第21話 退職願い

「この店で働いてなかったら、僕は社員になろうと思わなかっただろうなとは思います」


送別会で城崎が言っていた言葉だ


山本も無事受かり、山本は今のナタデココに残る形になった


恭介と城崎は握手を交わし

「お互い腰には気を付けよう」

と言って別れた


意外にあっさりしたものだ


城崎がいなくなっても、日常は変わらず続いていく


今度の日曜日には大きめな新台入れ替えがある


復帰したての恭介は「そうなんだ」と思っただけであった、それよりも今度は自分が山本に社員の仕事を教える事に追われていた


もともとバイトでやっていた山本はすぐに指示出しを始めたが


指示出し=休憩を回すという認識しかなかった山本は終始苦戦していた


それだけでなく、どんどんスタッフからの評判も下がっていった


「山本さんは、城崎さんがなったから社員になっただけで、なる意味はなかったんじゃない?」


という意見が多かった


そして入れ替えの日の営業


通常入れ替えの日は営業してる早番の時間から裏で入れ替えの準備を始めていく


恭介は台のシリンダー、鍵を変えたりしていたが、役職がそもそも何もしていない事が不思議だった


閉店後


たどたどしいながらに恭介は入れ替えを進めるが山本に教えながらで手間取った

「一般社員2人、そこで何してる?とっととやれ」

と鏑木から激しいインカムが飛んできた


どこにどう入れ替えるのかとかの話は今まで全くされてなかった


その日入っていた野原に聞きながら進めるも、時間は過ぎていく


さっき初めて聞かされた

「入れ替えはそもそも一般社員の仕事、だからデータ以外の事は全部やって」


晴天の霹靂だった


実際がどうかは知らないが、今まで役職がやっていた事は社員がいなかったからやっていた事で、台の取り付けや運びなどは今までやってきたがそれ以外も全ていきなり…


というのは


恭介達の理屈で


鏑木はじめ役職からすれば、自分達から段取りを聞きにきて率先して行うようになるのが当たり前


との事だ


1つ解る事は


コミュニケーション不足


言わなくても解る


というのが最終的にはどうなるかの話である。


「聞きにきて当たり前」

「出世したくて当たり前」

「仕事なんだから当たり前」


当たり前


なんとか全てをやり遂げた時には

時計は朝の8時を回っていた


「お前達、今日入れ替えで何がどこに入るか知ったのはいつだ?」


作業が終わったと、恭介と山本が鏑木に報告しに行くと聞かれた


「昨日です」

「一昨日です」


「ありえないよね。しっかりと準備をしつつ把握する、解らなければ聞きにくる、それ当たり前」


ドスの効いたような声で凄みをきかせ鏑木は続けた


「お前達やる気あんのか?」


「あります!」


すぐさま山本は答えた


「…冴島は?」



「ありません」


「あ?なんでないんだ?」


恭介はカバンから封筒を取り出した

「これを出そうと思っているからです」


恭介が手に持っていたのは退職願い


「…お前そんなのいつから持ってて、いつから決めてたんだ?」


「7月の時点では書いてました。その時には決めてはいないですが、カバンにはずっと入れてました」


「なんで一言も言わなかった?」


「解らなかったんですか?聞きにくればよかったじゃないですか?」


恭介の隣で、山本は震えていた


少し沈黙の後で鏑木は口を開いた

「そんなもん持ってるからお前は中途半端なんだ、言ってる俺も傷付いて、言われたお前も傷付いて、いい事何もない」


「よく解りませんが、一度でも僕の考えを聞きに来た事があったんですか?今までの行動はあえてそうしていたとでも言うんですか?」


「…もういい。話しててもお互い傷付くだけだ。それ、出すなら出せ」


恭介は鏑木に退職願いを渡した



11月も半ばに差し掛かった頃だった

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