第17話 2020年5月19日

 今朝もまた天気が悪い。窓の外を見ると、雨が窓を滑り落ちて行くのが見える。


 沖縄県の高校は6月から再開が決まったらしい。他にも、部分的な再開や分散登校といった文字が飛び込んでくる。


(分散登校って何だろう)


 調べてみると、僕たち生徒をいくつかのグループに分けて別々に登校させるらしい。他にも、生徒同士の距離を開けるとか、手洗いの徹底、マスクの着用とかめんどくさいことが目白押しだ。部活動にも制限とか。


 東京の高校の再開はまだまだ決まっていない部分が多いようだけど、再開されても同じように窮屈なことを強制されるんだろうな。ヒナと一緒に登校するときも、間を取ってとか指導されるかもしれない。


 そう考えると、中途半端に再開されるよりは、まだ今の方がマシだとも感じてしまうのは、ワガママだろうか。


 今日は、母さんも父さんも揃っての朝食だ。


「母さん、病院の方はどう?」

「前よりはマシだけど、自粛解除の後が心配ねえ」


 とのこと。


「そういえば、第二波とかニュースで言ってたね」


 ふと思い出した話を振ってみる。


「テレビはあんまり煽らないで欲しいんだけどねえ」

「全くだ。適当なことを垂れ流して……」


 父さんも母さんも最近のテレビ報道には、思うところがあるみたいだ。確かに、高校生の僕ですら「これって必要?」って首を傾げるニュースが流れていることがある。僕が気にしてどうなるものでもないけど。


 部屋に戻ると、やっぱり考えるのはヒナとのこと。やることがないというのもあるけど、それ以上にまた会いたいと思ってしまう。でも、毎日だとしつこすぎるだろうか?


【ゆうちゃん、今日はちょっと外に出てみない?】

【外?雨だよ】

【うん。でも、たまにはいいんじゃないかなって】

【わかった。行こうか。いつから?】

【今日は家事があるから、午後からでいい?】

【家事?】

【うん。ちょっとでも、ママたちを助けたくて】

【了解。じゃあ、また後で】

【あ、そうそう。今日は雨合羽あまがっぱ着て行かない?】

【雨合羽?いいけど】

【じゃあ、また後でね】


 どうして雨合羽なのかわからなかったけど、まあいいか。


 考えてみれば、ちょっと前に僕もそんな事を考えたけど、だいたい、洗濯物を放り込んで洗濯機を回すくらいしかできていない。よし。


 リビングに出ると、既に母さんは家を出た後のようだ。


 リビングに掃除機をかけたり、ふきんでテーブルを拭いたり、お風呂場を洗ったり、トイレ掃除をしたり、ゴミ出しをしたりと、普段あんまりやらない家事をする。普段の母さんは、仕事に加えて、これだけ色々やっているのかと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになる。


 一通り家事を終えたら、もうお昼前になっていた。お昼は、買ってあるお惣菜とご飯で適当に済ませて、デートの準備をする。


 ただの散歩だけど、今の僕たちの関係だったら、デートと言ってもいいはずだ。


「おはよう。ヒナ」

 

 扉を開けて、ヒナが出てくる。


「うん。おはよー……ってどうしたの、ゆうちゃん」

「い、いや。ちょっと違う雰囲気だったから」


 ヒナが着ていたのは、ピンク色の雨合羽で、スポーツウェアみたいに機能的なタイプのものだった。背が低いヒナが着ると、なんだかちょっと子どもが背伸びしているみたいに見えてしまう。


「ゆうちゃん、笑ってない?」

「べ、別に笑ってないよ」

「ほんとかなあ?」


 疑わし気な目で見つめられる。笑ったわけじゃないけど、なんとなく微笑ましいものを感じてしまったのは秘密だ。


「それより、行こうよ」

「うん。雨のお散歩っていうのも、粋だよね」

「粋……かなあ?」


 ちょっとその気持ちはよくわからない。


 外を歩くのだったら、手をつないで歩きたいけど、くっついて歩いていると、周りの人に何か言われそうなので、少しだけ距離を取る。そんなことが、少し寂しい。


「今日はどこ行く?」

錦糸町きんしちょうの方に行きたいな」

「了解」


 こないだ行ったばっかりだけど、別に同じところに行ってはいけないというわけでもない。


「人、居ないね……」

「うん。こないだもだったけど。雨のせいもあるかも」


 亀戸から錦糸町への、東西へ延びる通りを歩きながらそんなことを話す。時々、配達業者の人が自転車で何かを運んでいるのを見かける。


「最近、配達、流行ってるよね。ウーバーイーツとか」

「ゆうちゃん、頼んだことある?」

「僕は、スーパーのお惣菜で十分だし。ヒナは?」

「私も。そういうのは贅沢だもん」


 一応、母さんが作れない時の食事代はもらっているけど、ピザとかお寿司とかを注文するには、ちょっとつらい。


「でも、ああいう人大変そうだよね」

「僕もそう思うけど。どんなとこ?」

「雨でも、あちこち自転車で回るんだよね。お客さんが居なかったら、持って帰らなきゃだし、落としちゃいけないし……」

「なるほどね」


 大変そうだなあとしか僕は考えていなかったけど、ヒナはもっと細かく考えているみたいだ。こういうところが、僕は気が利かない原因だったりするのかな?


「でも、雨の散歩も悪くないね」


 自分独りだったらしないけど、こういう雨の中を二人で歩くのも悪くない。


「でしょ?雨の音とかいいよねー」


 無邪気にそんなことを言うヒナ。


「僕は、ヒナと一緒に居られるのがいいかな」


 雨の散歩という普段しないことだったからだろうか。恥ずかしい言葉が自然と出ていた。


「も、もう。ゆうちゃん……」


 照れながらもヒナも嬉しそうだ。そうしている内に、錦糸町駅南口にたどり着く。


「ちょっと、人、増えた?」

「だね。意外だけど」


 駅前は、前に来たときよりも人が増えているように感じた。途中の道は人が少なかったけど……。


「ニュースでやってた自粛解除ムードの影響かなあ」

「前、閉まってた店が開いてるよ。ほらほら」


 言われてみると、以前閉まっていた店の一部が開店している。まだ、緊急事態宣言は解除されていないはずだけど、ニュースの自粛解除ムードに影響を受けたのだろうか。


「早く、前みたいになればいいいなあ」


 そうつぶやくヒナが印象的だった。帰りは、行きと同じ風景なせいか、自然と言葉すくなになる。


「そういえば、「あつ森結婚式」、いつやろうか」


 昨日話した話題を思い出す。「あつ森」の中で結婚式ごっこをやろうという話だ。


「今週の土曜日とかどうかな?」

「23日か。じゃあ、それまでに材料とか飾りつけとか準備するのかな」


 ヒナと一緒に居られることは嬉しいけど、やることが無いというのも正直あったので、そうやって二人で一緒の遊びが出来るのは嬉しかったりする。


「よーし、がんばろー!」


 ヒナが元気よく声をあげる。僕も合わせて、


「がんばろー!」


 と声をあげる。しかし、せっかくそういうことをするんだったら、ヒナに何かプレゼントでも送りたいな。今から考えておこう。


 そう決心したのだった。

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