第二話 埒外の人
「つまりお前の記した『大洋伝』とやらは、この儂と宰師の対峙を予言していると、そう申すのだな」
切れ長の目をことさら細めながら頷く
島主の執務室で、先日キムが
「さすが神獣に仕える天女ともあれば、我々下々の未来を見通すのも容易いこと、というわけか」
「いえ、そんな驕った物言いをするつもりは……」
いささか皮肉めいた言い回しをされて、キムが慌てて面を伏せる。実は
「キムはこの世の隅々までわかっているわけじゃない、そう仰ったのは島主様じゃないですか」
「そんなことも言ったかな。とはいえ己まで天女の
「だが予言の内容まで聞かないことには、儂もまだ納得は出来ん。そこまで言い切るなら、きっと十分な証拠もあるのだろう」
「ございます」
今度はキムも、
「島主様はイツからの海賊討伐の要請を受けるつもりでいらっしゃいますね」
「それは当然だろう。
「既にゲンのシューカイ様に遣いを出されてますね。イツとの海賊討伐に、共に加わるよう要請するために」
そこでようやく
それはおそらくここ
「
仮に
「シューカイ様に援助を仰ぐのは、海賊討伐軍の主導権をタンダリ様やカオン様に握らせないため、あくまで島主様主導とするためです」
「その通りだ」
もはやキムの言うことを信じるほかないと観念したのだろう。
「そこまでわかっているなら、討伐軍の目的が海賊相手だけはないということもお見通しか」
「はい」
「えっ、海賊以外に誰か相手がいるんですか?」
ふたりの会話に驚いた
「島主様の真の目的は、ヘンショー様を宰師の座から追い落とすことですね」
キムの穏やかならぬ発言に、
「宰師って、王様のお側に仕える、あの宰師様?」
「
「
「じゃあどうして」
「
そう言うと
今にも迫り来るような分厚い雲をしばらく見上げていた
「
その言葉に血相を変えた
この世が『大洋伝』の通りに展開しているのであれば、彼女にとっては自明の理なのだろう。
「確証はない。だがここのところ、都からはこの
「だから、お父様も最近は
「そして賊の危険が増したというなら、儂も討伐のために兵を動かさざるを得ん。兵を動かすにはまた人も金も要る。あの手この手で
そこまで告げると
「思えば
平然とした顔の裏で、よほど腹に据えかねていたのか。この場にいるのが気を遣う必要のないキムに
「これ以上舐められっぱなしでいるのは、儂も性分ではない。そのうえ天女の予言という後押しもあるなら、思う存分にやらせてもらおうではないか」
キムはその迫力に気圧されつつも、
「島主様、どうかお鎮まり下さい。確かに私の『大洋伝』はこの世界の行く末を書き著しているのでしょう。でも予言としては、とても完璧だとは思えないのです」
予言者本人であるキム自身が、未だ予言の内容を信じられないという。
「だが儂の思惑をあそこまで正確に言い当てたのだ。今さら出鱈目と言われてもその方がよほど信じられん。何か理由があるのか」
「理由は、スイです」
「私?」
この流れでまさか話題を振られると思わずに、
「『大洋伝』は島主様と天女を中心に描いた物語なの。それなのに天女の側で世話をするという女性は、ただの一度も登場しない」
「ええ、それはあんまりな扱いだなあ」
これでもキムと一番親しいつもりだった
「だからおかしいのよ」
だがキムにとってはそれ以上に重要な、違和感を成す要因が
「島主様にカオン様、タンダリ様、ヘンショー様。ガモウ様の名もあった。それにヒロク様やセンだって、名前こそないけど海賊に襲われた人々として登場した。私がこれまでこの世界で見知った名前は全て『大洋伝』にあるのに、それがスイだけ出てこないなんて有り得ないでしょう?」
「なるほど、言われてみれば不思議な話だな」
いつの間にか興奮も冷めて平静を取り戻した
「そんなこと言われても、私にどうしろって言うんですか」
「スイ、あなた言ったじゃない。もしかしたらあなたも、私に創り上げられた存在かもしれないって。でも本当はその逆で、あなたは正真正銘この世界の住人なのかもしれない」
「それじゃまるで、私だけ仲間はずれみたいじゃない」
ふて腐れ気味の
「つまりこの世界には、私の知らないことがまだあるってこと。『大洋伝』に書かれていることが、この世界の全てじゃないってことよ!」
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