第六話 島主
「きっと
「
「そういう人なら、確かに私の話も笑わないで聞いてくれそう」
「船乗りになったのだって、色んな国を見て回りたいからって言ってたし」
床の敷物の上に腰を下ろしたふたりは今、周りを山ほどの書物に囲まれている。飛家の屋敷中の書物を集めたのは、キムの記憶にある物語とこの世界がどれほど一致しているものか、確認するためであった。
「飛家はどこら辺まで取引があるの?」
ふたりの間に広げられているのは、
「この、
「どれぐらいの距離なのかはわからないけど、それにしても凄いわね」
「本当か嘘かはわかんない。なにしろ船乗りは一を百ぐらいに膨らませて話すからって、お父様自身がそう言ってたし」
「ここがビンの都リョウで、そして……」
キムの白い指先は地図の上をつと動いて、南の大陸の中央に近い、
「この町って確か……」
キムが指差した先を見て、
「
「町、じゃない。国だったっけ」
「そこまでわかってるならキム、あなたが書いたって物語は、やっぱりこの世界のことだよ」
地図とキムの顔の間で視線を何度も往復させながら、
「
「ああ、なんか覚えてるわ」
キムは頷きながら、その唇から
「今でこそビンの保護下にあるけど、未だに世界中の尊敬を集めてる……確か大きな祭殿があって、参詣に訪れる人も多い」
「私も小さい頃、一度だけお父様に連れてもらったことがあるわ」
そして
「ねえ、キム。ここまで来たらもう、後はあなたが書いたっていうその物語を思い出すだけだよ!」
「そうだよねえ」
「ただ、こうして色んな書物を読ませてもらって、それにつられてなんとかって感じだから。元いた世界のことなんて、未だにぼんやりだし」
「物語のこと思い出せば、元の世界のことも自然に思い出せるんじゃない?」
「書いてたときの思い出とかにつられてってことはありそうね。でも」
キムは周囲に広げられたり山積みになった書物を眺め回しながら、ふうと小さく息を吐き出した。
「ここに集めてもらった本は一応全部目を通したつもりだけど、全部思い出すにはまだ足りないみたい」
「駄目かあ」
「物語の舞台はまさに今頃のこの世界よ。色々読ませてもらって、そこら辺は思い出してきた。この世界の歴史がリンを中心に大きく動き出す……多分そんな話」
「
「あとは物語に登場する人名とかわかれば、さらに思い出せると思う」
飛家にある書物といえば地理関係に特化したものばかりで、ほかには帳簿などの家業関連ぐらいしかない。
「この世界の歴史を著したもの、史書なら人名もたくさん出てくるでしょう。そこに繫がる人とか、きっと登場人物にいたはず」
「史書かあ。そういうのは多分うちにはないなあ。島主様の屋形ならたくさんありそうだけど」
「島主様?」
「この
「その島主様の屋形って、お邪魔することって出来ないかなあ」
「……なんかキム、だんだん私と考え方似てきてない?」
キムの突拍子もない考えを聞いて、今度は
「お父様は何度かお目通りしているけど、さすがに史書を見せて下さいって願い出ても、はいそうですかとは言ってくれないと思うよ」
「それもそうか」
行き詰まりを感じて、
「とりあえずひと休みしましょうか。例の
わざわざ耳を澄ませるまでもない。部屋の外でどすどすという慌ただしい足音が響き渡っている。その音が徐々にはっきりと聞こえてくるから、察するに足音の主はふたりがいる
やがて部屋の襖が勢いよく開け放たれると同時に現れたのは、髭面にがっしりとした体躯の
「おお、天女様。こちらにいらっしゃいましたか」
「今すぐにお支度なさって下さい。噂の天女様に是非お目にかかりたいと、島主様の思し召しです」
***
島主の屋形は、
庶民の賑やかな生活を反映するように猥雑とも華美とも言える港町の家屋に比べて、島主の屋形は装飾を最小限にとどめた、質実剛健な趣きで統一されている。
決して人を寄せつけない厳しさではないが、門をくぐれば
下ろしっぱなしだった金髪を慌てて左右の二つ髷に結い、
「ふたりとも、
上座から響き渡ったその声には、屋形に違わぬ重厚な重々しさと、一方で思いがけない若々しさがある。キムはその言葉に従って、そっと目線だけを袖の陰から上げた。
キムたちが伏す床から一段上がったところに、島主用の豪奢な椅子がある。そこに腰掛けるのは、想像したよりも年若な青年の姿であった。
「
冷やかすような口調の島主に、
「これはお戯れを。この
「そこの天女、遠慮するな。もっと顔をよく見せろ」
そう促されては顔を上げないわけにはいかない。今一度、今度は両腕を心持ち下げて、顔がはっきり見えるように島主を仰ぎ見た。対する島主は椅子からやや身を乗り出すようにして、キムの見目に無遠慮な視線を投げかける。
「ほう、本当に金髪碧眼なのだな。初めて見たぞ。天女、名をなんという」
「き、キムと申します」
「キムか、ふむ」
島主は一瞬考え込むように瞼を伏せたが、すぐにまたぱっと見開いて顔を上げた。
「儂は
その名を聞いて、キムはすぐに反応することが出来なかった。だが
「キム、お前は今日からこの屋形に出仕せよ。良いな、
こうなることを既に予期していたのだろう。
だが実のところ、キムの戸惑いはもっと別のところにあった。そのために
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