中元


 ~ 七月十五日(水) 中元 ~


 ※無味乾燥むみかんそう

  なんも面白くない




「では、授業を始める」


 そんなセリフから。

 ようやく本題が始まった三時間目。


 でも、当然こいつの耳に。

 先生の言葉は入ってこねえ。


「最後の最後まで順調に増やしやがって……」

「どうしよう……」


 期末テストの答案。

 授業前、つい今しがた。

 全教科分が返却されたんだが。


 今日も二教科が赤点。

 つまり最終的には。


 補習 6

 追試 3


 理系教科四つと。

 すれすれ滑り込みの二教科以外。


 九つもの赤点を稼ぎ出したこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 早速、明日の放課後から。

 補習が始まるらしいんだが。


「ほ、補習の終わりにもね? ミニテストがあるって……」

「ああ、聞いてる」


 そんな返事をした俺に刺さる。

 何かを求める舞浜の眼差し。


 ああ面倒。

 自分のせいじゃねえかよ、何なんだよ。


「……まさかお前。俺が何か言うのをお待ちなのでしょうかね?」

「べ、別に、何か言うのを待ってたわけじゃないの」

「ほう?」

「保坂君が、私を助けてくれるのをお待ち……」


 ため息なんかついたところで。

 こいつの受け身体質が変わるわけもねえ。


 そんなこと分かってるのに。

 野太い息が鼻から漏れる。


「結局、例題が一番効率良さそうだから。山ほど作って来てやったが……」

「ノート? これ覚えるの?」


 渋々鞄から出したノートを。

 当たり前のように受け取ってやがるが。


 それ作るの。

 すげえ大変だったんだぜ?


 でも、そんなこと言ったところで。

 意味もねえし。

 押しつけがましいし。


 黙っとこう。


「十数回の授業を一回分に圧縮するんだから、補習はうわべだけになるのが当然。出題の傾向くらい簡単に想像つく」

「そうなんだ……」

「でも補習のミニテストってやつはな? 補習の時間、しっかり話を聞いて覚えてりゃ百点取れるんだよ。そうしろ」


 じゃねえと。

 例題作りで過労死する。


 久しぶりだぜ、連日三時間睡眠なんて。


「それ、無理」

「なんでだよ!」

「じゃあ、保坂君が授業やって? それなら全部覚える」


 いやいやいや。

 バカなこと言ってんじゃねえ。


「誰が授業やっても同じだっての! それにお前、俺がノートに書いたことまるで覚えてねえのに大きく出たな!?」

「でも、ほんと……、よ?」

「ああもう、分かった。だったら俺の授業だ。そのノートの例題全部覚えろ」


 お前の望み通りだろ?

 ちゃんと覚えろ。


 しかも、例題の形なら。

 楽しいって言ってるし。

 少しは覚えるだろ。



 ……なんて思っていたんだが。

 このやろう。



 なぜ首を横に振る。



「あ、あのね? 勉強の方法とか、他のものがいい……、かな?」

「言ってることちげえじゃねえか! 俺の授業だろ!」

「そういう事じゃなくて……」

「面倒なヤツだな! 他に勉強の方法なんかねえ! いいからそこに書いてあること丸暗記しやがれ!」

「だって……」

「だって?」

「は、春姫と約束したから」

「春姫ちゃんのせいにすんじゃねえ!」


 前にもそんなこと言ってたが。

 意味分からん。

 なんで春姫ちゃんの名前が出てくる。


「ええい、有無を言わさん。とっとと丸暗記しろ」

「勉強の方法、他にない?」

「ねえ」

「じゃ、じゃあ。何か今までと違うご褒美ちょうだい?」

「はあ!? またどこかにつれてけってのか?」

「ううん? ……他の物」

「ふざけんなよ?」

「だって、春姫と約束……」

「勘弁してくれよ……」


 なんなんだよお前は。

 もう放っておこう。


 そう思ったところで。

 ふと気が付く。


 こいつ、先週一週間。

 それなり一生懸命勉強してたよな。


 なのに。

 ここまで酷い成績になるなんて。


 なにか、理由がある?


 そんなふうに考えた理由は。

 何度も繰り返される謎のキーワード。



 『春姫ちゃんとの約束』。



 ……そこまでは理解できたんだが。


 何をどう約束したらこんなことになるのか。

 まったく想像つかん。



「……いいから覚えろ。ほんとに落第するぞ」

「そ、それは困る……」

「じゃあ、いつもと違うご褒美だ。今日の糖分補給はこれ」


 甘やかしすぎなのかな。

 そう思いながら。

 鞄から出したご褒美の品。


「こいつも、お袋宛に届いてたお中元」


 小箱に入ったミニチーズケーキを舞浜の机に置くと。

 こいつは途端に、目をキラキラさせ始めた。


「お中元、いい、かも」

「なんの話だ?」

「これ、新しい勉強の教え方……、ね?」


 ……斬新すぎて。

 まったく理解できん。


 人類はまだ。

 お前の言葉を理解できるほど進化してねえ。


「文部科学省はお前の発想を、こう評価するだろうな」

「なんて?」

「類人猿に自撮りの仕方は理解できませんって」

「あれ、何でみんな画面見ながらできるの? カメラ、外側についてるのに」


 この、先駆者なのか石器人なのか分からん女が。

 勉強するからお中元寄こせと執拗に手を伸ばす。


 叩いてやりてえとこだが。

 良い事思い付いた。


「よし。お中元作ってやるから、それまで真面目に勉強してろ」

「や、やった……。楽しみ……、ね?」


 よっぽど嬉しかったのか。

 鼻歌まじりにノート眺めてやがるが。


 舞浜よ。

 歌うたいながらで。

 ほんとに覚えてんのか?


 そんなことを心配しながらも。

 手は動く。


 よし、これくらい雑に書いたら十分おもしれえだろ。


 こいつ食らって。

 無様に笑って。


 廊下で必死に勉強してやがれ!



「……舞浜さん。お届け物です」

「お中元?」

「そう」

「お中元に見えない……」


 そう呟いた舞浜が手にした。

 無味乾燥むみかんそうな白い箱。


 そこへ、手書きで。

 下手くそな熨斗のしの絵が描いてある。


「こ、子供だまし……」

「そう思うなら開けてみろよ。中身は間違いなく本格的で豪勢だ」


 俺の言葉に。

 納得の笑顔を返した舞浜が。


 蓋を開けると。

 中に入っていたのは。



 本格的で。

 豪勢な。



 熨斗。



「……わたわたしながらお返し準備してねえで。笑えっての」


 うちに届いたやつの中で。

 わざわざ、一番豪勢なの持って来たのに。


 こいつは、鞄やら机の中やらひっくり返して。

 なにか工作してたかと思うと。


「お、お返し……」

「お返しはいいから。俺のネタ、面白く無かった?」

「そ、それなり……」

「だったら笑えっての」

「でも、いただきものにはまずお返しをしないと、村から出て行けって石を投げられる……」

「ぷっ! ど、どこの村だそりゃ……」


 あぶねえあぶねえ。

 危うく笑いかけた。


 だが、負けるわけにはいかねえ。

 気を引き締めて行かねえと。


 舞浜から届いたお中元。

 しっかり名前が書かれて。

 右上には。

 お中元って書いてある熨斗。


 俺のに比べて。

 ちゃんとしてるが。


 どうせくだらないもんが入ってて。

 ギャップで笑わせようってんだろ?


 そうはいくか。

 俺は、無様に笑ったりしねえっての!


「よし。オープン!」


 気合いと共に。

 ふたを開けると。


 中に入っていたものは。



 熨斗。



 ……に。

 書かれていた文字。




 『お歳暮』




「うはははははははははははは!!!」

「…………おい、保坂」

「だってこいつ! 半年後にこれ付けてお返ししねえと、俺に石投げる気だ!」

「……意味が分からん。その箱は何だ?」

「お中元」

「なら。俺からもお中元をくれてやる」



 こうして俺は。

 先生からのお中元に。


 フィットネスの体験コースをプレゼントして貰った。



 ……バケツって。


 意外と重い。


「くそう! ぜってえ先生にお中元返ししてやる!」

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