第15話 異変と異常

他店舗の輪番店休初日


恭介は早番で出勤だった


ナタデココの店休の日、他店舗ではナタデココの客も流れ、普段見られない程の稼働になり回らなかったようだ


そうなると予想し、恭介には状況次第で残れるだけ残すという名目で、早番から遅番に入ってもらうという藤原の考えだった


しかし、蓋を開けてみれば早番はいつも通り、遅番の時間になって引き継ぎも終わったが特に忙しくなる様子はない


「うーん、冴島君定時になったらあがろうか。全然大した事ないし」


「了解しました」


予想に反して早く帰れた恭介は急いで着替えて店を出た

早番の良い所はどこの店もやってる時間に帰れる事だ


恭介は普段行けないラーメン屋に駆け込み、生活必要物資を買い込んだ


翌日聞いた話では


まさに恭介が帰った直後に客が一斉に入り始めたらしい


本来事務所に待機していなくてはならない鏑木、ホール仕事は雑な上田もホールに出ざるを得ず

早番からいた藤原は10時過ぎるまで帰れなかったようだ


パチンコを打ちたい人ってのは意外に多いものだ


「ズビ…」


風邪かな


恭介は入社してから健康であった時間の方が短い


当時のパチンコ屋とは、分煙はおろか空気清浄機すら置いていないところも特段珍しいことではなく


ホールにいるだけでも相当に劣悪な空気の中で動きまわる。恭介自体タバコは嗜むが、喫煙者ですら息が出来なくなる程の空気だったりする


付け加えて


時間


パチンコ屋では日に何台か何かしらのトラブルが生じる


台だけではない、パチンコ屋は多くの物が機械的に組み立てられたもので出来ている


年中無休のパチンコ屋がそれを直すのは閉店後しかなく、遅番に入ると残業は不可避であったりした



そしてもう一つ


輪番店休の影響で一見客足が好調に見えるが、実際は数字の面では確実に下がってきている


ナタデココの問題


というよりは業界に対する風当たり


イベントの規制、出玉への規制


震災の年という事で、その影響は加速度的に増していた


その流れは本社、そしてその雷を喰らう鏑木、その鏑木の雷を喰らう役職達をイラつかせていた


久しぶりに恭介が遅番に入った時である


恭介はスロットのメダルを係数する機械が壊れたのを修理していた


「冴島、1時までに修理してさっさとあがって」


「…はい」


鏑木の言葉は日に日にイラつきを隠せなくなっていった


なんとか1時に間に合わせた恭介、帰ろうとした時に


「まだやる事あるでしょ?」


と声をかけて来たのは野原班長


班長は現金を扱える役職で、最近ナタデココに転勤してきた


「えっ?しかし店長から終わらせてあがれと…」


「まだパチンコの方のシューター(玉を送る道)の部品トラブル知らないでしょ?営業中ホールで誰が直すの?私?いつまで?」


「…はい、教えてもらえますか?」


「はじめからそう言ってきてよ」


恭介は未だに戸惑う事がある


ナタデココ最初の新入社員である恭介


つまり前列がないのだ


恭介はアルバイトの城崎や山本から仕事を教わった


それより先、社員はこういうことをしていたという道標がない


充実していくホール仕事とは逆に、閉店後の作業をどう進めていいのか、そもそもそれ以外の役職はなにをしてるのか


全く解らないままだった

「自分で考えて答えを出せ」


といえば聞こえはいいが


そもそも役職から仕事を教わった事も数える程しかなく、どう学んでいったのかも解らない


考える為の知識がそもそもないのである


生真面目な恭介は人に聞くよりも自分で勉強しようとした


だがここで二分される意見

「勉強しろ」「残業代は付けるな」


ならタイムカードを切って残りたいと言えば

「サービス残業なんかするな」


悪態をつきながらも自ら教えようとした野原はまだ良い方かもしれない


上の人間は「解らない事は聞きに来い」


恭介は「解らない事が解らない、だから何を聞いていいか解らない」


という構図が出来上がってきてしまった


特殊景品の事件以来挟まれるような形で働いていた恭介


アルバイトの仲間と会社の一員という狭間


それはそのまま恭介の思想や状況を表してもいた


要は会社に馴染んでいない、というより、馴染もうとしていないのである


それは恭介の想いあってのことだが


その状況は、日に日に恭介の身体を蝕んでいくことになる

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