第8話 嵐の前の最悪
「殺し屋? だれを殺すというんだ?」
硬直から真っ先に立ち直ったらしい傭兵・纐纈が尋ねると、殺し屋・入間はにこやかな表情を崩さずに真っ向から返した。
「そこは守秘義務でお答えできかねます」
「いくらで雇われた?」
「そこもお答えできかねますね」
「金は既に支払われているのか?」
「そちらも回答不可です」
「私たちに素性を明かしたのは依頼人の指示だな?」
「おっと変化球……これは不意を突かれましたね。言いよどんだことで察したかもしれませんが、いまのは正答です。訊かれなければ自ら答える気はありませんでしたが、やりますね」
そのように述べながら入間は席を立ち、ポケットに手を突っ込んだままぐるりと室内にいる木守たち十名を見回した。
「ただ、訊かれずとも皆様にお答えするよう言われていたこともあります」
「誰から? ……と訊いても答えはしないか」
「いえ、そこを話すことは許可を得ています。僕に依頼を持ち掛けてくださったのは、皆様をこの場に招いた主催者様その人ですから」
暴露発言に、数名の間でどよめきが広がる。
慌てなかったのは老いた分の老獪さでこの事態の予測がついていたのか、空手家・北熊谷と合気遣い・鯨井、加えて問いを投げかけた纐纈だった。
入間は己の言葉の効果がどのように現れるかを冷静に見極めようとしているらしく、じっくりとこの様を観察してから右手を出し指を三本立てた。
「加えて三点。ご説明するよう仰せつかっています」
「……殺しのオプションでメッセンジャーも請け負うのか、お前さんは」
「そうですね。いまはサービスの質はもちろん、オプションで差をつけて人柄を売り込まないとならない時代なもので」
纐纈の皮肉ったような問いかけにも、至極まじめに、かつ笑顔のまま答える入間だった。
ずうっと笑顔を見せたままだが、つまりあれは営業スマイルか何かなのだろうか、と思う木守である。
そして入間は立てたままだった三本の指から一本ずつ折り曲げて、語りだす。
「説明事項をお伝えします。ひとつ、頂点を決める戦いは明日からおこなうこと。ひとつ、その戦いはなんでもありということ。ひとつ、この中に依頼人――つまり戦いの主催者が、いるということ」
決定的な爆弾となる発言を投げ込み、入間は笑みを強めた。
「それと、僕も依頼人兼主催者がどなたなのかは把握しておりません」
「知らないと言うのか?」
「インターネットを介してのやり取りでしたから。あ、じつを言うと日本の
困ったように、苦笑する入間は右手をぷらぷらさせた。
後半の発言の意図がつかめなかったのか、何人かが戸惑ったような空気がある。それは木守の隣に座る兎卯子も例外ではなく、ちょいちょいと肘を引っ張って尋ねてきた。
「……シルクロードって土地の名前ではないの、木守? いつの間に無くなっていたの?」
「いや、土地じゃなくてね。シルクロードって、何年か前までダークウェブにあった有名な闇サイトの名前だよ。麻薬取引から暗殺依頼から個人情報売買まで、ありとあらゆる悪事が詰め込まれてた場所」
「そういうこと」
得心いったのかうなずきつつ兎卯子は肘を放す。周囲も木守の発言を耳で拾っていたのか、どことなく「へえ」と言いたげな空気が流れた。
入間はつづけて、全員に声をかけてきた。
「さ……夜が近づいてきましたね。今夜は嵐のようです。各自、お好きな部屋をご利用ください。食事は厨房で調理済みのものがありますので、そちらをどうぞとのことです」
「出来合いのものかい?」
半座の問いに、入間はにっこりしたまま返す。
「僕はそのようにうかがっております」
「うへ。絶海の孤島だし、海の幸くらい労せず食べられるかと思ったのになぁ……」
空気を軽くしようと思っての冗談なのか、ちらりと半座は周囲を見回した。
だが効果は芳しくなく、ほとんどのひとが無視した。茶色い癖っ毛をいじり、彼はなんともはや、と言って下唇を突き出す。
「戦いは明日からです。皆さん、体調に気をつけてお過ごしください。浴場は男女別でいつでも使えますので、ごゆっくりお休みを」
「いまはまダ、戦いの形式ナドは発表されないのかイ?」
「形式、ですか?」
「Tournament,Roundrobin。『なんでもアリ』と言っても色々、あるダロウ」
鹿野の問いには、入間が首を横に振った。
「わかりません。僕が仰せつかったのはここまでで、これ以上の情報はなにも。明日わかるのではないですかね? あ、送られてきた指示のメールはスクショ残してますので、見ます?」
空だった右手をポケットに差し込み、スマホを取り出す。
鹿野はじっとその様を眺めていたが、やがて重たげな腰をすいっと上げる。
「やめるんだ鹿野」
途端に、纐纈が声を荒げた。
いぶかしげに纐纈を睨み、鹿野もまた声を荒げる。
「……なにをヤメロって言うんだイ?」
「入間を殴りつけて拷問しようと、そういう目だったぞ」
指摘に、鹿野は目を細めた。歯を剥いて笑う。
「まあ、ヤるかもしれないナ。だがソレが状況を知ルにはモットモ早い」
「よせ」
「なんのケンゲンがあっテ、オレに指示を出すんダ」
「権限うんぬんではない。自爆に巻き込まれるぞ」
近づきかけていた鹿野の動きが止まる。
入間は笑みを絶やすことなく、いやぁ、と悪びれた様子もなく、ポケットに納めたままだった左手をゆっくりと取り出した。
つるりとした表面が果実を思わせる手のひら大の物が、その手に握り込まれていた。これを目にした鹿野の顔が引きつる。
俗称、アップルグレネード。
M67破片手榴弾。
安全ピンは抜かれており、レバーを握り込んでいるだけの状態だった。
「申し訳ないですが。依頼人からの指示上、拷問に時間を掛けられるなどの『戦いの障害となる状態』を作り出すことは禁じられておりまして。その際は進行に差しさわりを出した者諸共に自爆を命じられております」
「……任務のため、そこまでするカ?」
「いいえ、任務だからこそですよ」
「気ィ触れてやがルナ、コイツ」
「ご冗談を。冷静だからこそ駆け引きを発生させるのですよ。それにしても、僕の用意がよくわかりましたね?」
「私が部屋に入ったときからお前さん、ずっと左腕に不自然に力が入っていたからな。同じ状態で我々の部隊を待ち受けていた人間を戦地で見たことがある……」
「ああ、傭兵経験が生きたわけですか。ちなみにそのときは何人死にました?」
「フォーマンセルのうちクリアリングをしていた二名。私は
「それはそれは」
夕飯の献立の話のような気軽さで、二名は死と生の境目を語っている。
場にいた人間のうち辰宮、大神、加虎木、半座の四名がそんな彼らの雑談を薄気味悪そうに見ていた。
入間はポケットの中に手榴弾を納めなおすと、スマホをしまった右手で指をパチンと打ち鳴らして宣言した。
「さて、そういうわけですので……僕のことは戦いの開始まで放っておいてください。それと、先ほどのような突発的な戦いも軽い腕試し以上のものはやめてくださいね、辰宮さん憂原さん」
円滑に進行できないと困りますので、と笑いながら言う入間の目は「次はなんらかの手段で止める」と語っていた。きっとひどく暴力的な手段によるものだと、確信させる目つきである。
「まあ放っておいて欲しいとはいえ、雑談程度なら興じますがね。それでも僕とお話をしたいのであればせめて、いま読みかけの本よりは面白い話題を提供していただけることを望んでおります」
どこからか取り出した文庫本を右手で開き、ソファに腰を下ろしてぱらぱらと読み始める。
厄介なことになった、とだれもが思っている空気が流れた。
その、硬直した空気の中でもっともはやくマイペースを取り戻したのは、
「お夕飯の確認をしませんと」
木守の横できびすを返して歩き出した、兎卯子だった。
「ほら、あれよ。『最後の晩餐』になるかもしれないメニューですし」
広間を出ていく間際の言葉で陰鬱な空気をもたらしながら、だったが。
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