第3話 昼食と招待状


 木守たちの住む町は小規模なベッドタウンだ。ごちゃごちゃした路線図からのけ者のように突き出した一本の路線で、栄えた都市部とかろうじて繋がっている住宅地。


 幹線道路沿いへ生活必需施設と娯楽施設――パチンコ屋と新興宗教の施設が多い――とがみっしり固まっており、暮らしの苦労はないが、一本道を逸れれば川のせせらぎや田んぼに迎えられる土地だ。


 チェーンの店も、大体はこの幹線道路沿いにある。


「いらっしゃいませ。席は喫煙と禁煙とございますが」

「二人、禁煙で」

「かしこまりました」


 ぱっと見で成人しているとわかる木守が前にいるので、一応喫煙について訊ねられる。


 これが兎卯子だけだと華奢で小柄で幼い見た目をしているので、訊かれないことも多いらしい。


 ……つまり、お酒も頼みづらいそうだ。一応、彼女は木守と同い年で二十歳なのだが。


「赤ワイン、デキャンタでお願いしてくれるかしら」

「はいはい。さぁてメニューは、っと……あ、新商品とか季節の商品あるよ。えっとね――」


 メニューを開いた木守は目新しいラインナップを読み上げる。


 兎卯子はそれを聞いてふんふんとうなずいていたが、結局好みのものはなかったようで、いつも通りトマトベースのパスタとカプレーゼとアンチョビキャベツを頼んだ。木守はマルゲリータだ。


 先に届いたカプレーゼとアンチョビキャベツをフォークでつついて、兎卯子は顔をほころばせる。


「うふふ。動いたあとだと食事もおいしくいただけるわ」

「喧嘩が運動って言いたいわけ」

「準備運動といったところかしら。もう少し手ごたえが欲しかったので」


 淡々と述べる兎卯子にうへえと肩をすくめて、木守は空笑いを漏らした。


 まあ、この町はこの頃治安も悪く連続で通り魔なども出現しているので、先のような騒ぎもたしかに手ごたえの無い方と言えるのだが。


「あの程度の騒ぎだときみにとっちゃ日常茶飯事だし……そう言いたくもなるか」


 木守はぼやく。異様な強さについて広く知られている兎卯子は、ああして街中を歩いているだけで吹っ掛けられることが多い。


 その都度相手してぼこぼこにして、また噂が噂を呼び、悪循環が完成。果てに生まれたのが《歩く暴風圏》などという物騒なあだ名だった。


 これを気に入っていない彼女は、楚々として口許をナプキンでぬぐいつつ返してくる。


「そうね。でも、たまにはもう少しまともな相手と戦いたいものです」

「果たし状とか地下格闘への招待状とか届いたらいいのにね」

「そんな小説みたいなもの届くわけが……あ、そう言えば」


 ぽんと両手を合わせて、兎卯子はフォークを置いた。衣服の隙間をごそごそ探る。


「なに?」

「自宅になにやら、手紙が届いていたのを思い出しました」

「手紙?」

「そう、お手紙。出がけにポストを確認したら入っていたのよ。読んでくださる?」


 兎卯子は白い封筒を取り出した。


 木守が見やると、とくに差出人などの記載は見当たらない。


「兎卯子の名前と宛先の他、なんも書いてないよソレ」

「いいえ、そう見えるだけよ。本当に『なにも書いていない』わけではありません」


 話す途中で店員が運んできたデキャンタをすいっと空中で受け取り、グラスへ中身を注ぎ入れながら、兎卯子は机に置いた封筒を立てた中指で示した。


 示されるまま、木守はこれを手に取る。


 するとすぐに、彼女の言いたかったことに気づいた。


 手触りに、それを感じ取る。


「……点字?」

「そういうことね」


 ワインに口を付ける彼女の前で、木守は封筒に指を滑らせる。


 厚い封筒の表面には、凹凸が打ち込まれていた。ぱらりと開いて中の書面を改めると、こちらにも冒頭へ凹凸が並んでいる。


 ……あー、とぼやいた木守の声に反応し、兎卯子はグラスを置いて眉をしなだれさせた。


「と、いうわけで。書いてあっても、私には解読不能なの」

「きみ点字読めないもんね……」

「視覚障がい者が皆、点字を読めるものだと思われては困るのですけれどね」


 本当に困った顔で、兎卯子はため息をつく。


 彼女は盲学校などで学んでいないので、点字の読み書きが一切できないのだ。


「ねぇ木守、これを調べて読んでもらうことはできるかしら」

「それはできるけど」

「けど、なぁに」

「んー。あんまり、調べる必要無さそうだから」

「どういう意味?」

「コレ、点字の列の下に墨字すみじで本文が書いてあるよ」


 この事実からなんとなく木守は内容の想像がついたが、一応点字の読み方をフリーWi-Fiに繋いだスマホで調べて解読してみる。


 すると、封筒にも手紙本文冒頭にも同じく『どなたか しんよう の おける ひと に ほんぶん を よんで もらって ください』と打たれていた。


「字数かさむから全部点字で書くのあきらめたのかなぁ」

「どうなのでしょう。ともかくも、読めるのならよかったわ。なんと書いてあるの?」

「んーとね……」


 机に身を乗り出してきた彼女をちらと手紙越しに見据えて、木守は一読する。


 最後の行まで目を通して、「……これはまた」と期待半分不安半分な声音でつぶやいた。


「瓢箪から駒っていうかなんていうか……」

「なにが書いてあったのです?」

「冗談が本当に、なっちゃったな」


 紙面から顔を上げて兎卯子に視線をやりながら、木守は頭を掻く。

 その手紙は、『最強の座に興味のある御方、ぜひ参られたし』という一文からはじまっていた。


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