第16話 2020年5月18日

 目を覚まして、ぼんやりとカーテンを開けてみる。昨日は晴れて暑かったと思えば、今日はまた曇りだ。先日みたいに、雨は降っていないけど、天気が不安定だなと感じる。


 ニュースを見ると、いよいよ自粛解除の方針は決定的になってきたらしく、僕らの学校も遠からず再開するのだろう。ちょっと前なら、自粛解除した後が不安だったと思うけど、今はヒナと恋人になれたので、その不安もだいぶ軽くなっている。


 そういえば、ヒナはどうしているだろうか。昨日は痛がらせずに済んで良かったけど、やっぱり、今度するときはちゃんと気持ちよくなってもらいたい。それだけじゃなくて、自粛が開けたらデートに行って、二人で一緒に遊びたい。昨日帰った後もそうだったけど、ふとしたときに、ヒナのことを考えている自分に気づく。


 リビングに行くと、母さんは仕事に行ったようで、ラップをかけた朝食が置いてある。父さんは……まだ寝てるみたいだ。


 いつものように、食事を済ませて、それから、きっちりと洗顔と髪を整えてから部屋に戻る。考えるのはやっぱりヒナのことだ。


 ヒナはどうしてるかなと、メッセージを送りたい衝動にかられる。でも、なんて書くんだ?「会いたい」?「これから行っていいかな」?恥ずかしすぎる。でも、ヒナだってそう思ってくれてるかもしれないし。


 結局、メッセージを書くことにした。


【ヒナ。会いたい】


 というシンプルな一文。自分で書いていて、なんなんだろうと思ってしまうけど、素直な気持ちだ。


【私も会いたいよ♡】


 メッセージの後に、特大ハートのスタンプ付き。気持ちが通じ合えたことがわかって、とても嬉しい。


【じゃあさ、今日は僕の部屋に来ない?】

【行く!】


 すぐに返事が返って来る。ヒナも同じように早く会いたいと思っていることがわかって、ドキドキするし、幸せな気分になる。恋に落ちるっていうのがどういう気持ちなのか、と以前思ったけど、こういう気持ちが恋なんだろうな。


 約30分後。インターフォンが鳴った。ヒナだろう。玄関に迎えに行くと、出会い頭にタックルをかまされて、ぎゅっと抱きしめられた。


「ゆうちゃん、会いたかった……!」

「僕だって、そうだよ」


 1日も経っていないのに、そんな事を言い合う僕たち。毎日会っているのに変なものだと思うけど、そう思うんだから、仕方がない。


 部屋に案内すると、ヒナが目を真ん丸にしている。


「ゆうちゃんの部屋が綺麗……!」

「これでも、ちょっと頑張ってみたんだ。どう?」

「ありがとう。私のために掃除してくれたんだねー」


 そう言ってもらえると掃除したかいがある。


「それで、今日はどうしよう?」


 呼んだのはいいけど、何も考えていなかった。


「あ、そうそう。「あつ森」やろうよ。Switch持ってきたんだよ。ほら」


 と言って、Switchを取り出すヒナ。


「いいね。よし、やろう」


 僕もSwitchを起動する。


「そういえば、ヒナ。カブはどうなったの?買いたいのがあるって言ってたけど」


 しばらく前にした会話を思い出す。確か、カブで儲けて、ゲーム内の家具で何か買いたいのがあるって言ってたような。


「えへへ。実は、欲しかったのが買えたんだー」

「液晶テレビだったっけ?」

「そうそう。ちょっと、私の島に来てよ」

「いいよ。パスワード教えて」

「ええとね……」


 パスワードを教えてもらって、ヒナの島に入る。ゲーム内でヒナに案内されて、彼女の家に入る僕。今ここでは、僕の部屋にヒナが居て、ゲームの中ではヒナの家に居るのは、少し面白い。


「じゃじゃーん。どう?」

「うん。確かに、液晶テレビだね」


 それは、確かに、液晶テレビだった。ゲーム画面の中だから、ちっちゃいけど。


「えー。反応、それだけ?」

「て言われても、ただ、液晶テレビが置いてあるだけだし」

「でも、このテレビ、ちゃんと映るんだよ?」

「え?ほ、ほんと?」


 ゲーム内の家具だと思っていたら、実際に映像が見られるとはビックリだ。


「ほんとほんと。ほら、こうやって……」


 ゲーム内でヒナのキャラがテレビのスイッチを押すと、実際に画面に映像が出てくる。どうやら、ゲーム内でのニュースをやっている模様。ゲーム内のテレビに映像が映る様子は凄いようでもあり、不気味なようでもあり。


「凄いんだけど、これ、電気どこから来てるのかな……」


 ゲームの中だから何でもいいんだけど、無人島で電気も来ていないはずなのに、設定はどうなっているのか気になってしまう。


「そんな細かいこと考えてると、楽しめないよー」

「それはわかるんだけど、ちょっと考えちゃうな」


 無粋だとは思うんだけど、ちょっと不気味なので、思わず考えてしまった。


「そういえば、最近、あつ森結婚式というのやってるんだって。知ってる?」

「いや、全然。そんな機能あったっけ?」


 ゲーム内で他のプレイヤーと結婚する機能があったっけ、と首をひねる。


「そうじゃなくて、コロナで結婚式ができなくなったカップルが、島を実際に結婚式会場っぽくして、他のプレイヤーさんを呼ぶんだって。凄いよねー」

「それは凄い。最近、そういうオンラインで色々やるの増えてるね」


 コロナウイルスが流行る前にはとても考えられなかった事が色々なところで行われている。


「それでさ、私も、あつ森結婚式、やってみたいんだけど。どうかな?」


 え?とぽかんとする僕に、あわてて


「あ、もちろん、本物のっていうわけじゃなくて、ごっこ、ていうか……」


 しどろもどろになる彼女が可愛い。うん。結婚式ごっこ、いいかもしれない。それに、それなら協力して準備とか出来そうだし。


「うん。やろう。あつ森結婚式。でも、誰か呼ぶの?」

「それは恥ずかしいから二人だけで」

「そ、そうだよね」


 友達を呼びたいと言われたらどうしようかと思った。その後は、お昼を挟んで、結婚式の内容とか、ゲーム内での装飾とか、そんなことを話していた。そうこうしている内に、気が付けばもう日が暮れようとしていた。


「もうこんな時間。あっという間だったね」


 感慨深そうにつぶやくヒナ。僕も、今日は時間があっという間に流れて行った気がする。


 そろそろ帰る時間だけど、そのまま帰すのは少し寂しい。


「そろそろ帰らないとだけど、その……」


 言いよどむヒナの身体を抱き寄せる。


「ゆ、ゆうちゃん?」

「その。キスしたくなって。いい?」

「うん……」


 落ち着いて、彼女との唇に僕の唇を合わせる。


「キス、もっとしたい」


 そう言って、今度は彼女から。結局、帰るまでに何度も何度もキスを繰り返してしまった。


「それじゃ、また明日。大好き」

「僕も大好きだよ、ヒナ」


 そう言って、別れる。大好き、という言葉がお互いに言い合えるのがとれも嬉しい。


 部屋に戻った僕は、さっき話に出ていたあつ森結婚式のことを考えていた。結婚式ごっことはいえ、少し気恥ずかしいけど、それくらいにヒナが僕の事を想ってくれているのがわかって、嬉しい。


(なんか、色ぼけているな、僕)


 そんなことを考えてしまう1日だった。

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