褐色の肌の王子と騎士《ナイト》 Ⅲ

「――カルロス様、こちらが中庭ですわ」


「ありがとうございます。素晴すばらしい庭ですね」


 この時の二人の褐色肌の青年の態度は、まるで対照たいしょう的なものだった。


「私の国には、四季がありませんので。こうして季節の植物に触れられる貴重きちょうな機会を頂けて、とてもありがたいです」


 カルロス王子の方は、たいそう上機嫌だ。初めて(かどうかは分からないが)目にする「季節」というものに、気分を高揚こうようさせている。


 一方のデニスはというと、とても不機嫌。理由はリディアにも分かっている。この異国から来た、背の高い王子への一方的なライバル意識、だ。


 要するに〝嫉妬〟である。


(やっぱり、わたしがさっき王子に見蕩れてたこと,バレているのかしら……?)


 というか、原因はそれしか考えられない。ジョンの次は、母の故郷の王子か。――自分の恋人がこんなに嫉妬深かったのかと、リディアは愕然となった。


「あの、リディア様。少し疲れました。あそこにある四阿で、少し休ませて下さいませんか?」


 カルロス王子が、あの四阿を指差して言った。途端に、デニスの眉が跳ね上がる。


 どうやら彼は、自分とリディアの二人だけの〝聖域〟を他の男にけがされることが許せないらしい。



「ええ、いいですわ。参りましょう」



(……! リディア!?)


 デニスが、表情だけで抗議してくる。リディアはそれを、にこやかな笑顔で封じた。


「デニス、あなたもいらっしゃい」


「王子と二人きりにならなきゃ問題ないでしょう?」と言わんばかりに。


「あ……、ハイ」


 リディアのあつに屈し、デニスは神妙しんみょうに縮こまる。


 リディアとデニス、カルロスの三人はそのまま四阿まで移動した。長椅子には両国の皇女と王子が並んで腰かけ、護衛官のデニスは四阿の入口に立ち、カルロス王子に睨みをきかせている。


(本当は、外を見張らなきゃいけないんじゃないのかしら?)


 いいのだろうか? 個人的な感情で、責任を放棄ほうきしても。


 ……まあ、何かあってもリディアが責任を負わされるわけではないのだが。恋人としては心配になる。


 そんなデニスを凝視ぎょうししながら、カルロスが彼に質問した。


「君は、デニスどのといいましたね。君もスラバットの出身なのですか?」


 彼の肌や瞳の色に、王子も気がついていたようだ。


「いえ、自分は混血です。母がスラバット出身ですが、父はレーセル帝国の兵士で」


「混血……ですか。――いや、私と同じ肌と瞳の色だったのでね、妙に親近感が湧いたんです。気を悪くしたのなら申し訳ない」


 悪びれた様子もなく王子が詫びたので、デニスは決まり悪そうに「いえ……」と首を振った。


「デニスとわたしは、幼なじみなんです。出会ったのは五歳の時でした。母と、生まれてくるはずだった弟を亡くして、塞ぎこんでいたわたしを元気づけてくれたのが彼と、もう一人の幼なじみのジョンだったんです」


「幼なじみ?」


「ええ。彼はわたしの剣の師匠でもあるんですよ」


 リディアは数日前に三人で港町へ出向き、そこで海賊と戦ったことをカルロスに話して聞かせた。


「その時も、デニスが力を貸してくれたからわたしは戦えたようなものですわ」


 デニスと目が合い、頬を赤らめるリディアを見て、カルロスは何かをさとったようだが、彼はあえてそのことを追及ついきゅうしなかった。


「リディア様は美しいだけでなく、お強くもあるのですね」


「ええ、まあ。強くなければ民はおろか、自分の身を守ることすらかないませんもの。――カルロス様は、剣の腕はいかほど?」


「私は……、剣はからっきしダメです。我が国は、いくさとは無縁です。守ってくれる護衛の兵士もおりますし」


 その答えに、リディアは言葉を失った。この王子はどれだけ平和ボケしているのか、そしてどれだけお人しなのか、と。


 彼の伯父・サルディーノ宰相はどう見ても胡散うさんくさい。カルロスがまだ王として即位していないことと合わせて考えても、彼が王位を狙っていることは分かりそうなものなのに。


「――あの、カルロス様。あなたとの、縁談のお話なのですが……」


 もしかして、宰相が言い出したことではないかと、リディアは言おうとしたのだが。


「分かっていますよ、リディア様。断るおつもりなのでしょう?」


「えっ?」


 自分から断らなくてはならないのに、王子にズバリそれを言い当てられ、リディアは虚をつかれたように目を瞠る。


「他に愛する方がいらっしゃるのですね? もしかして、デニスどのですか?」


「…………ええ。でも、どうして分かったのですか?」


「先ほど、お二人が見つめ合った時の雰囲気で、そうではないかと」


「ああ……」


 思いっきりバレていたのね、とリディアは天を仰いだ。


「あのっ! このこと……、父にはまだ言わないで頂けませんか? 父には、わたしから直接話すつもりでおりますので……」


「もちろん、お約束します」


(よかった……)


 リディアはホッとしたのと同時に、覚悟を決めた。もう、デニスとの関係を父に打ち明けてしまおうと。


 二人はもう成人なのだし、法律上は何の問題もない。壁は二人の立場だけだが、それだって何とか越えられそうな気がする。


「実は私も、まだ結婚までは考えておりませんでした。あなたの噂を耳にして、恋をしてしまったのは事実ですが」


「えっ? ――だって父が、この縁談は王子のご希望だと……」


 リディアは頭が混乱した。この縁談は父が決めたことでも、王子が望んだことでもない?


(どういうことなの?)


「この話は、伯父が仕組んだことなんです。伯父は私を皇女殿下――つまり、リディア様に婿入りさせることで、自らも権力を握ろうとしているのです」


「やっぱり、そうでしたか……」


 リディアにはそれで納得がいった。


 皇女に子息を婿入りさせ、姻戚いんせき関係を結ぶことで自らも権力を手にしようとたくらむ王族・貴族は多い。サルディーノ宰相もそういうたぐいの人間だということか。


「でも、伯父上様も王族なのでしょう? なぜ自ら王になろうとしなかったのでしょう? あなたもまだ、即位されていないようですし」


「我が国では、王妃の親族に王位継承権は与えられないのです。ですから、私をリディア様に婿入りさせ、スラバットを帝国の領土として差し出すことで、実権を握ろうとしているのだと思います。そしていずれは、帝国の権力も奪う気なのでしょう」


「そんな……」


 彼の伯父が野心家だろうとは、リディアも思っていたけれど。まさか、帝国の未来をも揺るがしかねないことを企んでいたとは!


「では、カルロス様が即位していないのもそのせいですか?」


「はい。あなたは聡明そうめいな女性のようなので、大丈夫でしょうね。私のようにあやつられる心配はない。何せ、女性でありながら、皇帝になろうというお方ですから」


「……はあ」


 〝操られる〟とは。もしや、先ほどリディアが懸念けねんしていたことは、当たっているのだろうか。


「我が国は表向き、両親亡き後は私が治めていることになっていますが、実際に政治を執り仕切っているのは伯父です。私はいわば、伯父の操り人形なのです。情けない話ではありますが」


 カルロスはあざけるように、肩をすくめた。


「でも、私がリディア様に恋をしたのは決して打算ではありません。伯父に唆されたからでもありません。私はただ、一目あなたにお目にかかりたかった。ただそれだけなんです。信じて頂けますか?」


 カルロスは、リディアの目を真っすぐ見ている。それは嘘をついている人間の目とはとても思えなかった。


「ええ、信じますわ」


 リディアは断言した。彼はとても純粋な人間だ。純粋で、真っすぐな。


「それにしても、あなたの伯父上様はあわれな方ですね」


「はい?」


「権力を握ることしか頭にないなんて、本当に哀れな方ですわ」


「……私も、同感です」


 意外にもおいであるカルロスが同意したことに、リディアは目を瞠った。

 よく考えたら、彼が一番の被害者なのかもしれない。自身の恋心を、伯父の野心のために利用されて。王位を継ぐこともできずにいるなんて。


「こんな私に、あなたを幸せにする資格はありません。伯父上には申し訳ないが、むしろ縁談を断られて、私はホッとしています」


「カルロス様……」


 リディアには、彼のこの言葉が強がりなどではなく、本心から言っているのだと確信できた。なぜなら、その顔には安堵したような笑みが浮かんでいたから。


「リディア様、どうかデニスどのと末永すえながくお幸せに」


「ええ。ありがとうございます」

 

リディアは何だかデニスとの仲が、父にすんなり認められそうな気がしてきた。

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