皇女サマはお年頃 Ⅲ
「――ところで、今日シェスタに行こうって言ったのはどうして?」
そして、唐突に話題を変える。
この時刻からお忍びで出かけるのなら、わざわざ馬を走らせてシェスタまで行く必要はなかったのではないか。レムルの城下町だけでも、もっと近い町でもよかったろうに。
「まあ、
デニスはそう答えて、不敵な笑みを浮かべる。――シェスタには
リディアにはふと、ある考えが浮かんだ。
城には先刻、プレナからの使者が来たばかりで、その国内で問題が起きていると聞いた。
その時には人払いをしていたので、近衛兵であるデニスにも退室してもらっていたのだが、彼はもしかしたら、ドアの前で聞き耳を立てていたのかもしれない。
そして、シェスタとプレナは、海を挟んで目と鼻の先だ――!
「プレナの方で、何かあったらしいな」
「ええ……。あなた、さっきの話聞いてたのね?」
「まあな」
――やっぱり、そういうことか。彼が「シェスタに行こう」と思い立ったのは、プレナでの非常事態を知ったからだったのだ。あの町で、対岸の小国についての情報収集をするのが目的なのだろう。
****
――しばらく城の敷地内を歩いていると、一番奥まった場所に剣術の稽古場はあった。
大きなドアを
「よお、ジョン。毎日、ご苦労なこったな」
「デニス、……姫様!?」
手の
ジョンは大柄だが、
「しばらくね、ジョン。帝国軍での鍛錬にはついて行けてる?」
「はい、何とか。――ところでお二人とも、その格好は? またお忍びで視察ですか?」
訊ねる、というより確かめているように、ジョンは質問した。それには、リディアではなくデニスが答える。
「ああ、まあな。これからシェスタまで行くことになったんだ。お前も来るか?」
「お願い! 一緒に来てくれない?」
同じ兵士仲間のデニスはともかく、姫であるリディアにまで
彼はリディアに「姫様、ちょっとお待ち下さいね」とニッコリ笑いかけ、デニスの腕をグイッと引っぱって小声で抗議する。
「おい、デニス。また姫様を
リディアに
デニスは仏頂面のジョンを、「まあまあ」と
「ジョン、そんなに
「何だよ、理由アリって?」
ジョンがすかさず片眉を上げる。デニスの言い方で、今回はただの遠出ではないと
「それは後で話してやるよ。――で、どうするんだ? 行くのか、行かないのか」
デニスはここぞとばかりに、ジョンに
「……分かった。姫様がどうしてもって
ジョンに見つめられたリディアは、とびっきり嬉しそうな顔をしていた。
「ありがとう、ジョン! あなたなら、きっと『一緒に行く』って言ってくれると思ってたわ!」
デニスにうまく乗せられたとはいえ、リディアも確信犯だったらしい。ジョンは口にこそ出さないけれど、内心では「コイツら、
「それでは、姫様。俺は急いで宿舎に戻って支度をして参ります」
「ええ。じゃあわたし達は、
「はい、姫様。では
――ジョンと一旦別れた二人は、城門の手前にある厩舎の方へとブラブラ歩き始めた。
「なあ、リディア。――お前、さ。ジョンのこと、どう思うよ?」
……は? 何を唐突に。リディアは戸惑う。
「えっ? どうって……」
「いやあ、アイツって色男だろ? だから、リディアの結婚相手としてはお似合いなんじゃないかと思ってな。ホラ、幼なじみだし」
「それを言うならデニス、あなただって同じ条件だと思うけど」
彼だって、ジョンには負けるが
「というか、そんなこと、あなたが本心から言っているようには思えないんですけど」
「ああ、バレたか。本心じゃなくて、ただの
「……そう」
リディアには、それしか言えなかった。場を繋ぐだけの話なら、他にも山ほどあるだろうに。
(こうして見ると、デニスももう立派な大人の男性なのよね……。当たり前だけど)
デニスだけでなく、ジョンもだ。背がグンと伸びて、声変わりもして。体格もガッシリしてきた。
リディアも身長は伸びたけれど、それでも二人とは頭一つ分以上違う。話す時には、見上げなければならない。昔は身長だって、そんなに変わらなかったのに。
(……もう、
そう思うと、淋しさが増す。リディアが一人でしんみりしていると、隣りを歩いていたデニスが心配そうに見下ろして、顔を
「……リディア? どうしたんだ?」
「ううん、何でもないわ。心配しないで」
リディアは首をブンブンと横に振って、ニッコリ笑って見せたが、「あー、わたしってば可愛くない!」と内心では激しく
(どうしてここで、「心配してくれてありがとう」の一言が言えないのかしら?)
理由はきっと、照れ臭いから、である。
デニスの方だって、特に気を悪くした様子はなさそうだし。幼い頃から一緒にいて、言葉にしなくても彼女の言いたいことは手に取るように分かるからだろう。多分。
「――あ、この髪留め、今も大事に使ってくれてるんだな。ありがとう」
デニスがリディアの
「ええ、もちろんよ。だってこの髪留めは、わたしの一番大切な宝物なんだもの!」
リディアは幼なじみの仕草にドキッとしながらも、
この髪留めは、デニスからの初めての贈り物。城下町の雑貨店で売られている、決して高価ではない品だけれど。当時十二歳だった彼女にとって、これをデニスが自分のために買ってくれたということが、どんな高価な装飾品よりも
以来彼女は、この町娘の姿で彼と出かける時には必ず、この髪留めを着けるようにしている。
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