皇位継承…… Ⅱ

「う~~~~ん……」


 誰もが納得する人事は、どうしたらできるのだろう? リディアは悩んだ。


(まあいいわ。一月の猶予ゆうよがあるんだもの。急いで決める必要はないわよね)


 二人とよく相談して、できれば彼らの希望も聞いて、じっくり考えてから結論を出しても遅いことはないだろう。


(まずは、明日よね)


 帰国するカルロスを見送った後、父の口からリディアとデニスとの婚約が発表され、それと同時におそらく、彼女が皇帝として即位することも国民にげられるのだろう。


 ジョンは、祝福してくれるだろうか? そして今度こそ、自分の想いを打ち明けてくれるのだろうか――? リディアはどうしても、彼自身の口から聞きたかった。彼がデニスと同じく大切な幼なじみだということは、この先も一生変わらないのだから。


 気づかないうちに彼女の意識は遠のき、いつの間にか眠りの世界へと引き込まれていった。



****



 ――翌日の昼下がり。


「イヴァン陛下、リディア様、そしてデニスどの。この度は、大変お世話になりました。慌ただしく帰国する旨、申し訳ありません」


 豪奢ごうしゃな馬車を中心として騎馬きば隊で組まれた隊列の先頭で、カルロスは三人に丁寧に謝辞しゃじと詫びの言葉を述べた。


「我が伯父・サルディーノの件では、多大な迷惑をおかけしてしまいましたね。重ねてお詫び申し上げます」


「いえ、そんな! 頭をお上げ下さい! あなたが詫びる必要はございませんわ。あなたが一番の被害者なのですから」


 必死に謝る隣国の王子――いや、もうすぐ国王か――を、リディアは慰める。


「私はあなたから忠告を受けなければ、スラバットも帝国も、危うく滅ぼしてしまうところでした。リディア様、このご恩は一生忘れません」


 彼はまた、深々と頭を下げた。


「いいえ、わたしは何も、特別なことはしておりませんわ。全ては、あなた自身が決断なさったことです。今後は、あなたが国と国民を立派に守っていって下さいませ」


 彼はこの先、国王として傾きかけたスラバットの国を建て直さなければならない。若き王にとってはいばらの道だろうが、彼ならきっと立派にやり遂げるに違いない。


「デニスどの、腕はまだ痛みますか?」


 今は軍服の袖に隠れて見えないデニスの腕の傷を、カルロスは心配した。


「いえ、もう大丈夫です。元々かすり傷ですし、自分は打たれ強いので。ご心配頂き、恐縮です」


「サルディーノの処遇は、どうなさるおつもりですの?」


 リディアが問う。カルロスにしてみれば、身内の情も、自身が言いなりになっていたという弱みもあるのだろうけれど……。


「伯父には、監獄かんごくに入って反省してもらうことにしました。見せしめとして、絞首こうしゅ刑にすることも考えたのですが、さすがにそれは伯父が可哀相かわいそうなので……」


 やっぱり情を挟んでしまったらしい。リディアは彼を甘いと思ったが、その優しさが彼のよさなのだと理解した。「そうですか」とだけ、彼女は頷く。


「実は、まだ発表前なので内密なのですが。わたしも一月後に、皇帝として即位することになったのです。父からの譲位という形で」


 国家機密である事実を、国民の前に他国の君主に漏らすのはどうかと思ったが、彼とは今後友好を深めていくつもりなので、ためらいはなかった。


「そうですか! おめでとうございます。あなたが皇帝となれば、この国はいまよりずっと栄えていくでしょうね。楽しみです」


「はい、ありがとうございます! わたし、頑張ってこの国をよりよい国にしますわ!」


 カルロスに微笑みかけられ、リディアは俄然がぜんやる気になる。もちろん、今のままでも充分いい国ではあるのだけれど。


「デニスどの、君がしっかりとリディア様を支えて差し上げて下さい。……婚約なさっているそうだね?」


「はい、……ぅえっ!?」


 畏まってカルロスに頷いたデニスは、後半部分の囁きを聞いて思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまった。その囁きはリディアの耳には入らなかったらしく、隣りで「なにごと?」と怪訝そうな顔をしている。


「ど……、どうしてご存じなんですか?」


「イヴァン陛下から打ち明けられたんだ。我々が帰国した後、国民に発表するとね」


 うろたえつつ小声で訊ねるデニスに、カルロスも小声で答えた。


 ――いよいよ、スラバット一行いっこうの出発が迫ってきた。


「リディア様、国が落ち着きましたらまた参ります。スラバットへも、ぜひお越し下さいね。お待ちしております」


 カルロスはそう言って、隊列の中央の豪奢な馬車に乗り込んだ。


「ええ、ぜひ参りますわ。カルロス様、また手紙を書いて下さいね」


「リディア、デニス。新婚旅行はスラバットに決定だな」


 父イヴァンの言葉に、二人は笑顔で頷く。それは名案だと、三人の意見が一致したらしい。


「それでは皆様、お元気で!」


 馬車の中から手を振りながら、叫ぶカルロスとその従者達が見えなくなると、レムルの城下町からわらわらと、町の住民達が城の前の広場に集まってきた。中にはシェスタや別の地方からはるばる来たらしい国民の姿もチラホラ見える。


 そして、城からも兵士や女官などの侍従達が出てきた。その中には当然ながら、ジョンやエマの姿も……。


 実は、これからこの広場でイヴァンが重大発表をすることは、午前中に国中の人々に伝わっていたのだ。伝書鳩でんしょばとを使って。


「愛するレーセル帝国民の皆さん。今日はわざわざ集まって下さったことに、心から感謝申し上げたい。今日は私から、皆さんに発表したいことが二つあります」


 そこで一旦言葉を切った彼を、国民一同は――侍従達もだが――注視する。


「まず、我が娘のリディア・エルヴァ―トと近衛軍団所属の兵士デニス・ローレアがこの度、結婚することとなりました。一月後に、大聖堂にて二人の婚礼の儀を執り行います」


 リディアがデニスと共に笑顔でお辞儀すると、二人はたちまち拍手と大歓声の渦中かちゅうになった。


 リディアはその中で、一人複雑そうな表情を浮かべている人物を見つける。


(……ジョン?)


 彼のこんな表情を見たのは、二週間近く前に港町シェスタでデニスと両想いになったと打ち明けた時以来、二度目だ。

 きっと彼の中では今も、デニスへの嫉妬心や、家臣なのだから祝福せねばという忠誠心や、それでもおさえきれないリディアへの想いがせめぎ合っているのだろう。


(やっぱり、後で話を聞いた方がよさそうね)


 彼の気持ちがはっきりしなければ、安心してデニスと結婚できない。リディアはそう思った。それは、デニスもジョンも両方大切に思っている彼女の優しさからだった。


「――そして、二人の婚礼の日をもって、私は皇帝の位を退しりぞき、リディアにその位を譲ることにしました。婚礼の日、新皇帝の戴冠式も執り行います」


 お祝いムードが広がっていた広場は、イヴァン皇帝からもたらされた二つめの発表に、水を打ったようにしんと静まり返る。こちらもめでたい発表には違いないのだけれど、国民には「レーセル帝国にこの人あり」と言われているイヴァンの退位がよほど衝撃的だったらしい。


「皆さん、さように落胆しないで頂きたい。我が娘リディアは歳こそまだ若いが、皇帝としての器量は申しぶんない。必ずや私のように……いや、私以上に立派な皇帝になってくれると私は信じています。だから皆さんも、娘を信じてついていってほしい!」


「お父さま……」


 父の熱弁に、リディアの胸は熱くなった。これだけ大きな期待を寄せてくれているのならば、何としても父の想いに報いたい。


 彼女は自分の決意を伝えようと、広場の人々に対して演説を始めた。


「皆様、わたしは父も申し上げた通り、まだ若くて未熟者です。即位しても、父のようにはいかないかもしれません。ですが、『この国をよりよい国にしたい』という想いは、父にも負けません。ですから、わたしはここでちかいましょう。必ずや、このレーセル帝国をより豊かで実りある国にすると。そして、わたしの心は、想いは、いつもあなたがた国民とともにあると」


 思いのほか、熱の込もった演説になってしまった。話し終えたリディアが大きく息を吐いて一礼すると、広場は再び人々の笑顔と割れんばかりの拍手に包まれた。


『姫様がいてくれたら、この国は安泰だ』


『あなたが皇帝となれば、この国は今よりずっと栄えていくでしょうね』――



 シェスタの町民や、カルロス王子の言葉がリディアの脳裏のうりに蘇る。顔を上げた彼女は、胸がおどるのを感じた。


 今見ているこの光景は、自分が皇帝として認められた証なのだ。この寛容かんような国民性が、リディアは幼い頃から大好きだ。


(そうよね、わたしは一人じゃないんだわ)

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