第二話 『大洋伝』
「島主様が主人公って、本当?」
かつて書き上げたという物語の主人公の名前を思い出した――それが
「確かに
「本当よ。ジョーチュージョって名前、確かに覚えがあるもの」
「それにこうして色々目にすることが出来たお陰で、少しずつだけどほかにも思い出せてきた気がする」
キムが今手にしているのは
「でも今の島主様は、確かお母様もリンの人じゃなかった?」
「よく知ってるなあ」
キムの顔を見返す
「それもキムの物語に書いてあるってこと?」
「うん。確か前の島主様は正室との間に子がなくて、地元出身の側室の子を跡継ぎに据えたって」
つまり
「王家の血を引くけれど主流ではない、その絶妙な立ち位置が、主役を張るにはぴったりだと思わない?」
そう語るキムの瑠璃色の瞳には、何やらわくわくとしたものが浮かんでいる。
「それになんだか、ちょっと得体が知れない感じだし?」
「そう、そう」
理想で描いた主人公を現実で目の当たりにして、キムが高揚するのも無理はない。だが
公私の区別については厳密だが、身内に対しては身分の上下を問わない気さくさがある。大きな口の端にたたえる笑みからは親しみやすさを感じるが、一方で相手を推し量る彼自身を偽っているように見えなくもない。
そして史書の閲覧を許したときの、彼の一言。「楽しみにしているぞ」という言葉の裏には「必ず成果を出せ」という意味が込められているようにも思えた。
「なんていうか腹の底が見えないお人よね、島主様って」
「そりゃあ、これから一大事を成す英雄なんだから。それぐらいの底知れ無さは欲しいよね」
「一大事?」
「ねえ、一大事ってっどういうこと? っていうか――」
その彼が主役を張るという歴史絵巻、一大事を成す英雄の物語を、キムは綴ったというのだ。
「もしかしてキムが書いた物語って、これまでの
この世界の知識が何らかの形で伝わって、それをキムは物語にまとめたのだと言っていた。だとしたらそれは当然、過去にあった出来事でなければおかしい。
だがまだ為政者としては若い
「……『大洋伝』」
両手に書物を抱えたまま振り返ったキムは、不意にそう呟き返した。
「『大洋伝』?」
「物語の題名よ。この世界の言葉で言うと『大洋伝』になるの。さっき思い出した」
「それらしい題名じゃない。で、肝心のお話の方は思い出せた?」
身を乗り出す
「その、まだ全部思い出したわけじゃないから。もう少しはっきりしたら教えるから、もうちょっと待って、ね?」
「そんなあ、あらすじ程度でいいから、教えてよ!」
辛抱たまらない
だがそれは彼女がキムの言い分に納得したというわけではなかった。目の前に『大洋伝』以上の関心事がある――そのことに気づいたからにほかならない。
「ねえ、この本は?」
「ああ、これ」
「これ、以前にスイに教えてもらった作家でしょう? その人が書いた本がほかにもあるんだと思って、読んでみようかなって」
キムが手にした書物の表紙の題名は『天覧記』、その下にある作者名は『
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