第7話 2020年5月9日
「佑樹ー!朝ご飯よー」
そんな声で、意識が覚醒する。こうして起こされるのは、コロナウイルスが猛威を振るうようになってから、いつぶりだろうか。時計を見ると、午前8時。外を見ると、少し曇っている。
あくびをしつつ、洗面所に出る。母さんは、割と清潔さには口うるさいので、居るときは朝はきちんと歯を磨いて洗顔をしてからダイニングに向かう。
「母さんは、今日は休みなんだね」
食卓に着きながら話す。
「幸い、代わってくれる人が居たのよね」
最近、ずっと疲れていたけど、今日は少し元気そうだ。
「新規感染者数が減ってるってニュースでやってるけど、どうなの?」
「新しい患者さんは減ってる気がするわね。まだまだ忙しいけどね」
母さんの口ぶりを見ると、まだまだ楽観はできないらしい。
「うちも、このままだと業績がな……」
父さんが険しい顔でつぶやく。父さんは、大手インターネット広告代理店の偉い人らしいけど、何かあったのだろうか。
「そんなにひどいの?」
「うちに限らず、どこもこれからはしばらく厳しいぞ。EC系は別だが」
「EC系?」
初めて聞いた言葉だった。
「インターネット通販はわかるだろう?おおざっぱにいうと、そういう業種だ」
僕も、お小遣いの中で通販でものを買うことは時々ある。
「それと、新型コロナにどういう関係があるの?」
「今は外出自粛の流れがあるからな。通販やダウンロード販売はかえって伸びているところもあるんだよ」
そういえば、巣ごもり需要というニュースを見たことがあった。それに、最近、通販でパソコンとかヘッドセットとかそういうものが売り切れになっていることもある。そういうことだろうか。
「どこも大変なんだね……」
ただの高校生である僕に何ができるはずもない。
「まあ、悲観し過ぎても仕方がない。佑樹は自分のことをまず考えなさい」
どこか諦めに似た表情でつぶやいた父さんが印象的だった。
部屋に戻って、僕はSwitchを起動する。僕もヒナ程ではないけど、時々『あつ森』を進めている。といっても、木を何回も揺さぶりまくって、ベルや果物をゲットして、蜂巣が出て来たら民家に逃げ込むという、淡々としたプレイだけど。
ふと、ヒナとの会話を思い出す。全額はリスキーだけど、僕もちょっとカブをやってみようかな。
攻略サイトを見ると、カブの値動きにはいくつかパターンがあるようだ。今のカブ値を見ると、売り時を間違えなければ儲けやすいパターンなので、試しに5カブを買ってみた。
【ゆうちゃん、ちょっと話さない?】
もう恒例になった、ヒナからのメッセージ。用事がなくても、なんとなく話すのが日課になっていたことにふと気が付く。
【今行くよ】
そう返して、ベランダに飛び出す。
「おはよう、ゆうちゃん。もう起きてたの?」
「母さんに起こされたんだよ」
「そっか。おばさん、今日はお休みなんだ」
「代わってくれる人が居たんだって。まだまだ忙しいみたい」
「おばさんも大変だね」
「ヒナのところはどうなの?どっちも大変じゃない?」
「ママは、4月に郵便局で感染者が出たので大変みたい。あんまり詳しいことは教えてくれないけど。パパは……お客さんが取れないって嘆いてた」
「そういえば、父さんも、業績がどうこう言ってたよ。どこも大変だね」
そうしみじみと言う。
「あ、そうそう。僕も、カブをちょっと買ってみたんだ」
「ゆうちゃんもカブで大儲け狙い?」
「違うよ。ちょっと試してみるだけ。たった5カブだし」
「ゆうちゃんは、そういうとこ臆病だよね」
「慎重だって言って欲しいんだけど」
カブの話を調べていて思い出したことがあった。
「そういえば、ヒナの島ってカブ値いくら?」
「……だけど、それがどうかしたの?」
聞いたカブ値は、僕の島よりだいぶ高い。それなら。
「ちょっと、ヒナの島に招待してくれない?」
『あつ森』では、自分の島に人を招待したり、人の島に行くことができる。
「いいけど……なにするの?」
「それはやってみてのお楽しみ」
「なんか気になるけど。じゃあ、後で行くね」
「うん。じゃあ、後で」
という台詞で、ヒナがこっちに来るつもりなことに気が付いた。まずい。色々隠しておかないと。
急いで部屋に戻って、ヒナに見られたらヤバいものを大慌てでベッドの下に押し込む。よし、これで大丈夫。
ぴんぽーん。インターフォンが鳴った。どうせ、いつもみたいに入って来ると思ったのだけど、しばらくしても気配がしない。
玄関のドアを開けると、外には不満げな顔で立ち尽くすヒナの姿。
「どうしたの。入ってこないの?」
「ゆうちゃんが開けるの待ってたんだけど」
「いつも、気にしないで入って来るのに」
「だって、今日はおばさんとおじさんが居るでしょ?」
「別に気にしないと思うけど」
「私が気にするの」
妙なところだけ律儀なヒナだった。部屋に案内して、Switchを起動する。パスワードを教えてもらって、早速、ヒナの島に行く。
「それで、どうするの?」
「カブを売るの。ヒナの島のカブ値が高かったからさ」
「え。そんなことが出来るんだ」
「攻略サイトに書いてあったんだよ」
そう言うと、なんだかもの言いたげな表情になるヒナ。
「何かある?」
「ううん。私は、攻略サイトとか見ないから」
「そっちの方が楽して儲けられるのに」
「見ちゃうと自分で発見する楽しみが無くなると思わない?」
「それは、わかるといえばわかるけど」
僕も、好きなRPGは、攻略サイトを見ないタイプだ。先のストーリーが書いてあったりするから、ネタバレをすることもあるし。
「でしょ?」
「でも、『あつ森』って別にストーリーはないしさ。気にしないかな」
「うーん。私は、調べるんじゃなくて、体験してみたいの」
この件は、どうも平行線になりそうだ。
「ま、それはいいや。とりあえず、カブを売ってくるね」
「私は、虫取りでもしよっと」
カブを売った後は、なんとなく一緒に虫取りをしたり、ヒナの家を見て回ったりして、のんびりと過ごした。
そうこうしている内に、もう夕方だ。
「あ、勉強会、忘れてた」
元々口実なんだし、どうでもいいか。
「そういえば。じゃあ、また明日かな」
「だね。ちょっと考えておくよ」
そろそろお開きかな、と思っていると、なんだか、ヒナの視線がとある一点に釘付けになっている。あ。
「え、ええと。ゆうちゃん。その……」
あわてて、エッチな漫画を回収して、目の届かないところに隠す。
「ゆうちゃんも、そういうの見るんだね」
なんだかそわそわしている。
「そ、そりゃ、僕だって男だし」
好きな女の子にエッチな漫画を見られるとは。恥ずかしくて逃げだしたくなる。
「ゆうちゃんって、ああいうちっちゃい子が好きなの?」
どうやら、漫画の表紙まで見えていたらしい。ロリではなく、高校生同士なのだけど、どこか幼い感じのする絵柄とヒロインの性格が僕の好みで、よく使っている。僕は、小柄な子が好きなんだけど、そんなことを言えるはずもなく。
「別にそういうわけじゃなくて、たまたまだよ」
「そっか……男の子だと、そういうのも読むよね」
「変なフォローはいいから」
「……」
気まずい沈黙がしばらく満ちる。
「じゃ、じゃあ帰るね。また明日。気にしないでね……」
「う、うん。また明日」
変に気遣われてしまった。ヒナが去った後、ひっそりと僕は落ち込む。
(ひょっとして、軽蔑されただろうか)
でも、ヒナは気にしないって言ってくれたし……。その後、僕は悶々と一人悩み続けたのだった。
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