第10話 予兆

ホールがとりあえずの空気に戻っていったのはそれから1週間程経ってからだった


時間にして1週間だが永遠に続くかと感じた


特殊景品を巡ってのルールは変わり


鏑木の事務所からのインカムは徐々に増えていった


しかし悪い意味での変化だけではなかった


「冴島さん、休憩入るから、あとは任せていい?」


バイトながらにホールの指示出しをする城崎を休憩に入れるには、代わりに指示を出せる人がいなくてはならない


「いってらっしゃい」


短い時間だが恭介はその役を任されるようになっていた


パチンコ屋の指示出しは、ホールの状況などを見ながら、的確に人員を配置した上で、フォローに入れる体制を維持しながら休憩を回していく


簡単そうだが、インカムを聞いて全体把握しなくてはならず、判断ミスはトラブルを招きかねない


ホールは生物だ。パチンコという機械のトラブルも、仕組みを理解していないと対処出来ない事も多い


「この店がおかしいのは、そもそも役職以外社員がいないからギスギスする」


前に城崎が言っていた事だ


ナタデココは出来てから1年とちょっと、ここで指示出しを行なうようになった新入社員の前例はまだない


しかし誰よりも早く城崎が

それを見てスタッフの皆んなが

そして役職が


近いうちに恭介がそのポジションをするようになるイメージが出来てきた


「冴ちゃんって何時頃いつも帰ってるの?」


「日によりますね、入れ替えの日は朝5時とかありました」

「5時!?23時半に私達が帰ってから6時間も働いてるの?」


「パチンコ屋の社員も大変だな」


閉店後の休憩室の談話にも、ナタデココの遅番スタッフとの連携も感じられるようになってきた



本来傷付かなくていい人達が傷付いて消えてしまった

堀田さんや花崎さん


もうそんな状況にはしたくない


「冴島さん、お疲れ様でした」

「冴ちゃんお疲れ〜、頑張ってね」


閉店後、トラブルの起きた機械とかを点検するため残業が始まる


いつ帰れるかはその日によるが、最近は定時で帰る事は無くなった


「腰の件について本社から何か言われたか?」

「いえ、特に音沙汰はありません」

「じゃあ保険なしの金額払いっぱなしか、本社にせっついておく」

「僕は、どちらでもいいですが、答えだけは早く知りたいです」

「了解」


鏑木店長との会話も業務的だが増えていった


少しずつ、形が出来てきたと恭介は感じていた


積み上げるのは時間がかかる


だが、壊れるのは一瞬


翌日


恭介が出勤するとなんだか雰囲気がおかしい


朝礼の時間になっても違和感が消えない


恭介の心臓は嫌な鼓動をし始めていた


「木咲さんは、来てないんですか?」

恭介は恐る恐るスタッフに聞いた


「まだ来てないみたい、連絡もないよ」

仲の良い相澤が率先して応えてくれた


「事務所の方に連絡は?」

「いや、来てない、あとでかけてみる」


心臓の音がうるさい


「冴島君、木咲さん電話出ない、電源切ってるみたい」


予想していたが、聞きたくない答えだった


「メールも送ってあるけど、返信はまだ来てない」


相澤からの答えも予想通りだった


そして


木咲さんは職場から消えた

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