指笛の日
~ 七月十日(金) 指笛の日 ~
※
すげえ遠く
「おわったどーーーーーーーっ!!!」
「終わった~!」
「……まあ、最低でもあと十回は定期考査はあるんだがな」
「なんで今そういうこと言うのよ甲斐君! ほんと頭カチンなんだから!」
「頭カチンとはなんだ。俺は事実を言ったまでで……」
「いいからいいから! 頭カチンも連れて遊びに行こうぜ~!」
「おいこら」
「そうよね! いやっほーい!!!」
「いやっほ~い!!!」
なにも、俺の周りだけじゃなく。
クラス中、至る所から上がる叫び声。
テストは終わり。
あと一週間と半分登校すれば夏休み。
教室出る前に、釘を刺した先生の気持ちも分かる。
……だが。
先生の話であがっていた。
約一割の生徒。
そこに、確実に引っかかるであろうこいつ。
そうそうはしゃぐわけにもいかない。
「……確実に赤点なのは?」
「分からない……、の」
「じゃ、自信ねえのは?」
「…………全部」
赤点以下は補講と小テスト。
さらに、問題ありな点数だった生徒には。
追試のおまけつき。
さすがに、人間が出来てる甲斐は。
事情を察して殊勝にしてくれているが。
……この二人にそれを求めるのは間違いだし。
まあ、野暮って言えば野暮だよな。
「よっしゃどこ行く!?」
「そうだな~! 可愛い女の子のいるとこ!」
「なにそれあたしがいるならそこが可愛い女の子がいるとこって意味?」
「んなわけね~! 夏木以外の女の子がいるとこならどこでもぎゃふん!」
「そんなこと言うやつはこうだ!!!」
「いてえなこの野郎~!」
「ほほほほほ! 捕まえられるもんなら捕まえてみろ!」
さすがはパラガスときけ子。
教室中を追いかけっこして爆笑の渦を巻き起こしたかと思うと。
そのまま廊下に飛び出してった。
「…………いいのかよ、彼氏として」
「まあ、しょうがねえよ。ああいうとこ気に入ったわけだし」
今までしょげてた舞浜も。
そんな甲斐の言葉に。
ようやく笑顔を見せてくれた。
……こういう大人なとこ。
見習うべきなのかな。
よし。
「舞浜。追試を見据えて手を抜かねえで、勉強続けるからそのつもりでいろよ?」
「ひでえなお前は。そういう子供みてえなイジワルすんな」
「あれ?」
おかしいな。
俺のなけなしのダンディズム。
完全否定。
「今日だけ羽目外して、土日頑張れよ。……こいつ貸しといてやるから」
「おいこら」
お前は俺のマネージャーか。
まあ、確かに勉強手伝ってやる気ではいたけど。
納得いかねえ俺の前で。
楽しそうに話す舞浜と甲斐。
なんだか納得いかねえが。
それより。
「あいつらどこまで行ったんだ?」
「そ、そろそろ出かけたいよ……、ね?」
「……携帯も置いてってるから連絡つかねえぞ」
「ああ、そんなら任せとけ」
任せるも何も。
どうする気だよ。
どこにいるのか分からねえきけ子を。
どうやって呼ぶ気だ。
ため息一つ。
俺が呆れながら眺めてたら。
こいつ、親指と人差し指で作ったわっか咥えて。
ピューイ!
「うはは! 犬じゃねえんだからそんなので来るわけが……」
「呼んだ?」
「「「うはははははははははははは!!!」」」
指笛に合わせて教室に駆け込んできたきけ子を見て。
クラスに残ってた連中と一緒に。
思わず大笑い。
「す、すごい……、ね」
「だろ?」
「でしょ?」
「また、夏木にピッタリな呼び方だな!」
「なにが? バカにしてる?」
「褒めてる褒めてる」
じゃあいいかと。
鞄に荷物を詰め始めたきけ子が。
教科書はいらねえかと戻し始めて。
甲斐に頭をぽこんとやられてる。
ちきしょう。
ここんとこ、舞浜の勉強見るのが精いっぱいで。
誰かから、笑わされてばっかりだ。
ここは、笑いの伝道師たる。
俺の手腕を見せつけてやらねえとな!
「わ、私も鳴らしたら、夏木さん来てくれる?」
「そりゃもちろん! 飛んでくわよん!」
「う、嬉しい……」
「その前に。お前、指笛鳴らせるのかよ」
きょとんと、俺を見上げる舞浜が。
思い切り息吸って。
指をくわえて。
ふー
ぶふー
これはこれで。
クラスの連中を笑わせることになったんだが。
当の本人は、大真面目に。
コツも聞かずに何度も繰り返す。
ようし、場があったまったところで。
俺の出番だな。
ここんとこ、みんなが親しみを感じてきたお前に。
決定打をくれてやろう。
さあ、俺のネタを見て。
みんなが、もっと気軽に話しかけてくれるように。
無様に笑いやがれ!
「ちげえよ、よく見とけ。指は、こう」
俺は、指先を少しだけあけて『C』の字にして。
「そして息を大きく吸い込みながら指をセットして、勢いよく息を吐く!」
解説しながら。
『C』の字にした指を。
鼻の穴にセット。
そして勢いよく。
息を吐く。
ふんもおおおお
「「「わはははははははははははは!!!」」」
……みんなの抱腹絶倒から。
机をばんばん叩きながらの褒め言葉。
もちろんそれも。
嬉しいんだが。
「笑えよお前は」
今回は。
お返しのせいで笑わなかったわけじゃなく。
こいつ、夢中で指笛鳴らそうとして。
俺のこと、見てねえでやんの。
「ほ、保坂ちゃん、無駄死に……!」
「こいつのボケ殺し、もはや犯罪だな!」
二人も理解者がいてくれたことが。
たった一つの望みか。
俺は、仕方なく苦笑いを返しながら。
鞄に教科書を詰め込むと。
ぴゅーい!
奇跡的に。
舞浜の指笛が響き渡った。
おおと、至る所から感嘆の声がする中。
目を見開いて。
俺を見つめる舞浜の笑顔。
そんなの見せられたら。
こっちだって口角が持ち上がる。
でも。
「呼んだ~?」
扉から。
ひょっこり顔を出したパラガス。
……てめえは呼んでねえ。
「「「ぎゃはははははははははははは!!!」」」
お前のせいで。
舞浜の顔が寝起きのミイラ男みてえになっちまった。
「く、苦しい……」
「助けて、息が……」
「おま、タイミング……」
もはや毒ガステロ。
クラス中の皆が床に膝ついて笑う中。
舞浜は、むっとしたまま。
「もう。二度と吹かない」
ひでえこと言って。
息が出来なくなるほど。
俺を笑わせた。
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