最終話 2020年5月23日
目が覚めて、カーテンを開けると太陽の光が差し込んでくる。今日は土曜日なので、本来なら楽しい休日だけど、まだ自粛生活が続いているので、そんなに変わらない。
緊急事態宣言解除後のロードマップといった情報も見えてきて、ひとまず収まりそうな気配は見えてきているけど、学校が再開するのは早くても6月だろう。
「佑樹―。朝ご飯よー」
呼ばれて、朝ご飯を食べに向かう。食卓には、父さんも母さんも着席している。我が家の風景はすっかり元通りだ。いや、元通りだと思いたいだけかもしれない。
「ふわぁ。眠い……」
「遅くまで起きてたの?ちゃんと寝ないと駄目よ」
「わかってるんだけどね。つい調べものしちゃって……」
学校がないとわかっていると、なおさら夜更かしに歯止めをかけるものがない。
「夜更かしをしてもかまわんが、ほどほどにしておきなさい」
「わかってるよ」
その、ほどほど、が案外難しい。
部屋に戻った僕は、「あつ森」を起動する。結局、結婚式をするのに必要なタキシードはなんとか買うことができたけど、パーティ会場や飾りつけをするのには準備が足りなさ過ぎたので、僕の島の一室で結婚式ごっこをすることになった。ヒナもウェディングドレスは買えたらしい。
【ゆうちゃん、起きてる?】
結婚式の準備をしていると、ヒナからメッセージが届く。
【起きてるよ。今、ちょっと準備中】
【結婚式の?】
【そうそう。せめて、ちょっとくらい飾りつけでもしたいから】
【じゃあ、始めるの、もうちょっと後の方がいいかな】
【うん。お昼ご飯の後でどうかな】
【わかった。また後でね】
ゲーム内の一室に、ネットで見た結婚式会場を参考に、それっぽい飾りつけをしていく。参列者は居ないから、色々寂しいけど、祭壇のようなものを置いたり、花を置いたりとそれっぽくしていく。しかし、やってみてわかったけど、意外とめんどくさい。
なんとか、「結婚式場ぽい」見た目を完成させたのがお昼前。ごっこにすらなっていない気がしたけど、まあ、別にいいか。ちなみに、無料で使える結婚式BGMをネットでダウンロードして、再生できるようにしてある。
昼食を終えて、部屋でそろそろかなあと思っていたところにインターフォン。ヒナかな。
「おはよう、ヒナ。上がって上がって」
「お邪魔しまーす」
部屋に上がったヒナは、
「あれ?あそこにスピーカーなんてあった?」
なんて聞いてくる。
「結婚式のBGMを鳴らすのに、と思って。スマホで再生だと味気ないし」
せっかくなので、BGMを再生するスピーカーを買ってみたのだった。ネット通販で2000円くらいの代物だ。
「ゆうちゃん、意外と気合を入れてるんだね」
くすっと笑うヒナ。そう言われると、少し恥ずかしくなる。
「いや、気合って程じゃないけど。少しはそれっぽい方がいいかなと……」
つい、しどろもどろになって弁解をしてしまう。
「別に無理して否定しなくてもいいのに」
否定しているつもりじゃないんだけど……まあいいか。
「それじゃ、始めようか。パスワード送るね」
僕の島に招待するパスワードをヒナのスマホに送る。しばらく待つと、ウェディングドレス姿に着替えたヒナのキャラが入って来る。本当の結婚式なら、綺麗だ、とか言うところなんだろうけど、ちっちゃいキャラがウェディングドレスを着ている姿は、まさにごっこという形で、ギャップに自分で笑ってしまいそうになった。
「何笑ってるの、ゆうちゃん?」
怪訝な視線で見つめられる。
「いや、やっぱり、本当の結婚式じゃないんだなあって思っただけ」
別に言うまでもないことなんだけど、3Dのデフォルメキャラを見ていると、実感してしまう。
「ゆうちゃん。そういうのはわかってても言わないものだよ」
ヒナに睨まれる。
「いや、ごめん。悪かった」
確かに、ごっことわかっているのに、デリカシーが無かったかもしれない。
「この、榊原家、加賀見家、結婚式場って……ゆうちゃんが?」
「うん。まあ、せっかくだから、ね」
それっぽい雰囲気を作るために、好きな文字を入れられる看板を入手して置いてみたのだった。
「ゆうちゃん、やっぱり気合入れてるよね」
「……」
ごっことわかっていても、やるからには雰囲気をとついつい頑張ってしまったのだけど、やり過ぎだったかなと思い恥ずかしくなる。ヒナの機嫌は良さそうなのでいいのだけど。
結婚式のBGMを流して、いよいよ結婚式ごっこがスタートだ。
祭壇に向かって、僕とヒナのキャラが一歩、また一歩と歩いて行く。
「いつか、ゆうちゃんとほんとの結婚式をするのかな?」
隣のヒナがキャラを操作しながらつぶやく。その言葉を発したヒナは、少し頬が上気していて、ちょっと恥ずかしがっているのが伺える。
「ヒナが良ければ、僕もそうしたい、と、思ってるけど」
まだ僕たちは恋人になったばかりで、結婚なんて全然考えたことが無い。なので、そう返すのが精一杯だった。
「良かった。私も、ゆうちゃんといつか結婚したいな」
ほんとに結婚するのが、そんなに簡単ではないことくらいは、今の僕にでもわかるけど、そう言ってくれるのは素直に嬉しい。
祭壇にたどりつくと、突然神父さんのボイスが流れ始める。
「ちょ、ちょっと。何これ、ゆうちゃん、怖いよ」
「神父さんが居ないと。って思って、ボイス入れてみたんだけど」
さすがに、神父さんの音声なんてものはネットに転がっていなかったので、パソコン上で人口音声で作ってみたのだった。
「やりすぎだよう。これじゃ、ホラーみたい」
そう言いつつも、ヒナはなんだか可笑しそうに笑い転げている。
「ゆうちゃん、これ、ほんと、可笑しい。なんで、こんな、……」
今までみたことない程笑い転げているヒナと、予想外なところでウケを取ってしまう羽目になった僕。
なんだか、しまらない結婚式ごっこになってしまったけど、変に真面目になっても照れてしまいそうだったし、ちょうど良いのかもしれない。
願わくば、こんな日々が続くように。そして、学校が再開しても、いつも通りで居られるように。そんなことを思ったのだった。
2020年5月東京:僕と幼馴染は自粛生活の中で恋をした 久野真一 @kuno1234
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます