第13話 安河という天才

今日いるスタッフの中で、オープンからいる古参は安河さんと橋田君、古参でいうなら相澤さんもいるか


シフトと睨めっこしながら今日のホール仕事のイメージを固めていく


指示出しの仕事は大きく分けて2つ


ビジョンを示す事

誰よりも動く事



少しでも稼働を上げる事を考え人員を配置しながら、20分3回の休憩を丁度よく全員に入ってもらう


橋田君が出勤して早々、島割りの指示出しの所に冴島の名前があるのを見つけた


「おぉ!!ついに来ましたね」


「フォローよろしく」


橋田君はまだ19歳だが、たまに指示出しをするスタッフの1人である。

近いうち退職が決まっているが、惜しい


早番のスタッフから皆インカムを引き継ぎ、遅番の業務が始まる


このポジションに来ると、安河という女性の存在が如何に大きいものかを痛感させられた


冴島と安河は、当然違いの存在は知っていたがこれまで特に仲良く話したことはない


安河はどちらかと言うと近寄りがたい雰囲気を持っている、射抜くような眼光や、少しキツそうな目つきも理由の1つだが、その能力の高さもある


「すげぇな…」


指示出しはホールを自由に動きながらフォローに入ったり指示を出したりしていく


安河の担当する島に入った時恭介は驚愕した


完璧と言っていいほどの清掃、ランプ対応の早さと正確さ、状況の理解と応用力、ホール業務のどこをやらせても完璧にこなす総合力


どれも異質な程に群を抜いている


どこでトラブルが起きても安河がいれば万全なフォローの体制は取れる位だ


「安河さん、手が空いたら休憩入って下さい」


「了解しました」


唯一気になるのはインカムでの声質と喋り方


普段とは違い、声優のような声と話し方である


「まあいいや」


この日、稼働はまあまあ。


ホールの雰囲気自体が恭介をフォローするといった同じ方向を向いている事も大きかったが


特になんのトラブルもなく閉店間際まで営業は進んだ


「(相澤と俺の休憩がまだ回っていない…)」


城崎が指示出しの時ですら休憩が回らない事も多い

だがそれだけは避けたかった


「相澤さん、あと5分くらいで安河さん戻ってくるので、休憩入っちゃって下さい」


「了解しました〜」


閉店間際は玉を流す客が増えるので、人員を置いておかなければならない


恭介は自分が休憩に行くことは諦めた



「(あれ?)」


20分を経過して25分程経ったが安河は戻ってこない


恭介は忘れていた


「安河さんはだいたい休憩時間通りに戻ってこないから」


という城崎の言葉を


「そうだった、まあ、完璧過ぎなくて逆にほっとした」


安河が戻って来たのは結局30分経つ前程


少しひやっとしたがトラブルなくその日の営業を終えた


「…終わった」


何事もなく終わった事にただ安堵した


実際やってみると頭の使い方も動きの量も凄まじい

ああしたらいい、こうしたらいいと前もって考えていても、実際はその通りに行くことの方が少ない


非常に難しい、が、何はともあれ最初を乗り切った


家に着いた恭介は


赴任して来たときの如く泥のように眠った

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