ナンパの日

 ~ 七月八日(水) ナンパの日 ~


 ※自因自果じいんじか

  自分で行ったことは自分に帰って来る。

  良いことも。悪いことも。



「き、今日も頑張った……」

「でもどこにも寄らねえから」


 釘を刺してみたら。

 割れるどころか。

 さらに膨れた風船ほっぺ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 いろんな表情見せてくれるようになったのは嬉しいが。

 その分、面倒になってきた気がする。


 でも、たった一人の友達。

 文句は言うが。

 見捨てるなんてあり得ねえ。


 ついこのあいだも、嫌われたと思って。

 丸々二週間思い悩むことになったばっかりだしな。


「……せめて、今日だけ頑張れ。明日はどこかに連れてってやるから」


 明日は文系教科三つ。

 最終日は文系教科ひとつと理系教科二つ。


 今日さえ乗り切れば。

 明日はそれなり気軽に過ごせる。


「明日? ほんとに?」

「それでも一教科分は勉強しなきゃならねえから、近場な」

「じゃ、じゃあ。今日それを前払い……」

「聞いてた? 今日はどこにも寄らねえっての」


 お前、きけ子と仲良くしてるから。

 うつってきた?


「で、でも、コンビニには寄りたい……」

「お菓子か」


 改札抜けながら振り返ると。

 飴色の髪がこくりと垂れる。


 湿気のせいか、少し重みを感じる長髪を。

 汗ばむ右手にまとわせながら鞄を探る舞浜は。


「あ。……そうだった」

「なに。財布忘れた?」

「な、中身……。今日は二百円しか持ってこなかった」

「じゃあ、またにすれば?」

「お菓子もない、お出かけもない。……今日はもう、勉強もない」

「めちゃくちゃ言うな。……二百円もあれば結構買えるだろ」


 そんな言葉に対して。

 開いた傘の縁から恨みがましく俺を見つめる栗色の瞳が。


 二百円じゃたいして買えないもんと。

 音もなく抗議する。


「いや、コンビニじゃたいして買えねえだろうけど。駄菓子屋なら紙袋一杯になるだろ」

「……え? なに屋?」

「駄菓子屋」

「駄菓子屋っ!?」


 あ、しまった。


 またやらかした。


 顔を手で覆って。

 見上げる空も傘の向こう。


「こ、この辺りに、そんな素敵なお店が?」

「……腕引くな。傘からはみ出てびっしょりんなるわ」

「こ、こっちとみた……!」

「逆だ逆。でも途中、あぜ道あるから靴が泥だらけんなるぞ?」

「へ、平気……、よ?」


 やれやれ。

 立ち食いそばに続いて駄菓子屋か。


 お前の、庶民階級へのあこがれ。

 筋金入りだな。


 でも、容易に想像つく。


 十分後のおまえは。

 信じがたい文化を目の当たりにして。

 口を大きく開けっ放しにすることだろう。


 凜々花連れて、しょっちゅう足を運ぶあの店。

 埃かぶった商品を。

 手拭いでこすって渡すあの店に。



 ……そんな特異な場所へ、まさか。

 舞浜連れて行く日が来ようとは。


 あらかじめ。

 失礼とかねえように。


 釘を刺しておくとするか。



「はしゃぎすぎて、店で奇声あげるんじゃねえぞ?」



 ……もちろん。

 舞浜の心配なんかしてねえ。


 俺がしてるのは。

 店の心配。


 でも、これだけ尖った釘刺したのに。

 舞浜は、割れるどころか。

 さらに膨れながら。


 俺の腕をぐいぐい引っ張って。

 店へと向かうあぜ道を。


 傘をクルクル回しつつ。

 前へ前へと突き進んだ。



「…………そっちじゃねえ」



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「い~。…………らっしゃ…………、い……」

「ああ、わかるぜその驚きっぷり。あのばあさん、しゃべりはおっせえくせに動きはあれだからな」


 どかっと脚立置いて、両手にプラモ抱えて足だけでちゃかちゃか登って。

 棚の上で埃かぶってる戦艦と、手に抱えた戦車を手早く入れ替えて。

 一段飛ばしで地面に降りると小走りでレジの裏に入って。

 小さい子から十円受け取る。


 そんなばあさんが。

 乱暴に脚立をがっちゃがっちゃしまいながら。


「あ~。…………雨降り…………の、中~。…………冷えんかったか……、のぉ」

「暑いくれえだっての。それより、商売熱心じゃねえか。今、戦車の漫画がブームなんだろ?」


 そんな指摘に。

 高速サムアップで返したばあさんは。


「今朝…………、から~。…………ふたっつ。……売れ…………、たの~」

「は、激しいロックにメローなボーカル……」

「そういう表現いらねえから。とっとと選べよ」


 ここは、駄菓子屋って言うより。

 雑貨屋。


 ほんとに雑多。

 電気屋にあるようなグッズから。

 服とか日用品。

 さらには惣菜まで売ってる。


 そんな店の一角が。

 近所のがきんちょの憩いの場。

 駄菓子コーナーになってるわけだ。


「ここなら結構な量買えるから。勉強のお供に十分だろ」

「こ、これ欲しい……!」

「いきなり食玩かよ、この本末転倒女め」


 しかも男の子向けな。

 ……いや。

 お前、たしかにそういうロボとか好きそうだけど。


「は、箱も大きいし、たくさん入ってる?」

「おまけがな」

「…………おまけ? お菓子は?」

「確かそれ、小さなガムが一個入ってたはず」

「?????? …………おまけ?」

「実にいい感想だ。お前は今、日本中の男子、誰もが抱いた共通の気持ちを理解したって訳だ」


 もはや何がおまけなのか分からん品は棚に戻させて。

 安くて量のある十円エリアへ連れて行く。


 麩菓子だのチョコドーナツだの。

 この辺のをいくつも買ってけば目にも楽しい。


「じゅ、十円?」

「そう。こっから先、全部十円」

「十個買っても、百円!?」


 ……やべえ。

 なんかかわいい。


 別に俺の手柄じゃねえのに。

 自慢したくなっちまう。


「すげえだろ? この辺の、何買ってもぜーんぶ十円!」

「すごいすごい!」

「ははっ! まるで子供だな!」

「…………なにが目的だ?」

「急に大人になんな。裏なんかねえ」


 そういうもんだっての、駄菓子は。


「で、でも、どう考えても輸送コストがペイできるとは思えない……」

「そういうお前にサプライズ。外のアイスのケース、左側は全部三十円だ」

「アイスが三十円!?」


 慌てて走って。

 べんけいを木棚にぶつけて。


 いたいいたい言いながらも。

 走って外に飛び出しやがった舞浜。


 それが傘もささずに。

 嬉々としてアイスのケース眺めてる横から。


 随分可愛らしいドレス着た女の子が入って来た。



 ……小学校一、二年生くらいか。

 まるで小さくした春姫ちゃん。


 苦労しながら、慣れない手つきで。

 お嬢様風な傘を畳んで。

 背伸びしながら傘立てに入れると。


 わき目もふらず、目当ての十円スナックの前にしゃがみ込む。


 …………そう。

 選ぶよな。


 大人にとってはどれも一緒。

 でも、子供にとってはそうはいかねえ。


 袋の裏に書かれた『あたり』の文字を透視して。

 これだとばかりに掴んで鼻息ひとつ。


 そして、ポケットから十円玉を取り出すと。


「あ……」


 ありゃりゃ。

 棚の下に落っことしちまいやがった。



 ……今、アイスの棚と格闘中の舞浜が。

 もしもここにいたら。


 きっと。

 こうするんだろうな。


 俺は柄にもなく。

 ポケットから十円取り出して。


 女の子に声をかけた。


「ほら。今落としたヤツ、拾ってやったぞ?」


 振り返った女の子。

 近くで見れば、すげえ整った目鼻顔立ち。


 小学校低学年だよな、身長的に。

 これで中学生とかになったら。

 どんな美女になるんだ?


「……それ、ナンパのつもりかちら?」

「は?」


 見た目に即した、大人びたセリフを。

 見た目に反して、舌っ足らずに呟く美少女。


 いや、この際。

 『見た目』って言葉を背格好の方に合わせると。


 見た目に反した、大人びたセリフを。

 見た目に即して、舌っ足らずに呟いたわけなんだが。


「こんなきどったことして、おんをうろうってこんたんね?」

「いやいや」

「あたち、そんなやすいおんなじゃないんだからね?」


 どこで覚えたのやら。

 今まで俺が言われたことねえセリフ叩きつけて。


 地べたに這いつくばって。

 棚の下に、手ぇ突っ込みだした。


「服が汚れちまうっての。そのうち棚の下から出てくっから、それは俺のってことでいいじゃねえか」

「…………あら。それはいいあいであね?」


 やれやれ。

 変な子。


「でも、でてくるかちら?」

「出てくるさ」

「でてこないわよ。あなたずいぶんらっかんてきなのね?」


 ぶふっ!

 ……ほんと、変な子。


 ようやく俺から十円受け取った変な子が。

 レジへ向かおうとしたところで。


 俺が連れてきた方の変な子が。

 同じ木棚に逆側のべんけいぶつけながら駆けこんできて。


 右手を掲げて。

 大声を上げた。


「す、すごいの! アイスケースの下にね? 十円落ちてた! でも、交番に届けに行かないといけない?」


 ……俺は思わず。

 目を丸くさせた女の子と顔を見合わせて。


「「あはははははははははははは!!!」」


 そうだよな。

 こんなの笑うしかねえよな。


 自因自果じいんじか

 すぐに返って来たって話だ。


 舞浜が、嬉々として掲げてた十円。

 俺はそいつを取り上げると。


 笑ったまんま。

 ポケットに入れた。


「ど、どろぼう!!!」

「違うっての。なあ、ばあさん」


 レジの向こう、引き戸の先にある居間。

 座布団の上からよぼよぼと、こっちを窺ってたばあさんに訊ねると。


 返って来たのは。

 ハイスピードサムアップ。



 俺と女の子は。

 また、大きな声で笑い合った。

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