第2話 鏑木(かぶらき)の笑顔は本物ではない

2011年、ブラック企業への世の目が厳しくなり、ハラスメントというものが叫ばれるようになったのはまだ先の話である。


就職した会社の研修


そう聞くと、実際に行う現場での仕事の模擬練習であったり、ビジネスマナーであったり


恭介はそう想像していた


蓋を開けてみれば、3日間施設に監禁され、人前に出て大声で今までの人生を振り返ったり、吐き出したり


どこぞの学校の運動部でも流石にここまでのは見た事ないような地獄絵図が広がるだけだった


なんてことはない、ただの爺様達の道楽に付き合わされただけ


「共に辛い思いを経験する事で、同期の絆を深める」「最初に苦行を乗り越える事で仕事を辞めなくなる」


恭介はその研修の意味をひたすらに捻り出しては自分に言い聞かせてみる


恭介が施設から逃げなかった理由なんてシンプルなもので


「その後の方が面倒くさい」


これに尽きた


本社で先輩方と共にこの研修の話が出た時には真っ二つに意見が分かれた


「俺らも通った道」「やり遂げた立派な新入社員」


会社の喫煙所で煙草をふかしながらそう話す諸先輩の声に耳を傾けながら、恭介はただ無言でタバコの火を消した


なんて事はない


そこに疑問を持つ事すらしない人が多数だっただけの事


恭介自身、研修が終わった事に安堵して研修の良し悪しを考える余力などないままに眠ってしまった


だが、心に蓄積された思いは消える事はない


そう恭介が自覚するのは、もう少し後のことだった



東京は港区にあるパチンコ屋「ナタデココ」

ここが恭介の今日からの職場だ


パチンコ屋では、早番、遅番、場所によっては中番などで分けられており、基本的に男は遅番で出勤する事が多い


恭介も初出勤は遅番だった


店はもう営業しており、パチンコ台の音がけたたましくて会話も出来ない


恭介は階段を上り事務所のある2階へと登る


「ナタデココ」は1年前に開店しており、新しい


恭介は初の新入社員としての期待をかけられていた


「よろしくお願いします。冴島恭介です」

ありきたりだが、事務所に入って挨拶をする


「君が冴島君か、よろしく!」

身体の一際大きい人が先だってそう言った

「僕が店長の鏑木(かぶらき)だ」


身体は大きいが温和そうな笑顔で挨拶した


「…(まだ若そう)」恭介の感想だった


主任や班長とも挨拶を済ませた時に主任が口を開いた


「じゃあ冴島君、ホール出ようか」


恭介は返答に困った


仕事の手順も何も習っていない


台本渡されていきなり舞台に立てと言われてるようなものだ


「はい」


恭介が思う事は一つ


「こういうものなんだろうな」


「冴島君は、山本君に任せるから、冴島君、彼がバイトの山本君」


前もって話してないの?山本君困った顔してるけど



「よろしくお願いします」


冴島、山本は声をダブらせて頭を下げた


扉を開いて、けたたましい音の中へと飛び込んでいく

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