ワクチンの日
~ 七月六日(月) ワクチンの日 ~
※
いろんな苦労、困難を経験していく
土曜、日曜。
舞浜の家に兄妹そろって押し掛けて。
二人が先生。
二人が生徒。
そんな図式の勉強会。
優秀な先生と生徒という関係の二人が。
呆れ顔で見ていた出来の悪い先生と生徒。
出来の悪い生徒の名前は。
出来の悪い先生の名前は。
ここまで頑張ってやったんだ。
聞かねえでくれ。
……そんな無駄な週末に。
辛うじて得たものが二つある。
一つは、舞浜が作りに作った。
折り紙動物二百五十匹。
もう一つは。
春姫ちゃんの指導方法を。
俺が盗めたこと。
凜々花は、物事の全体像を知ってると。
天才的に頭が回る。
だから、春姫ちゃんは凜々花に対して。
ちまちま指導することをせず。
単元全体、結果的に何を学ぶのか教えるだけで。
それを解くためのツールは。
凜々花が勝手に探して。
黙々と身につけていく。
つまり、これを舞浜に応用すりゃいいはずなんだが。
ここで問題がひとつ出てくるわけだ。
……こいつに合ってる指導方法。
それ自体がまるで分からん。
まあ、それが分かるまでは。
詰め込み一辺倒。
でも、そんなダメ指導も。
今日からしばらくは有効だろう。
だって…………。
~´∀`~´∀`~´∀`~
「た、助けてください保坂先生……!」
「ずっと助け続けて来たつもりだけどな?」
期末一日目。
三教科目の終了を知らせるチャイムが鳴り響くと。
途端に泣きついてきたダメ生徒。
「散々勉強しろって言い続けて来たのに。お前が逃げ回ってたからこうなったんだろうが」
「だ、だって。春姫に頼まれてたから、いろいろ実験を……」
「なんの実験か知らんが後回しにしろっての」
「そうします。これからはちゃんと頑張ります。見捨てないで下さい」
「そんじゃ早速、このノートに書いてあること全部覚えろ」
今日の試験。
まるで分からなかったんだろ?
そりゃ、当たり前だ。
お前、机に向かってた時間だけは一人前かもしれねえけど。
やってたことと言えば。
実験、工作、折り紙、絵本作り。
これでまともな点取ってたら。
真面目に勉強したやつに悪い。
「つかれた~! ちょっと息抜きに、お好み焼きでも食べに行かね~?」
「行かねえわよ何言ってんの? あんた、赤点回避できそうなの?」
「むり~」
パラガスときけ子が。
帰り支度しながら話していても。
よっぽどショックだったんだろうな。
舞浜はわき目もふらずにノートに目を走らせる。
……おお、いいんじゃね?
その表情。
化学の専門書読んでる時と似てるっての。
「なあ、舞浜ちゃんも行こうよお好み焼き~」
「邪魔しちゃ悪いって。……ほんじゃ、保坂ちゃん。舞浜ちゃんのことよろしくねん!」
きけ子が、パラガスの手を強引に掴んで。
ついでに、そばに寄って来てたアシュラの首根っこ掴んで。
甲斐と一緒に廊下に出ると。
途端にクラスは静かになった。
俺たち同様。
まだ残ってる連中は。
明日に向けて。
勉強してる。
実にいい環境だ。
ライバルが目の前で力を付ける。
それを上回らないと勝てねえってプレッシャー。
そんな中で。
こいつも、必死にノートを読み進める。
……ワクチンみてえなもんだ。
弱めた病原体を与えて。
本物に対する耐性をつける。
五日間の試験の内。
今日、わざと失敗させれば。
必死になるって読んでたんだ。
まあ、ちょっと効きすぎな気もするけど。
このペースで残り四日、もつはずもねえし。
せいぜい今のうちに。
できる限り詰め込め。
「これ、今までで一番読みやすい……、かも」
明日に向けての対策ノートを。
凄いペースで読み進めながら。
つぶやいた舞浜なんだが。
「いや。単にお前がようやく必死になったせいだ」
「そうじゃなくて……。例題があるから、大違い……」
ああ、それか。
そんなに違うわけねえだろ?
昨日、春姫ちゃんの真似して。
なんとなく書き足してみただけだ。
そもそも、問題の出し方なんてパターン化されてっから。
例題なんて簡単に思い付……、く?
いや?
こいつ、今までまともに勉強してこなかったってことは。
テストでどんな問題が出るか。
その想定もできねえってことか。
なるほど、これは盲点。
だったら、できるだけ例題考えてやるか。
「……ん。全部覚えた」
「相変わらずだな! 早えんだよ、一個しか問題作れなかったぜ。今読んだとこ、こんなパターンの問題も出る」
「アルゲアス朝マケドニア王国のバシレウスとして……。アレクサンドロス3世、イスカンダル、もう一つは分からない」
「アレクサンドロス大王だ」
「……ひっかけ」
「よく出るんだよ。でも、ほんとに覚えながら読んでるんだな、驚くわ」
褒めてやったら。
見たことねえような笑顔浮かべて。
はしゃぎ始めた舞浜が。
もっと問題出せとか。
面倒なこと言いやがるんだが。
そんなに褒められてえの?
「じゃあ……、こういう問題に繋がりがち」
「アレクサンドロス3世が異なる国や文化をまとめた商取引……? 分からない」
「そこに書いてあっただろうに。ドラクマを全土に流通させたんだ」
「それが?」
「共通貨幣なら換金の手間もレートの不平等もなくなるだろ? それで商業を活性化させたん……、怖えよ。なんだそのニマニマした顔。お前、問題答えられなかっただろうに」
あれ?
すげえ喜び出したけど。
褒められてねえのに何が嬉しい。
さっぱりわからん。
「つ、続きは、ピザ屋さんでお昼食べながらとか……」
「やかましい、またそれか。世界史は単語だけ把握してれば六十点は取れるけど、他のはそうはいかねえ」
なにやら、しゅんとしてやがるが。
世界史だって、もう一巡はしてえとこだし。
遊んでる暇ねえっての。
「もう一教科勉強したら飯食って、後は家でやるぞ」
「そ、外の方が効率いいかも……、よ?」
「良いわけあるか。明日も今日みてえな気持ちになる気か?」
「わ、分かった……。頑張る」
「ほれ、国語表現」
……国語系は。
漢字、文法、慣用句とかことわざとか。
記憶することは山ほどあるくせに。
それだけじゃ半分しかとれねえ。
これ、面倒だな。
いくつも例題考えねえといけねえ訳か。
先生の癖。
中間の時、どんな感じだったっけ。
確か、やたらめったら文章書かされた気がする。
そしたら、えっと。
こんな感じの例題を……。
「……覚えた」
「ほんと早えなそんなわけあるか!」
「か、完璧……、よ? 例題のおかげで分かりやすかった……」
まじかよ。
さすがは春姫ちゃん先生。
こりゃあ良い方法教えてくれた。
帰りにちょっといい紅茶の葉っぱ買っていってやろう。
そして舞浜には。
今思い付いた例題をくれてやる。
こいつを食らって。
無様に首捻りやがれ!
「『ならわし』ってあったろ?」
「うん」
「それ使って文章作ってみろ」
「そ、そんなのノートに書いてなかった……」
「応用しろっての」
蒸し暑いけど。
開きっぱなしの窓から吹き抜ける風が心地良い梅雨の晴れ間。
舞浜は。
やたらと嬉しそうに。
首をひねる。
ノートに書いてねえとか文句言っといて。
なんで楽しげなんだよお前。
……あ。
そうか。
なんか、分かった気がする。
お前、今まで勉強ってもんを。
無機質に考えてやがったな?
もともと、テストなんて。
人間と人間との対話なのに。
俺が問題出してるの見て。
それに答えるのが楽しいって事に初めて気付いた?
――ひょっとしたら。
そういう理由じゃないのかもしれねえが。
こいつが楽しそうなのだけは確かなわけで。
勉強したことねえと豪語する舞浜が。
今日、初めて勉強の楽しさを覚えた。
それだけは間違いねえ。
これからは、きっと。
順風満帆。
勉強を教える俺も。
苦労なんてねえだろう。
そんな、生まれ変わった舞浜が。
自分のノートに。
板書でも落書きでもない。
自分の力で作った文章を書き込んで。
「はい……」
おずおずと。
笑顔と一緒に。
俺に差し出してきた。
『保坂君がお出掛けに連れて行ってくれるなら、わしも頑張って勉強するのじゃ』
「うはははははははははははは!!!」
……まあ、なんだ。
これからも
俺の先生道が。
楽になることはねえって訳だ。
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