第15話 2020年5月17日

 気が付いたら、朝になっていた。


(寝落ちしちゃったのか……)


 昨夜はヒナとのアレコレをベッドの中で考えていたのだけど、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。それにしても、今日は暑い。


 天気予報を確認すると、最高気温は27℃。数日前も、こんな日があった。


【ゆうちゃん、おはよう。ちょっとベランダで話さない?】


 通知を見ると、そんなメッセージが届いていた。


【うん。今行くよ】


 そんな返事を返して、ベランダに飛び出す。たぶん、今日のことだろうけど、一体どうしたのだろうか。


「おはよう。ゆうちゃん。なんか、眠そうだね」

「ちょっと、色々調べものしててね」


 さすがに、正直なことを言う訳にはいかず、お茶を濁す。


「それで、どうしたの?」

「えっと、今日の予定なんだけど……お昼過ぎからでもいい?」

「う、うん。いいけど。どうして?」

「ちょっと、準備があるから」


 こころなしか、ヒナの頬が紅潮しているような気がする。準備、と聞いて、昨夜のことを思い出す。ひょっとして、そういうことだろうか。


 しかし、僕の方もまだ準備が出来ていなかったのは事実だったので、そう切り出してくれて助かった。


「わかった。僕もちょっと準備があるし」

「ゆうちゃんも?」


 しまった。つい口を滑らせてしまった。ヒナはどう思っただろうか、と様子を伺ってみると、視線があちこちをきょろきょろして落ち着かない感じがする。


「な、なんでもないから。それじゃ、13時くらいでいい?」

「うん。そ、それじゃ、また後でね」


 そう言って、そそくさとヒナは部屋に引っ込んでしまった。告白した時以上にヒナのことを色々意識してしまって、落ち着かない。ヒナも同じような気持ちなんだろうか。


 部屋に戻って、昨夜のうちに買えなかったアレを買いに外に出る。数日前まで、外出自粛の事で色々悩んだりしていたけど、今はそんな余裕すらなくなっていた。


 最寄りのコンビニに行って、それ、つまりコンドームを探す。漫画だと着けていないことも多いけど、現実の僕たちだとちゃんとしないといけないもの。


 普段行くコンビニで、そんなエッチをするときのものを探すなんて、なんだかよくないことをしているような、恥ずかしいような気分になってくる。店員さんに不審に思われていないだろうか。


 しかし、何度、そういうものがありそうなコーナーを見渡しても、コンドームが見つからない。ネットにはコンビニに売ってあると書いてたけど、ここには売っていないのだろうか。


 店員さんに聞けばわかるだろうけど、そんなものを買うなんて、エッチな漫画を買うよりも恥ずかしいし、変な目で見られないだろうか。それに、女性の店員さんだし。


 意を決して、カウンターの前に立っている店員さんに小声で聞いてみることにした。コロナ対策らしく、透明なシートで店員さんと僕は隔てられている。


「ええと、探しているものがあるんですが、見つからなくて」

「はい、何でしょうか?」

「その、コンドーム、なんですけど」


 コンドーム、のところは小声になってしまう。


 それを聞いた店員さんは、無言でカウンターから見える棚のある一点を指した。指の先を追うと、確かに、コンドームぽいものの箱が、ひっそりと、他の品物から隠れるようにして置いてあった。道理で見つからないわけだ。


「あ、ありがとうございます」


 お礼を言って、コンドームがある一角を見渡す。0.1mm、0.03m、0.05mの3種類がある。でも、薄さってどんな意味があるんだろうか。気持ち良さが違うとか、締め付け感がとか、昨夜調べたら、色々書いてあったけど、経験の無い僕にはわからない。薄いと破れやすいという事も聞いたことがあるし、厚いのを買っておけば安全だろうか。


 悩んだ末、0.1mmの1箱(9個入り)のものをレジに持っていく。これが1000円もするというのだから、ちょっとした驚きだ。なるべく女性店員さんの顔を見ないようにして、素早く会計を済ませる。


 会計を済ませて店を出た僕は、大きなため息を吐いた。なんとか、無事に買えた。たったこれだけの事なのに、凄い疲労感だ。


 とりあえず、家に戻って、箱を開けてみる。ヒナの前でいきなり着けて失敗したら恥ずかしいので、試しに着けてみなければいけない。出て来たソレは、実に不思議な形をしたいて、割っかにゴムが引っかかっているような感じだった。


 これを、素早く僕のソコに着けるのは、難しいのではないかと思えてくるけど、とにかくやってみないと。


 コンドームと格闘すること約1時間。練習のために、2つコンドームを使ってしまったけれど、無事、素早く着けられるようになったのだった。


(これで、恥をかくことはないはず)


 でも、いざそうなったら、緊張していて、うまく着けられないんじゃないか。そんな不安も頭をよぎる。


(考えても、仕方ないか)


 約束の13時まで、気がつけばあと10分というところ。いよいよなんだ、という高揚感と、うまくできるだろうか、という不安が襲ってくる。というか、そもそもいきなりするわけはないし、どういう流れで話を持っていけばいいのだろうか?


 もう、腹をくくるしかない。そう思って、ヒナの家を訪れる。


「い、いらっしゃい。ゆうちゃん」


 僕を出迎えたヒナは、ひどくぎこちない声でそう言った。


「う、うん。お邪魔するね」


 ヒナの部屋に案内されると、部屋中になんだかいい香りがするし、いつもよりさらに綺麗になっている気がする。さらに、ベッドはきっちりと整えられていて、普段みたいに起きたのをそのままにしたみたいな乱雑さはない。


「え、ええと。香りとかするけど、準備って、このために?」

「う、うん。ムードとか大切かなって」


 消え入りそうな声でつぶやくヒナ。全身ガチガチで、僕よりもよっぽど緊張しているように見える。


 そんな様子を見て、緊張しているのはヒナも同じなんだな、と気づいてほっとする。不思議なもので、ヒナがガチガチに緊張しているとわかると、急に肩の力が抜けて行く。


 そうだ。痛かったり怖いのは女の子の方なのだ。僕がちゃんとしないと。


「ヒナ。そんな緊張しなくて、大丈夫だから」


 気が付いたらそんな言葉が出ていた。


「う、うん。それはわかっているんだけど、どうにもならなくて……」


 相変わらずカチコチのヒナが、ちょっと微笑ましく思えてくる。


「な、なにか、変?」

「いや。ヒナの方がよっぽど緊張しているんだなって」

「ゆうちゃんも緊張してるの?」

「さっきまでは。今は、ヒナの方が緊張してるから落ち着いちゃった」

「ずるい」


 そんな言葉を返すヒナがとても愛しく思えて、僕の方に抱き寄せる。


「ゆ、ゆうちゃん?」

「その、改めてだけど。好きだよ、ヒナ」


 まだ、こういう台詞を言うのは照れがあるけど、素直に口に出すことが出来た。


「う、うん。私も、好きだよ」


 視線が絡み合う。ゆっくりと、その唇に口づけをする。


 はあ。お互いの呼吸の音が聞こえる。


「これから、ヒナを抱きたい。いいかな?」


 言いながら、もっとムードを作るとか流れとかがあるだろうと思う。


「うん。お願い、するね」


 さっきより緊張の取れた様子のヒナ。まず、背中に腕を回して、撫でてみる。僕の身体と違って、ごつごつとした感じがなくて、これがヒナの身体なんだなと実感する。


「なんか、変な気分。ゆうちゃんと、こんなことしてるなんて」

「うん、僕も。何してるんだろうね、僕たち」

「している最中に何言ってるの?」


 くすっと笑いながら、返事を返すヒナ。だいぶ緊張はほぐれたみたいだ。


「だって、思ってたのと全然違ったから」

「思ってたの?」

「もっとすごい特別なものだと思ってたけど、ヒナとこうして触れ合って、話して、その先にあるんだなってわかったっていうか」

「うん。私も、ちょっと思った」


 そんなことを話し合いながら、少しずつ、お互いに身体をまさぐっていく。


―――


「ヒナ。大丈夫?」

「ちょっと変な感じはするけど、平気」

「本当に?我慢してない?」

「本当だよ。初めてだから、色々覚悟してたけど」


 行為を終えた後、なんとなく気恥ずかしくて、すぐ服を着てしまった僕たち。自分一人でしたときと同じように、やっぱりエッチでも、直後は冷静になるのだと実感する。


 行為の最中も痛いとかいわなかったから、我慢してたのかなと思って聞いてみるも、本当に痛くはなかったらしい。


 痛がらせたくはなかったから、ほっと一安心だけど、ちょっと不思議だ。個人差があるとは聞いてたけど。


「昨日、調べたときは、結構個人差があるって書いてあったよ」


 ヒナも、ちょうど同じことを考えていたらしい。


「やっぱり、ヒナも調べてたんだ」

「そ、それは当然調べるよ」


 なんとなくそんな気はしてたけど。ネットがある今は、気楽にそういうことを調べられるけど、昔はどうしてたんだろう。


「と、とにかく。優しくしてくれてありがとう。ちょっと気持ち良かったし」

「ほ、ほんと?」

「ほんとだよ」


 少し嬉しくなる。


「でも、思ってたより全然普通だったよ……」


 ぽつりともらすヒナ。


「普通?」

「世界が違って見えるのかなって思ってたけど、変わらなかったから」

「言われてみると、僕もそうかも」


 童貞を喪失するとか処女をあげるとか、もっと何か劇的なものを僕も想像していたけど、最中の興奮はあっても、終わってみると確かに意外と普通だった。


「あ、もちろん。できて、うれしかったからね?」

「うん。わかってる。でも、今度はもっと頑張るから」


 ちょっと気持ちいい程度なら、今度はもっと頑張りたい。


「その。今から、次の事考えなくていいから!」


 真っ赤な顔でそう言われる。


「ご、ごめん。無神経だった」


 これはさすがに平謝りだ。


「ゆうちゃんらしいから、別にいいけど」


 そう言われると、なんとなくこそばゆい。


 こうして、今日は、普通だけど嬉しい一日になったのだった。

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