第三話 翠の妙案
討伐軍は
賊のねぐらは紅河の河口に程近い
だがここで
といっても正面切って戦いを仕掛けてくるようなことはない。彼らはそんな矜恃を持ち合わせていないし、そもそもそれは海賊の戦い方ではない。
その晩、
音もなく忍び寄る賊たちが何隻かの船に取りついて、急襲を仕掛ける。夜闇を切り裂くような火矢が何本も射かけられて、船に燃え移る。慌てて火を消しに回る兵士たちの背後から、いつの間にかよじ登ってきた賊が斬りかかる。
雲霞の如き大量の小舟に分けての賊の襲撃は、少なくとも初撃で討伐軍の狼狽を誘うことに成功する。
だが討伐軍も、彼らの襲撃については十分に備えていた。
「鉄鎖を引け!」
その掛け声と同時に、船と船の間を紐付けるかの如く、次々と海中から鉄の鎖が姿を見せた。松明に照らし出される黒々とした鎖が海上に立ちはだかって、隙間をかいくぐろうとした賊の小舟たちは次々と絡めとられていく。ある者は鎖になぎ倒されて海に投げ出され、ある者は小舟が立ち往生する間に矢を射かけられて命を落とした。
先んじて船団の合間に忍び込んでいた小舟たちは、網の目のように張り巡らされた鎖によって大半が動きを封じられた。
鉄鎖の存在に気づいた海賊の後続集団は正面からの侵入を避け、船団の左右から背後に回ろうとする。船団の奥深くにいるはずの旗艦を一気に襲撃しようとの算段だろう。だがその可能性を想定して、両翼に配置されたのは討伐軍の中でも最強の
やがて賊たちは鎖に繋がれた大船団を丸ごと火の海にするべく、火矢を放つことに徹し始める。すると今度は「鉄鎖を切れ!」という号令の下、船と船を結びつけていた鎖が一斉に海に落ちた。
同時に未だ大量に蠢く小舟たちの集団に向かって、大船団がこぞって前に出る。
この動きをもってこの夜の戦いは幕を閉じた。
なぜなら討伐軍が前進したと見るや、海賊たちの小舟は文字通り蜘蛛の子を散らすようにして退散し、あっという間に暗闇の中に紛れてしまったからである。
***
一連の戦闘中、
蝋燭の明かりも火事になりかねないということで、室内を照らすのはわずかに船窓から漏れ入る星明かりのみ。ほとんど暗闇と言って良い船室の中で、外から聞こえる血生臭い喧噪に耳をそばだてながら、ふたりは身を寄せ合ってまんじりともしない夜を過ごしたのである。
「こんなのいつまでも続くなんて、耐えられない」
ほとんど一睡も出来なかった
「キム、『大洋伝』ではこの後どうなるの?」
げっそりしたまま尋ねる
「討伐軍はとにかく急いでリョウに上らないといけない。宰師は討伐軍がイツに集結してたって知らなかったからその分こっちは有利なんだけど、でもここまで来たらさすがにもう気づかれてる。ほっとくと紅河の水軍を集められちゃうし、いつまでも海賊相手と戦ってるわけにはいかない」
「うん」
「そこで討伐軍は、海賊たちを寝返らせるの。これが上手くいって、討伐軍はリョウまで足止めされることなく攻め上るのよ」
敵を寝返らせるという作戦は、物語の上でなら簡単なことなのだろう。だが現実には、何か伝手でも無い限りは難しい。
「いや、あるじゃない」
キムの説明を聞いて、
「海賊一味の中には、
そもそも
もっともそのことを、父も
「お前に喋ったら絶対に反対しただろうが」
仕方ないだろうといった
「当たり前でしょう! お父様も
「海賊に潜り込むって案は、あいつが自分でやるって言い出したんだよ!」
「だからってねえ!」
「いい加減にせんか」
ふたりの口論を抑えつけるように押し黙らせたのは、
「いきなり
ここは旗艦の、総司令官の室である。
「島主様。天女様の思し召しにもかなう、妙案があります」
改めて
「天女の思し召しだと。申せ」
その言い回しにぴんと来たのだろう。
「海賊の中に潜り込んでこれまで
下男呼ばわりされてることを知ったら、
「私が賊のねぐらに忍び込み、
「つまり離間の計か。ふむ」
四角い顎に手を当てながら、
このままここに釘付けにされて、困るのは彼自身である。かといって
「しかしお前、ひとりで賊のねぐらに乗り込むつもりか? 奴らは女だからといって容赦するような輩ではないぞ」
「ご安心下さい。ねぐらに向かうのは
「俺も?」
突然同行者として名指しされて、背後で
だが
「賊のねぐらを熟知する
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます