第11話 shiro


後日、相澤の元に木咲からメールが届く


地元の北海道にいる姉が交通事故に遭い、心配で帰ったと


しかしそれ以降のメールに返信はなかった


藤原は言う

「話は聞いたが、連絡の1つ位出来ると思うんだよね」


上田は言う

「オープンからいた木咲さんか、まえよくある事じゃん?」


鏑木は言う

「まあこちらに連絡はもうないだろうね、嘘か本当かも解らない」


「もしも、木咲さんから連絡が来るようなら、この件は任せてもらってもいいですか?」


恭介は、役職にそう伝えた


堀田や花崎が居なくなった時に恭介は休みで居なかった


ただ居たとして、何が出来た訳でもない


それでも、昨日まで居た人と、いきなり会わなくなる


恭介に仕事を教えてくれているのは少なくともこの時点で山本や城崎をはじめとしたアルバイトスタッフの人達だ


仲間に何も出来ていないのが歯痒く、もどかしかった


恭介にも解っていた


木咲は戻らない


連絡してくる事ももうない


「冴ちゃんはこれからがあるから、無理しちゃダメだよ」


腰を痛めた時に木咲が言ってくれた台詞がリピートされる



恭介自身の経験から考えていた事


連絡の一つ位出来るし、しなくてはならない

それは、働く者として当然の筋だ


ただ


人間はいつもそう都合よく出来てはいない


恭介が昔アルバイトしていた飲食店


体育会系と言えば響きはいいのかもしれないが、常に大声で人を叱責する店長にずっとマークされ、連絡せずに去った事があった


正確には、連絡しようとして出来なかった


働いていた期間こそ3ヶ月程度だったが、人としての尊厳を失うには十分な時間だった


「バカ」「邪魔」と言った言葉も何度言われたかは数えきれなかったが


最も耐えがたかったのは、連絡なくシフトを変えられた事

休日明け10:30出勤が連絡なく10:00出勤に書き換えられており、店長不在だった事もあり他のスタッフからの連絡で急いで出勤した


状況を説明しても


「大人なんだから自分の時間の管理くらいちゃんとしろ」「勝手に書き換えられる訳ないじゃん」


他のスタッフにも味方はいなかった


長い怒声と罵声の中で、何をしても許されないと刷り込まれた恭介は


知らぬ間に


道路で車の前にいた事がある


何も起きなかったのは運が良かったとしか言いようがない


精神科で受診していたら何かしらの病名はついたかもしれない


恭介、抗う術を持たぬ18歳の時の事である


気力を取り戻すのに1年かかった


余談だが、恭介は現役で就職した訳ではない

そもそも大学に入ったのも21歳の時で現在25歳

新卒での入社だが、面接ではその説明がめんどくさかった




木咲が連絡出来ない理由は解らない


だけど、相澤さんにした連絡は振り絞ってやっとした連絡なのだと恭介は思った

自分が木咲ならばそうだから



ここで働き始めて3ヶ月程度経過した


時期に、ホールのリーダー、指示出しをする事になる


恭介はスタッフが全員帰った後の休憩室で、木咲の名札を島割り表から外しながら


「もう、誰も消えさせない」


心に決めていた


するはずがないのに


木咲が付けていたユリの香水の香りがしたような気がした




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