第四話 鱗の町
多くの船が行き交う
至る所賑わう町の中でもとりわけ幅広な大通りを
「よう、飛家の嬢ちゃん。
「てっきり嫁入りは諦めて、女だてらに船乗りを目指すものと思ったよ」
「
「
道中すれ違う人々から呼び込み中の店子まで、皆が
「私が水夫に変装したこととか、お父様の船に忍び込んだこととか、なんでみんな知ってるのよ」
頬を膨らませる
「そりゃあ、お前。うちの連中が噂したからに決まってるだろう」
「何よ、それ! お父様は口止めとかしなかったの?」
「口止めどころか、率先して吹いて回ってたのは
「スイはみんなの人気者なのね」
キムは頭から口元までをゆったりとした頭巾にくるんで、わずかに瑠璃色の瞳だけを覗かせている。黒髪か日に焼けた茶髪か、せいぜい白髪ばかりのこの町で、彼女の金髪はあまりに目立つからという理由だ。
微笑ましそうに目を細めるキムに振り返って、
「この町で生まれ育ったから、みんな顔馴染みってだけだよ」
「小さい頃からあっちこっちで騒動播き散らかしてるからな。町の皆にとっては退屈凌ぎにちょうどいいのさ」
「どういう意味よ、それ!」
「それにしてもこの町は活気があるのね。船もたくさん、人もたくさん」
周囲をぐるりと見渡しながら、キムが感嘆の声を漏らした。彼女の視線の先には、どこを見ても喧噪が止まない活況がある。口元の頭巾に手を掛けながら感心の表情を浮かべるキムに、
「ここは色んな国や町の、船の中継地として栄えた島なの。内海で
「
「たくさんの国の船が内海を行き交って、その中でもリンはイツに次ぐ重要な島ってことね。その内海を挟んで北のゲン、南のビンやサンという大国が向き合っている……」
「あんた、飲み込みが早いな。だけど
「あれ、聞いてなかった? なんでかな、なんか普通に理解出来たんだけど」
「いいじゃないの、覚えが早いに越したことはないんだから」
ふたりの間に生じかけた疑問を、
「ちょっと歩き疲れたからひと休みしたいんだけど。
唐突に尋ねられても、
「俺はお前と客人の護衛役だろう? 急に呼びつけておいて無茶言うな」
「気が利かないなあ。せっかくキムを町案内に連れ出したんだから、そういうことは事前に調べておきなさいよ。
そう言って
結局三人が休憩に立ち寄ったのは、
満席を目にした三人がしばらく店の前で立ち尽くしていると、やがて
「
「そいつは嬉しいんだけど、ここに来るとなんでもお父様に筒抜けになるのがねえ」
ぼやきながらも、
そして次の瞬間、キムの瑠璃色の目が大きく見開かれる。
「甘い……」
甘さの正体を突き止めようと、キムは菓子の断面を覗き込んだ。そこには黒いしっとりとした固まりと、その中心には同じようにしっとりとして黄色い固まりが詰まっている。しげしげと中身を見つめるキムに、
「美味しいでしょう。アヒルの塩漬け卵の黄身を、小豆餡で包んでるの」
「……もしかして、小餅?」
「あれ、知ってた?」
菓子の名を言い当てられて、
「
小餅を頬張りながらそう語る
「さっきも言ってたけど、そのガクって人は、ふたりのお友達?」
そう問われてふたりが揃って顔を見合わせる。どうやらキムの前でその名を口にしたのは、
「
「気にしないで。そりゃさすがに心配もしたけど」
既に小餅を平らげていた
「刃傷沙汰を起こしたからって噂もあるんだけど、あの要領のいい
「まあ
「何があったか知らないけど、いい加減戻ってくればいいのに」
「もし
「まあねえ」
「頭から顔まで頭巾で隠されてたら、さすがにわかんないだろうけど」
「……ねえ、もしかしてこの格好って、変?」
改めて口元に頭巾の端を引き上げながら、キムはちらりと周囲に目を向けた。ここまで大勢の人混みの間を分け入ってきたが、町中では彼女と同じような格好をひとりも見かけない。金髪を隠すためとはいえ、むしろかえって人目を引いているのではないだろうか。
「変ってことはねえよ」
「あえて言うなら、お忍び中の貴婦人って感じ?」
「そんな大層に見られるのも困るなあ」
肩を縮こまらせたキムが、気恥ずかしそうに二人から目を逸らした――ところで
「あっ」と小さな声を漏らす。
「あそこにもいたわ」
キムが小さく指差した先を、
ちょうど席を立つところだったその人影は、おそらく
「男の人でもこういう格好する人がいるのね」
「いないわけじゃないけど、でも女の人よりは珍しいかも……」
男性を視線で追う
倒れた湯飲みから零れた茶が、向かいの席にいるキムに向かって流れ出す。慌てたキムが茶を堰き止めようとして、手につかんだ布を当てる。
「待て、待て!」
キムが手にした布、それは彼女が頭から顔からくるむ頭巾の端であった。その端を引っ張ってしまったものだから、弾みで頭巾は解けるのが道理である。
キムの見事な金髪がすっかり露わになり、次の瞬間には店内にひしめく客たちも店員も目を丸くする。やがて驚きと好奇の人だかりが出来上がるまで、あっという間のことであった。
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