皇女サマはお年頃 Ⅱ
「――それにしても、退屈ねえ……」
行儀が悪いと怒られそうだが、リディアは誰にとなくそう呟いて、ウンザリとテーブルに頬杖をついた。
「ねえ。今日はもう、他に来客の予定はなかったのよね?」
「はい。わたくしは特に伺っておりません」
大臣に確かめると、そう返事が返った。
改めて、彼女は盛大なため息をつく。
せっかく外は,うららかな春の陽気だというのに……。
「――そうだ、リディア。退屈してるなら、久しぶりに一緒に遠出しないか? シェスタまで。ジョンも
「え?」
デニスからの思わぬ提案に、リディアは目を丸くした。この
ちなみにシェスタは、帝都レムルの南方に位置する、帝国一
リディアとデニス、そして現在は帝国軍一の
とはいえ、シェスタの方へ馬を向けるのは数ヶ月ぶりとなる。しかも、じきに夕暮れになるので、これから出発となると日帰りは不可能だ。
「ジョンも一緒なのね? ――ねえ大臣、ちなみに
向こうで一泊するとなると、翌日の予定も
「は? ――ええとですね、明日も特にご予定はなかったかと。それとですね、陛下がお戻りになるのも、確か明日の夕刻だったと伺っております」
大臣は少々うろたえつつも、皇女の翌日の予定と、主の帰国予定を伝えた。
「お父さま、明日お戻りになるのね。じゃあプレナの問題について、あなたからお父さまに伝えておいてくれるかしら?」
「
大臣の返事を、リディアは外泊の承諾と受け取った。視察旅行は、皇族の立派な公務である。反対する理由はないのだろう。
「――じゃあ、
「分かった」
リディアの言葉に、デニスは何の疑問も抱かずに
デニスが応接の間を後にすると、リディアも城の
彼女は侍女の手を借りなくても、自分の身支度ができる。それはこういう侍女を連れて行けない旅の時でも困らないように、幼い頃より訓練していたからである。
リディアは動きにくいドレスから、純白の詰め襟風のブラウスに赤茶色のベスト、黒の
宿泊用の荷物を詰めた麻袋を
彼も
「リディア、待たせたな」
「ううん。わたしもたった今、来たところなの」
デニスも麻袋を提げているが、見るからに中の荷物は少ない。
「しかしまあ、リディアの荷物はいつ見ても多いな」
「仕方ないでしょう? 女は何かと物
リディアは
「まだ声もかけてない。今から呼びに行くところだ」
「ええっ!? 一緒に行くって決まってたんじゃないの!?」
リディアは
「大丈夫だって。アイツのいそうな場所ならオレ分かってるから。リディアも一緒に誘いに行こう」
「えっ!? 行くってどこによ?」
「剣術の
リディアの「ちょっと待って!」の声も聞かずに、デニスは彼女の前に立って歩き出した。剣の鍛錬が
「もし、ジョンが『行かない』って言ったらどうするの?」
リディアはデニスの歩調に合わせて歩きながら、彼に訊いた。
デニスは彼女を護衛する任務についているため、
「それも大丈夫だ。アイツがリディアの誘いを断ったこと、一度でもあったか?」
「……なかった、と思う」
ドヤ顔のデニスに訊ねられ、リディアは少し悩んだ後に答えた。
確かにジョンは今まで、リディアに「出かけましょう」と誘われたら、一度も断ることなく同行してくれた。けれどそれは、ただ単に忠誠心からなのか、はたまた本当にリディアと出かけたいからなのかは、彼女にも分からない。
「――そういや、話変わるけどさ。リディアももう年頃だろ?
(年頃って……ねえ。あなたも同い年でしょう?)
リディアは、デニスの言葉に
「縁談のお話? ええ、山ほど来てるわよ。国の内外も、年齢も問わずにね。こないだなんて、名前も
ため息をつきながら、リディアは答えた。――もちろん、申し出は通訳を介して伝えられたのだが。
「皇女の婿」ともなれば、これ以上の
「まあ、言葉の通じない婿さんを迎えても、困るだけだよなあ」
「ええ。――それに、わたしが結婚したい相手は、この国の中にいるのよ」
――そう。幼い頃からずっと、彼女はただ一人だけを想い続けてきたのだから。
「それって……、オレも知ってるヤツ?」
(あなたのことだってば)
リディアは
この男は、昔からこと色恋に関しては
「……教えられません!」
けれど、彼女はそんなことはお首にも出さず、すっとぼけて見せた。
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