第7話 招待者の紹介


 揃った十名が、ソファに腰かけたり壁際に立ったりでひとまず一堂に会する。


 早くも場は険悪な空気に満ちていたが、この空気を発生させた原因であるところの兎卯子はまるで気にした風でもなく、平然とソファに尻をつけている。


 そのはす向かいから、なんとか気力で立ち上がったらしい浴衣の女がものすごい形相で睨みつけていた。


「絶対に許さない……」と震え声でつぶやいていたが、訴えるだの警察へ行くだのと口にしなかったのは、武道家として不覚を取ったことへの彼女なりの戒めだろうか。木守には、よくわからない精神だが。


 さて、そんな気まずい中、ごほんと咳払いして場をまとめようとしたのは細身の軽薄そうな男だった。


 背丈は木守と大差なく一七〇ほど。面長な顔立ちで、しなやかな肉づきをしている。


 浅葱色のポロシャツにツータックのパンツを合わせた、ゴルフ場にでもいそうな格好の彼は細い目をさらに細める。


 男は整髪料で遊ばせた茶色い毛先をいじりながら、場の全員を睥睨へいげいした。


「俺は半座豹真はんざひょうま。たぶん知ってるひとは知ってる、流派名を名乗れない武術をやってて……うちの師匠が招待に捕まらなかったとかいう微妙な理由で呼ばれた招待客だよ」


 へらっとして顔でそう名乗った彼は、一拍置いてごほんと咳払いする。


「とりあえず……まあ問題起きたけどそれはさておきとりえあず。まー、全員揃ったわけだけど。そっちの白髪ちゃんが参加者で、もうひとりの子もその付き添いってなると――この場には、戦いの主催者がいないってことかい?」


 両手を広げて問うと、何名かはうなずき、残りは無言でこれに賛同するような雰囲気になった。


 そこでもうひとり、最初から広間にいた大柄な男が胴間声で封筒の中身を読み上げる。


「『三月十七日に遠見島の黒月館こくげつかんにて十名の猛者が集う。勝利を収めし者には賞金として一千万』……この内容的に、主催者がジャッジして勝者を決めるモンだと思ってたんだがよ。主催がいねェんじゃ、成立しないだろうが」


 背丈は一八〇センチを超える。腰かけるソファを深く沈ませるごつい身体は筋肉がみっしりと詰まった印象で、灰色のスウェットの上から羽織ったスカジャンの繊維をも引き延ばしそうな具合だった。


 短く刈り込んだ頭髪と、同じくらいに刈った口髭とが印象的で、耳は潰れてギョウザのようになっている。三白眼から放つぎらりとした光に見覚えがあるように思って、木守は彼が誰だったかを思い出そうとした。


 そこで横合いから、眼鏡をかけた女がツッコミのような声を上げる。この女性もどこかで見覚えあるな、と木守は思った。


「……というか、そんな胡散臭い内容の手紙でこれだけの人数が集まったことが不思議でならないです。あたしもひとのこと言えませんですけど」

「なんだ、そんな金欲しかったのか? 倉内くらうち流の加虎木かとらぎちゃんよぉ」

「それものすっごいブーメランですけど。大神おおがみさんもお金目当てで来たですか」

「そりゃそうだろ。まだ格闘技だけで食ってけねェもん、俺。それに猛者ってのがどんな連中か気になっちまったしさ、休暇ついでに来たってワケよ」


 軽い感じの答えにああそうですか、と眼鏡の女――加虎木は返し、ショートボブの黒髪を振り乱すようにやれやれと首を回した。


 大柄な大神の横に座っているのでちいさく見えるものの、オフショルダーの白トップスと緋色のロングプリーツスカートを纏った身体はしっかりと鍛えた様子が見え、背丈も低いわけではない。一六〇センチ台後半はあるだろう。


 と、そこでやっと木守は既視感の正体に気づいた。


「……総合格闘家の大神咬一狼おおがみこういちろうと、倉内流の加虎木寅三かとらぎともみ……」

「知っているの、木守」

「いま日本の格闘技界でもっとも有名な二人なんじゃないかな、たぶん」


 兎卯子の問いに答えながら、木守は思い出していた。年末の有名な格闘技イベント《血戦》はもちろん、海外遠征でも連戦連勝。いまもっともホットな話題となっており万能家オールラウンダーを自称する大神。


 門下のひとりが大きな大会に優勝したことで取材が殺到。その際に組手中だったので取材目標だった当の本人をボコっているのが中継されてしまい、一躍時の人となった美人武道家・加虎木。


 よくよく見れば、先ほど兎卯子が指を折り曲げた(結局脱臼だったようでいまは添え木をして固定している)体格の良い浴衣女の素性も、睨みつける鋭い目つきから不意に思い出した。柔道七八キロ超級のメダリストだった辰宮理由子たつみやりゅうこだ。


「本当に、集めるぶんには集められてるんだね。猛者」

「私は有名無名、よくわかりませんけれど。ともかくも、戦いをどう進めればいいかわからない、というのはいささか不便ね」

「このままじゃ僕ら、ただただ孤島でバカンスになっちゃうもんね」

「主催者さん、どこかに潜んでいるのかしら……」

「それはない。ここへ入る際、罠や仕掛けや伏兵が無いかは確認したからな」


 ぼやく木守と兎卯子の後ろに立っている、あとから入ってきた険しい顔つきの男がつぶやく。


 背丈は大神よりやや低く一七〇半ば。前髪すべてを後ろに流しており、突き出た頬骨を縦断するように刃物傷を持つ明らかにかたぎでない面相だった。口許や目元の皺からして、木守たちよりは一回り年上と映る。


 黒いタンクトップの上にデニム地のジャケットを羽織り、細めのパンツに編み上げのブーツを穿く。その、ブーツのわずかな盛り上がりと立ち方から、内側にナイフを隠しているのがうかがえた。


「申し遅れた。私はこういう者だ」


 木守と兎卯子に向かって、彼は懐から名刺を取り出す。


 簡素な白い表面には『纐纈隼』と書いてあり、職業欄は『傭兵』となっていた。


「傭兵……?」

「海外を渡り歩いていた身だ。最近帰国したのだが、次の渡航に際しての費用が必要でね」


 言いつつ、纐纈は全員の近くをめぐって名刺を次々に渡していった。


 顔つきの険しさのわりに社交的なんだな、と木守は思ったが、この考えが顔に出ていたのか「傭兵は集団生活だ。社交性がなくては務まらない」と笑みと共に言われた。


「さて。広間にいた人間を除いては、まだ自己紹介もしていなかったろう。ひとまず状況確認のためにも、全員で自己紹介でもしてはどうだ。せっかく一人は名乗ったのだし」


 纐纈の提案に、大神と加虎木と半座がうなずく。


 ほかの面々はまたも賛同の意こそなかったものの強く反対に出る気もないようで、なしくずしに自己紹介がはじまることとなった。


「では私からつづけて名乗ろうか。名刺を渡したが、読みは」

「『ハブサ』……かイ?」


 右手奥に腰かけたままだった、肌の色濃い巨漢がじっと手元の名刺を見て微妙な発音をする。


 彼は、全員の注目を集めていることに気づくと肩をすくめた。


「ちがったかナ。人生のほとんどを合衆国ステイツで過ごしてたのデ、漢字はソレほど得意じゃなくてネ……ギフに住む、祖父グランダッドと同じ名と思ったんダガ」

「いや。間違いというわけではないんだが。私の場合は、ハナブサと読む。ハナブサシュンだ」

「ハナブサ・シュン。フムン」


 巨漢はしばし名刺を手の中で弄んで、それからまだ全員の視線が自分を向いていることに気づくと「オレのターンか」とつぶやいた。


 立ち上がると、本当に背が高い。一八〇はゆうに超え、九〇に届くかもしれない。ドレッドヘアの垂れさがる首から僧帽筋にかけてが凄まじい盛り上がり方をしており、革のベストとパンツに収めた身体は窮屈そうだった。


 眠たげな顔だが鼻梁は高く、色濃い肌の中で目立つ白い歯が見えた。しかし前歯四本だけ色があまりに白いので、折れたのを差し歯などに変えているのかもしれない。


鹿野しかの・エルク。いまは無職フリーダ」

「エルクって……え、もしやWBC世界ランカー二位だったあのエルク?」


 反応したのは半座だった。鹿野は否定せず、肩をすくめる。


「過去ダ。もうヘビー級チャンプは夢見ていなイ」


 その発言で、木守もそんな事件があったなと思い出す。


 チャンピオン挑戦権を得た世界ランカーのボクサーが、非合法なバウンサーの副業をしていた中で相手を殴り殺して逮捕、ライセンスも剥奪され幻の存在となった……などという事件だ。


 名前までは憶えていなかったがたしか、そのボクサーは日本人とアメリカ人のダブルだったという。半座はいたく驚いた様子で、鹿野のことをじろじろと見ていた。


「……拳闘か。引退したようには見えぬ体つきだが」


 次に口を開いたのは壁際にいた黒スーツの男だった。


 重々しい語気を発した彼は身長こそ木守と大差なかったが、すべてが肉厚であった。


 出ているわけではなく膨れ上がっている、胸部から腹部。スキニーとは対極のボトムスも、内側から弾けそうな雰囲気を纏っており、ウエイトだけならヘビー級であった先の鹿野とも変わらないように見受けられた。


 禿頭には皺と傷跡が積み重ねられており、短い眉の下の双眸は剃刀のようだ。かさついた肌とそこに浮くしみは年齢を感じさせ、おそらくは五十代と見える。


わし北熊谷旭きたくまがやあさひ窮心館きゅうしんかんの纏め役を務めている」


 有名な空手道場だ。纏め役などと述べたが、年齢と風格からして総帥などにあたる人物だろうと木守は感じる。


 少し自分たちの領分と近いところに来たと思ったか、このタイミングで加虎木も立ち上がり「加虎木寅三です。倉内流師範代として務めてます」と言う。


 横の大神も面倒そうに「大神。年末の《血戦けっせん》で出てたから知ってんだろ、たぶん」と格闘技イベントの名を出して己の紹介とした。


 兎卯子もここで「憂原兎卯子、本間流柔術です。こちらは付き添いの木守」と短く名乗った。辰宮も痛みに耐えながら「辰宮。柔道」と一番短い名乗りをあげた。


 中年の女はマントルピースに載せられていた置時計をいじくっている。


 そこでふと、時間でも確認したのかスマホを見て、振り向きざまに彼女は蓮っ葉なハスキーボイスを放った。


鯨井吼くじらいほえる……まぁ、古い合気遣いで、用心棒だわ。あんたらにゃ関わらん領域のだがね」


 兎卯子についで小柄で枯れ木のように細い身は、暖かな今日でもまだ寒いのか、厚手のカーキ色のカーディガンとクリーム色のブラウスを着込んでいた。


 黒髪はばっさりとショートにしており、ほうれい線の刻まれた頬には疲れが見える。穿いているのはスリットが深めに入ったロングスカートと黒タイツで、スリッポンを雑に足先にかぶせている。


 最後に残ったのは、中性的な人物だった。


 木守たちが入ってきたときからずっと、にこやかに笑みを絶やさない。ベリーショートの髪型は前髪も短く、それが卵型の小顔に似合っている。


 群青色のタートルネックに麻のポンチョとカーゴパンツを合わせたファッションで、中肉中背。木守と体格の変わらない彼――なのか彼女なのかわからない――はとにかく、つかみどころがない。


「僕は入間自由限無いるまじゅげむ


 両手をポケットに納めたまま、高めの声で名を述べて。


 それが浸透するのを待つような一瞬を置いて。


「あ、職業は殺し屋です」


 だいぶ、受け入れるのに時間のかかりそうな情報を付け加えた。




●招待者一覧


 名乗れない傍流 半座豹真

 戦場帰りの傭兵 纐纈隼

 巨躯のボクサー 鹿野エルク

 窮心館空手総帥 北熊谷旭

 倉内流・師範代 加虎木寅三

 打投極の万能家 大神咬一狼

 通称歩く暴風圏 憂原兎卯子

 柔道メダリスト 辰宮理由子

 合気操る用心棒 鯨井吼

 フリーの殺し屋 入間自由限無


 以上、十名。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る