第五話 海賊退治
「おまっ、もしかして、
「なんではこっちの台詞よ!」
長身の
「勝手に姿を消したと思ったら、海賊に潜り込んでましたあ? 何を考えてるのよ、この!」
大きく振りかぶった
「ちょっと、放しなさいよ!」
「勘弁してくれよ。一発食らえば十分だって」
空いた右手で真っ赤に腫れた左頬を撫でながら、
「こいつはどういうこった、
「どうもこうも。今日お前に用があるのは
「なんだあ?」
右手が駄目ならと振りかぶろうとした左手も防がれて、
室内は天井から壁から床まで切り通しの岩壁に囲まれた、六畳一間ほどの小部屋になっていた。唯一岩をくり抜かれた窓代わりの穴から吹き込む空気の流れが、部屋の隅に据え置かれた蝋燭の明かりを揺らめかせる。床には申し訳程度の
「久々の再会を祝したいところだが、生憎と酒も何もねえ」
自嘲気味に笑う
「緊張感がないのは相変わらずね」
「そういう
「こんな危なっかしいところに、まさかひらひらした格好で来るわけにもいかないでしょう」
「違いねえ」
「
蓬髪の先を床に垂らしながら、
「
「
「
がばと顔を上げた
「『今回の不始末、てめえで尻を拭けないようなら、二度と
「私の用件もそれよ、
「――言われるまでもねえ」
そう答えた
「もとよりそのつもりだ。これ以上
「目算はあるのか」
「
「ということは」
「今回の鞍替えはあんまりに危ない橋だって、不安がってる連中も多い。そこへあの大軍がお出ましして、実を言えばびびってる奴らが大半だ」
「てことは、
「そういうことだ。ただ俺は鞍替えに反対してから遠ざけられちまってな。あいつのそばに近づく、何かいい口実でもあればいいんだが」
「遠ざけられているというなら、詫びを兼ねての差し入れはどうだ」
「そいつは俺も考えたんだがな。何しろこの状況だから、差し入れになるようなもんが手元にねえ。第一あいつの好物と言ったら――」
そこで言葉を区切った
「――女だ。ちょうどいいところに来てくれたぜ、
「それってもしかして、私を差し出すつもり?」
驚き、呆れた声を上げる
「
「どういう意味よ!」
妙な茶々を入れられて、
「あいつは女は女でも、ガキの方が好みって変態野郎だからな。
「ガキで悪かったわね!」
そう言って今度は
「わかったわよ。私が囮になってあげる。その代わり
「仰せのままに、お嬢様」
***
剃髪に落ち窪んだ眼窩、そして痩せぎすな上に妙に長い手足がさながら骸骨然とした風貌の
彼は今回、
「
海に面した岩山の頂き近くにある
「おい、誰だ。この野郎を通したのは!」
部屋の壁際に凭れるようにして酒を呷っていた
「そう叱ってやるな。この俺が用意したとっておきの差し入れを見て、みんなお前が喜ぶに違いねえって通してくれたんだよ」
「とっておきだあ?」
疑わしげに目を
長い黒髪に、水夫の格好をしているもののその上からもわかる華奢な体つき。大きな黒い瞳が愛らしい顔には、だがところどころ幼さが残る。年の頃は十四、五といったところか。
後ろ手に縄で縛られたままの少女が青ざめながら俯く様は、
「討伐軍が意外に手強いからってご機嫌斜めの
「……どこで仕入れた」
「なんでもあの討伐軍の将軍の慰み者として連れられてきた、どこぞの没落貴族のお嬢様らしいぜ。逃げ出した先がちょうど俺の手下の持ち場だってんだから、運もねえな」
「なあ、
「てめえが加われば簡単に追い払える、とでも言いたげだな」
眼窩の底から睨み返す
「この女は俺なりの誠意って奴さ。その代わりに俺に任せてくれれば、あの討伐軍にも目に物言わせて……」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。俺の方針に楯突いたてめえを、そう易々と復帰させてたまるか。てめえは連中の相手が終わるまでどこぞでおとなしくしてろ。その代わり報酬の分け前も無しだ」
「女は置いていけ。有り難く受け取っといてやる」
そう言って
いったい何が起こったのか。どうやら至近距離から、顔面に粉のようなものを大量に投げつけられたらしい。それもただの粉ではない。目は痛みのあまり開くことが出来ず、吸い込んだ喉にも刺激が強烈で、激しく咳き込むことしか出来ない。
その間に右手の刀は奪われて、かと思えば左腕を取られて背中からのしかかられ、
「お前、どんだけ辛子をぶちまけてんだ。貴重品だってのに」
背後から
「仕方ないでしょう。万が一にも外すわけにはいかなかったんだし」
どうやら
「呆気ないもんだなあ、
「お前の身柄と引き替えに、俺たちは討伐軍に降る。なに、安心しろ。お前に報酬を渡した輩が誰か聞き出すまでは、連中も命までは取らねえだろう」
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