第12話 密室と犯人と結論


 招待者九名、プラス一名であるところの木守。


 全員が揃って、廊下で呆然としていた。


 こんなときでもスマホを見ていた鯨井は、時計を見たらしく「六時五分三十秒。記録しておいた方がいいんじゃないかね、あんたら」と気の無い感じに言った。


「なんだよ……おい、どうなっちまってんだよ、これッ」


 次に口を開いたのは、わなわなと手を震わせた大神だった。


 ばたばたと部屋に踏み込み、辰宮の首に手を当てる。


 だが見開かれ微動だにしない瞳を見るに、近づいて確認しなくても結論は見えていた。


「脈ねェよ……死んじまってるよ、畜生!」

「おやおや。もしかして戦いの結果でしょうか? なんでもありとは僕も聞いていましたが、ここまでバーリトゥードとは」

「……なぁ。鍵は、かかっていたな?」


 大神の叫びと入間の感想を半ば無視するように、纐纈が確認する。


 加虎木と鹿野が道を開けて、肩をすくめながら「あァ。オレがブロークンする必要があっタ」と語り、なるほどその通り粉砕されたドアには鍵が掛かったままだった。


 全員、窓を見やる。


 クレセントタイプ――三日月状の、半回転させて締めるロックだ。しっかりとハマっていて、ベランダには出入りの形跡もない。


「それで部屋の鍵は、どこにあるですか」


 加虎木が問う。見回しても、そのあたりにはない。


「……部屋の主である、辰宮のたもとか? 加虎木さん、大神くんと交代して確認してはくれないか」

「あ、ええ? 私が、やるですか?」

「動揺するのはわかる。だが全員が入るにはこの部屋は狭すぎる上――もしかしたら、混雑に乗じて犯人がなんらかの証拠隠滅、証拠捏造などを図るかもしれない」


 加虎木ひとりに動くのを任せ、彼女の動向を全員で見張るのがいいと判断したのだろう。


 状況判断が的確だな、と木守は思い、こうした技能も傭兵という瞬時暫時の判断を迫られる職の中で身につけたのかな、と考えた。


「それに死後とはいえ、衣服の中を検めるのは同性の方がいいと思うんだが……」

「わ、わかったですよ……そういう言い方されたら、断れませんですって」


 はぁ、とため息をつきながら、大神と交代して加虎木が部屋に入る。


 髪はほどき、ストレートに下ろした辰宮は、夕方見たときと同じく白い浴衣姿で寝転がっていた。帯が黄色だが、これを白に変えてしまえばもうそのまま死に装束に見えなくもない。


 ベッドの上に身を投げ出し、ほとんど大の字になっている彼女の袂を、加虎木がごそごそと探る。


「袂はないです。あと、一応、……失礼、南無……うん。胸元も、ないですね。帯の中も」

「浴衣では、他に隠せる場所もあるまい」


 ナイトキャップをかぶったままの北熊谷が確認のように口を開き、ぱらぱらと数人が首肯した。


「遺体の背中に隠れてる……ということも、ないですね。目立った外傷はないですが、あ、指先まで死後硬直で固まりはじめてるです」

「その様子でしたら、おそらく死後十二時間から十五時間かと。室内は暖房が掛かっていなかったようですから、硬直は遅くなりますので。あと、顔を見たところ鼻血というには色も薄く粘りが弱く感じられますから、おそらくそれは髄液……死因は頭部への強い衝撃でしょうか」


 死体の相手は専門であろう入間が補足するように言う。


 その後もてきぱきと探す加虎木だったが、辰宮の周辺には見当たらないらしい。


 となると、誰かが辰宮を殺してから鍵を掛け、去った……?


 疑念が湧く一同の内心が透けて見えるような空気が流れたが、しかしその疑念はつづく加虎木の声でひとまず停滞することとなった。


「あ、鍵……」


 全員の監視の下に動いていた彼女が、すっと開けたキャビネットの引き出し。


 その中を見つめて、加虎木が口許を押さえる。


「……あったのかい?」


 半座が問うと、こくこくうなずく。


 袖をまくり、手の内になにも隠していないのを示してから、そっと彼女は引き出しの中より取り出す。


 古めかしい、金色の鍵。


 招待者各員が持っているものと、同じデザインの代物。


「……ということは」


 入口まで戻ってきた加虎木が、つまんでいた鍵を粉砕されたドアのカギ穴へ差し込む。


 くるり、

 カタン。


 スムーズに鍵は回り、開錠された。


 全員が気まずそうに目を逸らしあう空気があった。もちろん兎卯子は、その輪に入っていないが。


 ひとり少し離れた壁際で白杖をつきながら、物思いにふけったような顔でことのあらましに耳を澄ましている。


「密室だ」


 纐纈が、結論付けた。


「では半座さんが、犯人として疑わしいわね?」


 兎卯子がずばっと訊ねた。


 あまりにも素早く切れ味のある発言だったため、一同呆気に取られ、固まる。


 ……ハッ、という顔つきで半座はかぶりを振って、兎卯子に近寄った。


「ま、待ってくれないかい憂原ちゃん。どうして俺だなんて言うのさ?」

「だって、これ」


 足元に置かれていた、一晩寝かせたかぴかぴのカレーを白杖の先でかんかんと叩く。


「置きに来たのは半座さんでしょう?」

「……まぁそうだけど」

「そのときノックしても返事が無かったとのことですけれど。本当は、殺してしまったから返事が無かったのではないの? 死後硬直が十二時間以上と見るなら、広間でのあれこれも終えたあとの十八時前後にこちらに来ていたあなたが疑わしいです」

「いや、いやいや。たしかにチャンスで言やぁ俺が一番可能性あるさ、それはわかる! でも実際問題、鍵は室内にあって密室だったわけで、」

「でも半座さんなら壁越しに殺害可能だったかもしれないわ」


 しん、と再び沈黙が周囲を覆った。


 全員が兎卯子の言葉を頭の中で反芻している。


 ややあって、今度は加虎木が「あ」と声を上げ、沈黙を破る。


「……〝鎧通し〟のこと、言ってるですか」

「そういうことね」


 さらりと返し、兎卯子は片手を壁に押し当てた。


「昨日、半座さんは言っていたわ。自分の使う技には、打撃を浸透させる鎧通し……たしかテッコー、という名前の技があると。ここの御屋敷、どうにも壁は薄くて隣の物音がある程度聞こえるくらいですし。壁越しドア越しでも攻撃が、可能だったのではないかしら? そして致命傷のままよろめくように辰宮さんはベッドに下がり、倒れて、死んだ」


 じろりと周囲の目が向く。


 半座は、ばたばたと手を振って慌てた。


「い、いやいや……ちょっと待ってくれよ、たしかに俺鎧通しはできるけどさ。でも技術だけで言えば方法論が違うだけで、たとえば似た技法は空手にもある。習得してるけど黙ってるだけってひともきっといる。俺だけが容疑者扱いってのはちょっと……」

「でも最後に被害者と接したと自分で言っていたもの」

「それは……そうなんだけどさ」


 兎卯子と木守が辰宮を訪ねたあとの半座に会ったのは、鹿野と北熊谷の決闘騒ぎが起きた直後。


 北棟に移動して自室を決めようとしていた折に、棟の真ん中に位置するラウンジスペースで入間・北熊谷に追いついた際、遭遇したのだ。


 その後、そこでしばらくだらだら雑談している間に南棟にいたほかの招待者も続々と部屋を決めて入っていくのを、半座・兎卯子・木守は見ている。


 つまり北棟で辰宮と二人きりだったのは、半座だけ。


「入間さん、北熊谷さんとも共謀で殺害した可能性も考えたのだけれど、それならこの苦境で二人を頼るような素振りを表すでしょうし。ご両名も、自身の犯行がバレるのではという焦りの音や仕草は感じられないわ」


 よって、と区切って白杖を突きつけ、兎卯子は宣言する。


「いま現在、もっとも疑わしいのはあなたです」

「ええー……ああー……ううー……」


 追い込まれた顔で、半座は頭を掻いた。


 周りを囲むのはいずれもなんらかの術に通じた達人。


 ちらりちらりと、視線を配って。


 観念したように、半座は頭を下げ。


「……――――御免っ!」


 消えた。


 否、背後に向かってバック走を開始していた。


 頭を下げ、前に動こうとするようにしか見えない挙動が、たしかに見せつけられた。けれど実際には彼のバックへの初動は体内でスタートしており、ものの見事に周囲の人間はみんな騙された。


 おそらくは二つある《テッコー》のひとつ。重心操作の技で、見た目の挙動と体内の初動を完全に切り離した稼働を見せたのだろう。


 軽薄そうな見た目でも、この場に招かれた達人のひとりである。技のキレはすさまじいものがあった。


「俺犯人じゃないけどさぁっ! どうも、信じてもらえる空気じゃないし! ここはひとつ逃げさせてもらどぅぅおほぉっ!?」


 だが見た目の挙動をごまかす技が兎卯子に通じるはずはなかった。音や気配ですべてお察しだったのだろう。


 突きつけていた白杖を投げつけ、うまいこと半座の足の間に絡める。


 部屋に一番近かった大神が、この隙を見てバっと飛び掛かった。


 後ろに倒れかかった半座は、襲い来る巨体を前に顔を引きつらせる。


「くっ、そ――」


 毒づき、半座は倒れる勢いのまま腰をひねる。


 左に旋を巻いて、左掌を床に突き出す。同時に、曲げた左膝が踵までしっかりと床を踏みしめてみしりと根を張るような粘りを見せた。


 右足が跳ねあがり、横蹴りサイドキックで足刀――小指の付け根から踵までの、足の側面――を大神の胴体へ突きつける。


 完全にこの蹴り足が伸びきる寸前で、最初の左掌が床に接継つながった。


 これによって左腕から右足までが。


 地面へ斜めに打ち込まれた、一本の杭のごとき様を示す。


「――《却甲きゃっこう》!!」


 ドぼん、と水枕を叩きつけたような音がして大神の巨体がカウンターで蹴り返される。


 げぼりと吐き散らした大神の胃液と未消化物が舞う。狭い入口は、物理的にも精神的にも通りづらい場所と化した。


 この稼いだ二秒で、半座は窓をたたき割って外へ逃げ出した。


 あとには鳩尾を押さえて転がる大神と、辰宮の死体だけが残る。


 最有力容疑者は逃げた。島に迎えが来るのは、明日。あと、食事はカレーの残りしかない。


「……面倒なことになってきたわね」

「だね」


 兎卯子と木守はため息をついた。

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