第20話 2020年5月22日

 今日は昨日までの寒さはさすがに鳴りを潜めたのか、起きても寒さに震えるようなことはなかった。


「佑樹ー。朝ご飯よー」


 呼ばれてダイニングに行くと、、父さんや母さんが着席している。


「最近、だいぶ落ち着いて来た気がするね」


 東京都でも新規感染者が減ってきたので、緊急事態宣言解除後のロードマップを策定しているとか何とか。


「まだまだ病院は大忙しだけどね。でも、一時期みたいなパニックが無くなってほっと一息といったところね」


 母さんには色々言えないことも多いんだろうけど、先週までのような疲れた顔を見ることは少なくなったから、状況はだいぶ良くなってはいるんだろう。


「油断は禁物だがな。第二波が来るという話もあるらしいし」


 一方、父さんは、そこまで楽観視していないらしい。


「父さんは、また流行すると思ってるの?」

「そこまでは誰にもわからんさ。ただ、会社としては、楽観視して潰れるのは避けなければならんからな」


 とはいえ、と続けて父さんは言った。


「おまえがそこまで気にする必要はない。普段通りの暮らしを心がけなさい」


 そんな言葉が印象に残った。


 部屋に戻って考えるのは、今後のこと。「普段通りの暮らし」と父さんは言ったけど、今の僕にとって「普段通り」というのは一体何なのだろう。ヒナと毎日のように交流する今の生活?それとも、自粛前のように、他の友達とも連絡を取り合って、一緒に勉強したり遊んだりする以前の生活?


 何が普段通りなのか、それはわからないけど、少しこの事についてヒナと話し合ってみたくなった僕は、彼女にメッセージを送ってみることにした。


【ねえ。今日は時間あるかな?】

【もちろん、大丈夫だよ。勉強会?それとも、何かして遊ぶ?】

【それもだけど、ちょっと話したいことがあって】


 話があるとだけ書くと、何か勘違いされそうだったので、一文を付け加える。


【あ、別に深刻なことじゃないよ。ちょっとした、考え事】

【う、うん。わかった。いつ行けばいいかな?】

【僕の部屋に、13:00くらいでどう?】

【じゃあ、また後で】

【また後で】


 メッセージのやり取りを終えた僕は、しばし思考にふける。そういえば、最近見ないようにしていた、LINEグループはどうなっているんだろう。グループを開いてみると、そこには


【一緒にオンラインゲームやる奴募集!!詳細は別グループで】

【ギター仲間集まれ!!】

【一緒にアニメ語る仲間募集@Discord】

【FPSしようぜ@Discord】


 といった感じで、暇を持て余した皆は、それぞれ同じ趣味で集まれる仲間を募集しているようだ。Discordというのが何なのか気になったので、検索してみると、ゲーマー向けのチャットツールらしい。


 試しに、いくつかのグループに入ってみる。入っているメンバーを見ると、部活も学年も皆ばらばらなのが少し驚きだ。


 クラスや学年、部活とか、そんなことは関係なく、皆が皆、好きな話題で集って、適当に解散していくのがこれからのいつも通りになるのだろうか。そして、そんな世の中で僕は何をしたいんだろう。そんなことをしばらく考える。


 午後になると、約束通りヒナが部屋に来た。


「いらっしゃい、ヒナ」

「それで、ゆうちゃん、どうしたの?話って」

「ちょっと、考え事をしててね。ヒナの考えを聞きたいと思ったんだ」

「考え事?」

「うん。今朝さ、父さんに言われたんだ。普段通りの暮らしを心がけなさいって。でもさ、今の僕たちの普段通りって、なんだろうって考えてたんだ」


 続けて、聞いてみる。


「ヒナはさ、友達と最近連絡取ってる?」


 問いに対して、ヒナはしばらく考え込んだ後言った。


「時々、チャットしたりはするよ。でも、今までみたいに毎日おしゃべりしたりは、全然」


 ヒナの答えはある意味僕の予想通りだった。僕も、これまで仲の良かった友達とは、時折チャットでやり取りをするくらいだ。


「僕もだよ。それで、学校のグループチャットってどうなってるのかなってちょっと見てみたんだよね」


 学校公認ではないけど、なんとなく生徒の間で出来た、学校のグループチャットというのが僕らの高校にある。


「それで?」

「でさ。見てみたら、皆、ゲーム仲間とかアニメ仲間とか、ギター仲間とか、それぞれ好きなもので集まってて、学年も部活もばらばら」

「……」

「だから、これからの普段通りって、ひょっとしたら、こういうことなのかなって僕は思ったんだ。ヒナはどう思う?」


 僕は、そういう新しい形で仲間が出来て行くのもアリかと思ったけど、ヒナなら違う答えを持っているかもしれない。


「私は……やっぱり、新型コロナが収まった後は、今までの皆と楽しくやりたいな」

「ヒナは元通りになると思う?」

「わからない。戻って欲しい、と思うけど」


 自信なさげにヒナは言った。新型コロナが収まって、段階的に登校が再開しても、今まで通りが戻って来るとは限らない。きっと、誰にもそんなことはわからない。


「だよね。僕もわからない」

「ゆうちゃんは、どうしたいの?」


 投げかけられる疑問。


「僕もわからない。でもさ、せっかくだから、やってみたいと思ってる」

「何を?」

「皆みたいに、趣味で仲間を集めて、ゲームしたりとかそういうの」


 それが、今朝から考えていた事だった。


「ゆうちゃんがそう言うなら。でも、何をするの?」

「「あつ森」。最近、僕たち、やってるよね。たぶん、あつ森について話したい人いっぱいいるんじゃないかな」

「凄いヒットしてるもんね」

「そうそう。で、どう?」

「ちょっと面白いかも。やってみたい!」


 というわけで、早速文面を二人で考える。


【募集!「あつ森」仲間。「あつ森」の話題で盛り上がろう。誰でもOK。詳細は「あつ森」グループで】


 文面を学校のグループに送信。すると、瞬く間に人が1人、2人、……と入って来る。


【こんにちはー。あつ森の話が出来ると聞いて来ました】

【皆さんの家ってどんな感じですか?】

【いい稼ぎ方ってなんかないですか?】


 皆、話題に飢えていたのか、またたく間に色々なことを話し始める。一部、顔見知りがいるくらいで、ほとんどの人に僕は会ったことが無い。


「なんだか、不思議……」


 その様子を見ていたヒナがつぶやいた。


「だよね。こんなに人が集まるなんて」


 結局、作ったグループに集まったのは30名。うちの高校の生徒数が確か600人くらいだから、ざっと30人に1人が入っていることになる。


 クラスや部活で交流していた頃には、そっちの付き合いで忙しくて、こんなものを募集してもあんまり人は集まらなかっただろうことを思うと、新型コロナが僕たちの生活を変えたのかもしれない。


 その後は、グループの中で、自分の島に招待するパスワードやTipsなど、色々な情報交換が行われた。僕らもその会話に加わって、楽しいひと時を過ごしたのだった。


 そういえば、明日は、ヒナと「あつ森結婚式」をするんだった。あくまで「ごっこ」だけど、それでもやっぱり嬉しい。いつか、ほんとに結婚できる日が来たら。そんなことを思う。


※次で最終話となります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る