からしの日
~ 七月十六日(木) からしの日 ~
※
災いの原因を根こそぎ取り除く
窓際席の利点は数あれど。
弱点もまた、いくつもあるわけで。
その最たる例が。
これ。
「あちい……」
「保坂ちゃん、ここしばらくの晴れ続きの間に焼けたんじゃない?」
「まじか……。図書室にでも行って涼みてえから、メシ、先に食っていいか?」
「も、もうちょっと待ってよう……、ね?」
日向の中で呆然とする俺を諭す。
友達第一優先主義なこいつは。
そんなこいつが待ってあげてる相手は。
パラガスなんだが。
お前、あいつに冷てえのか優しいのか。
まるで分からん。
……まあ。
どれだけ仲の悪い相手でも。
ご飯を一緒に食べなきゃいけないってのが。
女子ルールなんだって聞いたことあるから。
あいつのことを友達と思っていてもそうじゃなくても。
同じことするって訳か。
「おまたせ~」
……そんな、舞浜の親友かもしれねえ男。
パラガスが戻ってくると。
きけ子が、鼻をクンクンさせた。
「どうだ~? 匂い取れた~?」
「そうね、そんくらいならOKよん!」
「まったくてめえは。面白がって香水つけまくりやがって」
「でも、そんなに匂う~? なんだかこの香水、かけてもかけてもすぐ香りが消えるんだけど~」
初めての香水。
そんなものを学校に持ってきて。
朝から体に吹き付けまくってたパラガス。
こいつの香りに。
一日中苦しめられた俺たちなんだが。
さすがに、メシの間もこの匂いは勘弁と。
体を洗って来るように命じたわけだ。
「やっぱ、安もんだから匂い消えちゃうのか~?」
「ちげえわよ。本人は、一瞬で鼻が慣れちゃうからそう感じるのよん!」
「ああ、なるほど~。……じゃあ、俺、すげえ匂いになってたってわけ~?」
「だから洗ってこねえと一緒に飯食ってやらねえって言ったんだ」
「……なんだか気になってきた~。まだ匂ってるの~?」
そう言いながら、腕をクンクンしてっけど。
そこまでしなきゃわからねえのか。
「はっきりくっきり香るわよん?」
「マジか……。いつまで匂い続くんだ~?」
「し、四、五時間くらい……、かな?」
「そんなに~!?」
弁当箱広げながら叫ぶパラガス。
でも、女子二人が盛り上がりだすと。
その表情がどんどん色を失っていく。
「香水はね? トップノートからミドルノート、そんでラストノートって香りが変わるんだけど、この最後のやつが長いのよ」
「だ、だから、自分のイメージフレグランスにしたい場合はラストノートで選ぶの……」
「……はあ」
惚けた顔するパラガスだが。
気持ちは分かるぜ。
俺にもピンと来ねえ。
それより予想外なことに。
舞浜のやつ。
ちゃんと女子なトークが出来んのな。
実験とか工作とかばっかりなんだと思ってたが。
さすがは女子。
こういう事には詳しいみてえだ。
……二人の乙女トーク。
いくら待っても終わらねえから。
俺とパラガスは。
黙って飯を食い始めることにした。
と、言っても。
いつもの砲丸お結びにかじりつくパラガスと違って。
俺のメシは、すぐには食えん。
連日登場のキャンプ用ガスバーナーに。
スキレットをセットして。
ロールパンを焼き始めると。
パラガスだけが笑いだす。
「ぶふぉっ!? ぎゃはははは! 自然に料理し始めるなよ~!」
…………だよなあ。
おもしれえよな。
でも、女子トークで盛り上がる二人は無反応。
これくらいで笑う舞浜じゃねえ事は分かってるんだが。
きけ子まで笑わねえとか、ちょっと寂しい。
「そっか、舞浜ちゃん、意外と高級品使ってんのね……、って! 毎日毎日なんで料理し始めんのよあんたは!」
「ようやくかよ。でも、なんでって言われてもなあ」
「わ、私が、お料理見せてってお願いしてるから……」
「そうじゃねえ。お前がおかず欲しがるからだろうが」
「そ、そうね。いつもご褒美ありがと……、ね?」
やれやれ。
俺はこいつのこと。
甘やかしすぎなのかもしれん。
連日倒れそうになりながら資料と例題作ってやってるのに。
なんでこっちがご褒美くれてやらなきゃならんのだ。
……もともとは。
笑い取るために持って来てた野外料理セット。
そうだったはずなのに。
気付けば連日、温かいおかずを提供する俺。
しかも、肝心の笑いネタについては。
例題作りに必死になって、まるで寝てねえから。
なんにも仕込んでねえ。
「パ、パン作ってるの?」
「あっためてるだけだ。メインはこっち」
そして、パンが香ばしい感じになったとこで取り出して。
代わりにソーセージを投入。
「ホットドッグ! それ、良いわね! 今度作ってみよっかな?」
「おお~。俺、ケチャップたっぷり目で~」
「誰があんたに作んのよ! 甲斐君に決まってんじゃ……、あれ? バスケ部、ランチミーティングじゃないの?」
「自主休業~」
「あんたね……」
さて、そろそろソーセージがいい感じ。
ロールパンにこいつを挟んで……、ん?
「うお、しまった」
「どしたの?」
「パンに包丁入れるの忘れてた。切ってから焼かねえと……」
どれだけ慎重に包丁当てても。
押しつけねえと切れ目がつかなくて。
こうなるんだ。
「ありゃりゃ。ぺちゃんこなのよん」
「…………ちょっと、しょんぼり……、ね」
「わりいな。二個とも失敗した」
「ううん? そこに挟んでくれればいいよ?」
偉そうに文句つけられたら腹立ててたろうが。
こうまで殊勝にされても辛いものがある。
それなりへこみながら。
レタスとソーセージ。
ケチャップとマスタード付けて。
「ほれ。お前の分」
「あ、ありがと……」
そして自分の分にはレタス無し。
マスタードましましにしてかじりつく。
「おほっ! この辛さが堪らん……っ!」
「ひええ! 保坂ちゃん、真っ黄色じゃん!」
「これがな? 病みつきになるんだ」
マスタードもまた。
香水と同じなのかもしれん。
前はもっと辛かったはずって。
食う都度に、使う量が増えていって。
いまじゃ、これぐらいかけなきゃ気が済まん。
「舞浜も、もっと使うか?」
そう言いながら。
黄色いボトルを差し出すと。
返って来たのは。
涙目になった悲しそうな顔。
「…………からい…………」
「あ、わりい」
え? でもさ。
俺、一往復分しかかけてねえぞ?
「うわ~。いじめだいじめ~」
「酷いのよん、こんなにかけて……」
「そ、そうか。俺の感覚がマヒしてたのか」
まいったな。
これじゃ、香水かけ過ぎたパラガスの事笑えねえ。
俺は、スプーン取り出して。
黄色と赤のマーブル模様を。
俺のホットドッグへ移植する。
「悪かったな。ケチャップまで取っちまったから、加減見ながらかけて食え」
赤いボトルを舞浜の机に置いてから。
さすがにかけすぎたせいだよな。
マスタードが、手の甲を伝って机に垂れ始めた自分のホットドッグを。
慌てて口に押し込むと。
「マスタード、辛いけど……、香りは、好き」
そんなこと言い出した舞浜が。
俺に向けた鼻を。
クンクンさせだした。
「こら。俺から匂いがするみたいじゃねえか、やめろ」
「ううん? これ、保坂君のラストノート……、ね」
ラストノート。
イメージフレグランスだったっけ?
それがマスタードって。
すげえやだ。
……でも。
言われてみれば、確かに体からマスタードの臭いがするような気がする。
さっき慌てて口に押し込んだせいか?
俺は、口と鼻の下を。
手の甲でごしごしこすってみたんだが。
「……あれ? マスタードの香り、消えねえ?」
こいつが匂ってるのかなと。
机に零れたマスタード拭いてみたけど。
消えるどころか。
より、はっきりマスタードの香りがするようになった。
「おかしい。やっぱ俺、食べ過ぎてマスタードの香りしてるのか?」
不安に駆られながら顔を上げてみたら。
どういう訳か。
「ぎゃははははは!!!」
「きゃははははは!!!」
「あはははははは!!!」
一斉に。
三人に笑われた。
「何が可笑しい!」
むきになって怒る俺に。
舞浜が、鏡を向けると。
俺の鼻の下。
マスタードでカイゼル髭。
「うはははははははははははは!!! どうしてこんな形に!?」
しかし。
そりゃ匂うわ。
ああ笑った。
だが、勘違いすんなよ?
今日のはお前に笑わされたわけじゃねえ。
俺がおもしれえから笑ったんだ。
……ほらみろ。
俺はやっぱりおもしれえ。
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