほんとに違う事考えてたんだって!」


 もちろんウソだが。

 ここは押し通さねえと後が面倒だ。


「ほんと?」

「そうそう。海と言えば?」

「…………へ?」

「夏! 海! 砂浜! ごはん! と言えば?」

「バーベキュー!」

「正解! ……と、言う訳で」

「ぎゃはははははは!」

「あははははははは! バーベキュー!」


 ネタのためにわざわざ持ってきた。

 キャンプ用のバーナー。


 そこに四角いアタッチメントをセットすれば。

 ミニ焼肉ロースターの完成だ。


 このアタッチメント。

 網から落ちる脂を受ける台までついてる優れもの。


 高価な特注品だから外に持ち出すなとか親父が言ってたけど。

 本末転倒なこと言ってんじゃねえっての。


 しかし。

 自分で準備しといてなんだが。


「なんでやりたがるかな、夏にバーベキュー」

「なんでって~?」

「こんな熱いもんじゃなく。もっと冷たいもん作りゃいいだろうに」

「バカだな立哉は~」

「バカとはなんだ」

「合法的に、女子の手料理食べれる絶好の機会じゃんか~」


 お前が合法的とか言うと。

 そこはかとなく犯罪の臭いがする。


「……違法的な手料理ってもんがあんのかよ」

「あるよ~」

「は? あるのか?」

「例えば~」


 妙なこと言いだしたパラガスが。

 携帯いじって、その画面をきけ子に突き付けると。


「この、お前が転んだ時のパンツ写真~。ばらまかれたくなかったら弁当作って来……? 返せよ夏木~」


 一瞬で携帯取りあげられて。

 画像全削除されてっけど。


 友達脅迫するとか。

 そんな写真撮るとか。

 やっぱこいつはダメだ。


「手料理、嬉しいの?」


 目の前で繰り広げられるバカな騒動には興味がねえのか。

 妙なとこに引っ掛かった舞浜が聞いてくるんだが。


「ああ、そりゃ嬉しいさ。美味く無くても嬉しい。最高のご褒美だろ、手料理」

「ご褒美……」

「そうそう。だから今日は俺から、舞浜とパラガスと夏木に、バーベキューのご褒美」

「ほんとか~? 太っ腹~」

「そういう事なら、ダイエットは明日からにする!」


 よしよし。

 食いついてきやがったな?


 そんじゃそろそろ。

 舞浜を無様に笑わすとしようか!


「バーベキューの定番持ってきたんだが……、さてここで問題です。お前らなに食いてえ?」

「カルビ~!」

「ハラミよん!」

「トントロ~!」

「海鮮も良いわよね!」


 大興奮の二人を。

 手で制して。


「確かにそうだな。だが、俺が持ってきたのはもっとバーベキューらしい食材だ」


 もったいぶって、保冷材に包まれたタッパーを取り出して。


 厳かに開いた蓋の中。

 そこに鎮座していたものと言えば。



「モツじゃねえか~!」

「きゃはははははは! バーベキューじゃ焼かないわよそんなの!」



 そう。

 モツ。


 ご家庭じゃ見かけるし。

 焼肉屋じゃ当たり前。


 なのに、バーベキューじゃ滅多にお目にかからない。

 それがモツ。


 ……と、思ってたら。


「なに言ってんだよ夏木~? 定番じゃんか、モツ~」

「え? なに言ってんの? あんたんとこ、モツ焼くの?」

「普通だろ~?」

「普通は焼かねえわよっ!!!」


 ……まじかパラガス。

 なんたるボケ殺し。


 まあ、きけ子が笑ったからいいか。

 そんでいつものように。

 毎度毎度のことながら。


「笑えよお前は」


 ピクリとも笑わねえ舞浜に文句言ってみたら。


「これ、何?」


 さも、知らなくて当然とばかりに。

 モツを指差さすこのもの知らず。



 あああああ!

 しまったあああ!!!



「食材でボケても無駄だって学んだのに、俺のバカ……」

「バカなのよん」

「何も言い返せん」

「バカだな~」

「てめえには言い返すぞこの野郎! 誰がバカだと!? 円周率、十桁まで言ってみろ!」

「……ちょっと丸を潰せば、3~」

「呆れた天才だな」


 妙に納得しちまったが。

 てめえは、今もどこかで円周率を計算し続けてるコンピューターの。

 マウスの垢を煎じて飲め。


「そ、それより、これ……、お肉?」

「肉じゃねえよ。モツ。美味いんだぞ?」

「や、焼けばいいの?」

「味ついてっからな。……え?」


 もしかして。


「わ、私が焼く……」


 舞浜は、トングでタッパーからモツを摘まみ上げて。

 ロースターの上に、やたら几帳面に。

 等間隔の三×五を作って。

 じっと焼ける様子を観察し始めた。


 …………どうしよう。

 このまま任せていいのかな。


 春姫ちゃんから。

 こいつがまともに料理できねえって話は聞いてるけども。


「なんで急に焼きたくなったんだ?」

「て、手料理は、ご褒美になるって……」


 ああ、なるほど。

 さっきの話、気にしてたのか。


 だったら素直に。

 ご褒美を受け取るべきなんだろうか。


「しっかし、保坂ちゃん頑張るねえ!」


 考え込んでた俺は。

 甲高いきけ子の声で我に返る。


「何を頑張ってるって?」

「毎日舞浜ちゃん笑わせようとしてさ!」

「そんで毎日~。玉砕~」

「……明日こそ笑わす」


 もう、最近じゃ。

 当初の目的忘れ始めてるが。


 これは既に。

 俺のライフワーク。


 こと、笑いに関してだけは。

 後れを取るわけにゃいかねえ。


「でも~。何回か笑ってるよね~。舞浜ちゃん笑うと可愛い~」

「あんたが言うときもいのよ。でも、分かる」

「二度とそういうこと言うんじゃねえ。でも、分かる」

「分かるんなら妙な言い方すんなよ~! 食らえ~!」


 きけ子とパラガスが。

 割り箸でチャンバラする姿を眺めながら。


 俺は、舞浜の笑い顔を思い出す。


 可愛らしい笑い顔。

 何度だって見たい、神様が作った最高傑作。


 ……そんな笑い顔を。

 何回か見てるけど。


 でも。


 俺が準備したネタで笑ったことは一度もねえんだ。



 ――明日は絶対頑張る。

 そしてもう一つ。

 こっちは、今日できる目標。


 俺は、ぜってえお前のネタで。

 笑わねえとここに誓うぜ!


「……ん? なんだよ袖引いて。って!!! トングで挟むなバカ野郎!」


 人が真剣に誓い立ててる時に。

 なにやってんだよ脂だらけんなったじゃねえか!


「だ、だって……」

「だってもくそもねえ! 何のつもりだ!?」

「な、無くなった……」


 舞浜が。

 泣きそうな顔で指差すロースターの上。



 ちいせえ黒い塊が十五粒。



「うはははははははははははは!!!」

「ありゃりゃ! あるあるなのよん!」

「そんなんなるまで見てたの~? 舞浜ちゃん、可愛い~!」


 ああもう。

 てめえらは茶化すな。


 あと、てめえは。

 そんな顔すんなよ。


「……完成形知らなかったんだからしょうがねえ」

「うん……」

「悪かったって。今度は見ててやるから」


 俺は、黒くなった塊を取り皿にあげて。

 トング渡そうとしたのに。

 こいつ、首を左右にふるふる。


「なんだよ。焼かねえの?」

「こ、今度は保坂君が焼いて……」

「まあ、いいけど。ご褒美のつもりじゃなかったのかよ」


 俺が手早くモツを並べながら聞いてみたら。

 こいつは無言のままで。



 ……指差してやがるのは。



 塊。



「おい」

「わ、私、保坂君のご褒美のつもりで焼いたのに……」

「これがご褒美だってのかよ!?」

「あの、ね? 美味しく無くても、手料理はご褒美って……」

「誰がそんなこと言ったんだ!!!」

「…………保坂君」


 はあ!?

 俺がいつそんな事…………、言ったっ!!!


「……マジですか」

「い、一生懸命焼いてみた……、よ?」


 この笑顔だ。

 対驢撫琴たいろぶきん

 どんな言い訳したところで聞きゃしねえだろ。


 仕方がねえから。

 俺は、苦いゴムを噛みながら。


 もうこいつに料理はさせるもんかと心に誓った。




「おいしい?」

「…………おお。どこで飲み込んだらいいか分からねえくらいうめえ」

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