第四話 天下安寧の志
床に座したまま顔を上げた
「誰かと思えば
剃刀とも称される鋭い眼差しに晒されて、キムが思わず身体を強張らせる。言葉が喉に張りついて出てこない様子のキムに代わって、
「キム、例の書物、なんて名前?」
ひそひそと囁きかける
「『創世始記』よ。巻物じゃ無くて、綴じられた本」
キムの答えに頷いた
「
「『創世始記』などという書物、儂は目にしておらん」
「儂を捕らえに来たのかと思ったら、お前たちの目当てはその本か」
そう言うと
「回廊からお前の後ろまで書棚は全て目を通したが、『創世始記』とやらを見た記憶は無い。探すなら残りの書棚だろう」
「あ、ありがとうございます」
思いのほか親切な
「そんなこと言ってられないか」
「キム、あなたはあっちから探して。私はこっちの棚から見ていくから」
「わかった」
乏しい明かりの中で、この大量の書物の中から一冊の本を探り当てるのにどれほどの時間がかかるだろう。
そんなことを考えながら作業していたせいか、
「何をしとるか!」
「ここに蓄えられているのは、いずれも
「申し訳ありません!」
思わず平謝りしながら、
そもそもこの
「娘、お前たちの探し物は、もしかしてこれか」
再び
おそるおそる振り向いた
よりによって『創世始記』を
それが
目の前にある書物と
「あの、もらっちゃっていいんですか?」
すると
「良いも何も、お前たちが探していたものだろう」
そして
彼の手からこの書物を手渡されるとは思ってもいなかった。そう思って
「大方、神獣の真名が記された書物といったところか」
「
「お前たちは、儂が神獣の真名を求めて書庫にこもっているとでも思っていたのか」
「えっ、だって」
「神獣の真名など知ったところで、そんなものがなんの役に立つ」
そう口にする
「真名を探し当てれば
「でも、書庫の本を端から読み通したって……」
「ただこもるだけでは芸も無かろう。ここには過去の賢人たちの知識が山とある。天下の安寧に尽くすため、儂にもまだまだ学ぶことは多い」
「ヘンショー様はこの期に及んでもまだあなたに出来ることがあると、そうお考えなのですか」
「儂はいつどのような状況下でも、常に天下の安寧に務めることを考えておる」
半ば呆れるようなキムの問いに、
「今回、儂は
彼の言う通り、状況が激変したのは違いない。だがその上で彼に出来ることとはいったいなんなのか。
「まだ島主様を除くことを諦めてないんですか」
「今さら儂が
「ええ? だって」
「聞いてなかったのか。状況が変わったと言っただろう。むしろ今の儂には奴が必要だし、儂の目論見が正しければ奴も儂を必要としている」
「何言ってるんだか、全然わかんないですよ」
だが彼女の隣でキムは袖を口元に当てて、何やら考え込むような素振りを見せている。やがて袖を下ろした彼女が口にしたのは、驚くべき提案であった。
「ヘンショー様。であればいっそ、島主様と腹を割って話し合うのはいかがでしょう」
聞き間違えたかと思って、
「
そしてゆっくりと目を開けた
「どのみち儂もこれ以上は逃げも隠れもせぬ。ならばあの男が儂の言を聞く耳があることに望みを賭けるも良し」
「島主様の器量はヘンショー様もご存知のはずです。ご安心下さい。私とスイが責任を持って、島主様との面会がかなうよう働きかけます」
胸を張ってそう宣言するキムの瑠璃色の瞳を、
「天女がそこまで言うのであれば、是非も無し。では島主の元まで案内を願おう」
なし崩しに責任の一端を担がされて、
「何はともあれ、めでたしめでたし、かな?」
肩から力が抜けて
三人が佇む広間の入口にあたる、その奥に伸びる回廊へと続く辺りに、ゆらりと現れた人影があった。
「そうはさせんぞ」
振り返った
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