2020年5月東京:僕と幼馴染は自粛生活の中で恋をした

久野真一

第1話 はじまり:2020年5月4日

 今日は、2020年5月4日。世間はゴールデンウィークの真っ最中。僕達、高校生にとって、思う存分遊べる大型連休になる……はずだった。俗に言う、新型コロナウイルス感染症が日本中に拡大するまでは。


 僕は、榊原佑樹さかきばらゆうき。都内にある公立亀戸高等学校かめいどこうとうがっこうに通う平凡な高校2年生だ。もっとも、3月から休校なので、高校2年生ということに意味があるかどうかは少し疑わしいけど。趣味はゲーム、漫画、ライトノベルといったオタクだけど、最近はオタクだからどうこう言われることもないので、あまり気にしていない。


 現在の時間は朝9時。外は曇りだ。普通なら高校で授業を受けている時間だ。しかし、3月からずっと休校なので、部屋でごろごろと漫画を読んでいる始末だ。休校でもなんとか子どもたちに勉強を、ということで、課題は配られているけど、「やっておきましょうね」というだけで、特に提出の必要はない。


 クラスのライングループには入っているけど、そんなに僕は人気があるわけでもないので、たまに会話に加わる程度だ。この状況下ではインドア趣味が幸いして、外出自粛の状況でも困ることは少ない。


 ああ、ただ一つだけ困ることがあったのだった。それは、僕の住むマンションのお隣さんである、加賀見陽菜子かがみひなこの存在だ。僕はヒナと呼んでいる。


 昔からこの土地に住む僕と彼女は、幼い頃からの付き合い。いわゆる幼馴染という奴だ。身近過ぎる異性には関心が湧きにくいとは聞くけど、僕もそのクチで、異性として意識し始めたのは中学校の頃だった。とはいえ、何ができるわけでもなく、朝は一緒に登校、放課後は時間が合えば一緒に帰る程度の間柄だ。時折、デートに誘うことがあるのだけど、結果はいまいち芳しくない。

 

 しかも、何が腹立たしいかと言うと、学校が休校、外出が自粛されている現在、デートもままらないのだ。こっちは、なんとか彼女を振り向かせたいのに。そんなことを考えていると、ラインにメッセージが届いていた。また、クラスからの連絡かな。


【ゆうちゃん、ちょっとベランダで話しない?】


 メッセージの差出人は、ヒナからのものだった。少し心が浮き立つ。部屋を急いで出て、マンションのベランダに出る。


「おーい、ゆうちゃーん」


 ベランダの左側からそんな声がする。慌てて、ベランダの左端によると、ヒナもこっちに駆け寄ってくる。僕達の部屋は隣同士なので、こうやってベランダ越しに話をすることができる。


「で、どうしたの、ヒナ」


 ベランダの間越しに、呼び慣れたあだ名で呼びかける。そうすると、ヒナは少し嬉しそうに言った。


「ちょっと、話したいなって」


 最近の僕達の日課は、このベランダ越しの会話だ。僕達の家は隣近所なこともあって、交流はある。でも、このご時世なので、用も無いのに頻繁に遊びに行く、というのは憚られた。そこで、ベランダがつながっていることを利用して、こうして会話をしているのだ。


 そんなヒナの様子をしげしげと観察する。少しだけ茶色に染めた髪に、肩までかかるセミロングの髪型。身長は小柄で僕より一回り小さい。どのくらい小さいかというと、同級生の間でもちっちゃいことがネタにされるくらいだ。さらに、垂れ気味の目や貧乳……じゃなかった、控えめな胸も含めて全体的に見た目が幼いので、よくそのことで弄られているのを見る。クラスでの愛されキャラという奴だ。


「何か、面白い話でもあった?」

「あ、そうそう。あつ森なんだけど、カブで大儲けしたんだよ!」


 嬉々として、そんな報告をしてくる彼女。あつ森は『集まれナマモノの森』の略で、このご時世に発売されたこともあって、大人気のスローライフゲームだ。極端に高い自由度、細部まで作り込まれた世界、癒やされる世界観が受けている。


 カブというのは、ゲーム世界内で売り買いされる株のようなもので、1週間以内に売却しないと腐ってしまうのと、日によってカブ価が上下するという、本物の株のような性質があって、ヘビーなあつ森ユーザーはカブで大儲けしたり大損したりしている。


「こないだ大損したばかりなのに、よく手を出すよね」


 僕も、あつ森ユーザーだけど、そこまでヘビーにやりこんでいなくて、こつこつとスローライフを楽しんでいる。一方のヒナはといえばかなりのヘビーユーザーで、ユーザー同士の交流機能を使って、ネット上の他人とカブの売り買いまでしている。


「そこがカブの面白いところなんだって。あと、儲けが凄かったんだ。知りたい?」

 

 そう言いつつ、聞いてほしそうな表情をしている。フリという奴だ。

 

「どのくらいなの?」


 カブにはそんなに興味がないのだけど、楽しそうに話しているヒナを見るのが好きなので、話に付き合う。


「なんと、聞いて驚け、30000ベル!」


 ベルというのは、あつ森の世界での通貨で、カブの売り買いで30000ベルという利益が出るということは、かなり多くのカブを買ったということだ。


「そりゃ凄いけどさ。その一点賭けの癖、止めようよ」

「だって、コツコツやるより、そっちの方がロマンがあるじゃない?」


 どうも、ヒナは性格なのか、リスクを低くコツコツというより、一攫千金を夢見てリスキーな賭けに出やすい。こないだも、カブで大損したばかりなのに。ヒナは絶対に賭け事をやらせちゃダメなタイプだ。


「とりあえず、おめでとう。また損しないようにね」

「うぐ。そこは気をつけるよ」


 気をつけるといいつつ、また痛い目を見そうだけど、まあいいか。


「そういえば、休校も長いよね……。もう2ヶ月なんだもん」


 少し、暗い声で言うヒナ。底抜けに明るいヒナだけど、さすがにこの長期の自粛には少し参っているみたいだ。インドアよりアウトドアな奴だから、なおさらだ。


「こればっかりは仕方がないよ。今も専門家が必死に頑張ってるんだし」

「そうなんだけどね。ショッピングもカラオケもゲーセンも行けないんだもん」


 現在、都内では、緊急事態宣言の影響があって、カラオケやゲームセンターは軒並み休業中。よしんば行けたとしても、バレたら怒られる事間違い無しだ。


「ま、ヒナにはつらいよね」


 ここ最近のことを思い返しても、少し暗いことが多い。


「ゆうちゃんは大丈夫なの?」

「繰り返し言うけど、ゆうちゃんっての、人前では止めてね」

「なんで?可愛いと思うんだけど」


 そんなことを無邪気に言うヒナ。


「それが嫌なんだってば。せめて、普通に名前呼びしてよ」

「でも、二人きりのときはいいでしょ?」

「まあ、それなら」


「それで、ゆうちゃんは大丈夫なの?」

「僕は元々インドア派だし。そんなに不自由してないかな」

「はあ。私も、もっとインドア趣味開拓しようかな……」

「当分続くだろうからね。それがいいよ」

「だったらさ、何かお勧めのゲームとか漫画教えてよ」


 というわけで、最近読んでいる漫画や彼女が好きそうなゲームをいくつか教える。


「ちょっとマイナーなのもあるし、合う奴だけやればいいよ」

「とりあえず、全部やってみるよ」


 そんな会話を交わして、なんとなく部屋に戻る。


 実は、このベランダでの会話は日課のようなもので、新型コロナが長引いてから、ほぼ毎日のようにしている。特に、精神的に滅入るのか、ヒナの方が積極的に会話を求めてくる。


(災いのせいで距離が近づくなんて、皮肉だよね)


 以前は、アウトドア派のヒナに合わせるために色々苦労したものだけど、このベランダでの会話を通して、だいぶ距離が近くなった気がする。こうして距離を近づけていって、いつかは……と思うけど、毎日世間話をしているだけだと無理かもしれないとも思う。


 部屋に戻った後は、電子書籍で、無料の漫画や小説を読む作業に入る。このご時世のせいか、今まで有料だったのが無料で公開されているものも多く、お小遣いの都合で買えなかった漫画も読むことが出来ている。


 ちなみに、両親は共働きで、母さんは看護師、父さんは広告代理店勤めのサラリーマンだ。テレワーク推進、と皆が言っているけど、母さんは仕事的にテレワークが出来ないし、父さんはといえば、会社のせいでテレワークをさせてもらえないらしい。そして、母さんはといえば、新型コロナウイルスの影響で、毎日多忙な日々を送っている。帰ってくる時間帯は不定期だし、泊まり込みで帰ってこないこともある。


 時々、母さんとはラインや電話で連絡を取っているけど、新型コロナに感染することもなく、なんとか無事で居てくれるのは幸いだ。父さんは、一応それなりに会社で偉い地位にあるらしく、毎日、コロナ対策のミーティングで忙殺されているらしい。やはり、帰ってくるのは夜遅い。今日なんて祝日なのに、出勤している。本当に、身体を壊さないで居てくれるといいんだけど。


 そんなことを考えていると、いつの間にかお昼になったので、近くのスーパーに買い出しに行く。両親ともに、とてもじゃないけど食事を作る暇がないので、お惣菜を買って、ご飯と一緒に食べるのが関の山だ。


 最初は、好きなものを食べられる!と喜んだものだけど、すぐにお惣菜にも飽きてしまって、今まで父さんや母さんが食事を作ってくれていたのがどれだけありがたかったのか身にしみている。


 独りでもそもそとお惣菜とご飯を食べていると、独りの寂しさを時々痛感する。ヒナには偉そうに言ったけど、なんだかんだで、僕も独りは寂しいのだ。


 昼ご飯を食べた後は、ユーチューブで動画を見たり、ツイッターで話題のニュースを見たりして時間をつぶす。本当は勉強をした方がいいんだろうけど、学校の課題は別にやってもやらなくても同じだし、あんまりやる気にはなれない。


 そんなふうにして時間を潰していると、気がつけばもう19:00だ。部屋に引きこもって何かをしていると、時間が経つのがとても早いように感じられる。


 とりあえず、夕食でも食べるか。昼間買ったお惣菜があるので、それと、冷凍したご飯をレンチンすればいいだろう。そんなことを思っていると、インターフォンの音がする。


「お邪魔しまーす」


 こっちが出ても居ないのに、扉を開けてずかずかと部屋に入ってくる。手には何やら食材らしきもの。


「こんばんは、ゆうちゃん」

「いきなり入ってこないでよ」

「おばさんから鍵預かってるんだから、いいでしょ」


 ヒナはそんなことを言ってくる。いくらお隣さん同士とはいえ、普通は鍵を預けたりはしないのだけど、ずっと俺を独りにすることを心配した母さんが、ヒナに合鍵を預けたのだ。


「夕ご飯作るから、ちょっと待っててね」


 何かそれが普通かのようにヒナはいうけど、ちょっと待って欲しい。


「それはありがたいけどさ。あんまり家に来ると、変な噂が立つかもしれないだろ」「噂?」

「たとえば、このご時世なのに、友達同士で集まるなんて、けしからんとか、さ」

「考えすぎだってば」

「そうは思えないんだけど」


 最近のニュースを見ていると、本当に信じられない事で噂になったり叩かれたりする。ヒナが大事だから、そんな危ない橋を渡ってほしくない。


「ま、とりあえず、来ちゃったのは仕方がないよね」


 テへっと反省の色がなさそうに言う。こういう風に言うのは少しずるい。


「わかった、わかったよ」


 大人しく、夕食の支度をヒナに任せる。ヒナにとっては既に使い慣れた台所だ。鍋を出して、水を入れて、火を付けて、その間に食材を取り出したりと手際よくこなしている。


 待つこと約10分。


「はい。おまたせ」


 食卓には、ミートソーススパゲティに、コンソメスープ、レタスのサラダが並んだ。シンプルだけど、とても美味しそうだ。


「味、どう?」

「美味いよ。よくこういうの、ぱっと作れるよね」

「別に慣れだよ、慣れ」


 事も無げに言ってのけるが、僕にはここまで手際よくできる自信はない。


「そういえば、あつ森はどう?」

「あ、そうそう。聞いてよ。公開されてた島に行ったらさ、いきなり「出てけ!」て言われたんだよ。ひどくない?」

「そりゃひどい。公開してるのに、なんでいきなり追い出したんだろうね」


 あつ森では、インターネットを通じて、他人の島に行ったり自分の島に招待したりできる。それで、物々交換やカブの取引をしている人とかもいる。人がたくさんいれば中には変な人もいるもので、ヒナもその手の人に当たっちゃったのだろう。


「皆、参ってるのかな……」


 ヒナも不安そうだ。


「そうかもね。最近、変な事件も多いし」

「だよね。人を刺殺しておいて、新型コロナのせいにするとか」


 世の中が暗いせいか、こういう話題になるとつい話が暗くなってしまう。


「ま、あんまり考えすぎても仕方がないよ。ほどほどにね」

「うん。それはわかってるんだけど……」


 そんなこんなで夕食を食べ終えると、ヒナは戻っていった。ぽつんと独り残された僕はというと、やっぱり寂しいわけで。来てほしくないといいつつ、こうしてご飯を作りに来てくれるのは、助かっているのかもしれない。


「ヒナの気が紛れることをしてあげられればいいんだけど」


 と時々考えるけど、都合のいい気晴らしなどあるわけでもなく。ベランダでの会話で、ヒナの気分が少しでも良くなればいいのだけど。


 そんなことを考えていると、あっという間に1日の終わりが近づいてきて、父さんも帰ってきた。母さんは引き続き泊まり込みらしい。ほんとに、身体を大事にして欲しいと息子としては思うばかりだ。


「おかえり、父さん。お疲れ様」

「佑樹もすまんな。こんな中、独りにして」


 そう謝る父さん。


「いや、僕は大丈夫だから。それより、父さんは自分の心配をしてよ。ミーティング、忙しいんでしょ?」

「それも仕事の内だからね」


 少し疲れた顔で言う父さん。どんなミーティングかは聞いていないけど、経営判断とかそういう難しい事を話しているのだろう。


 部屋に戻った僕はというと、今のこの状態で、どうしたら周りを明るくできるのだろうか、そんなことを考えていた。いや、それ以前に自分が暗くては話にならないのだけど。

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