第13話 2020年5月15日
「ふわぁ」
思わずあくびが漏れる。昨日は、色々あったけど、ヒナに想いを伝えることができて、晴れて恋人同士になった。でも。
(最悪な告白だったよな)
少し自己嫌悪だ。もうちょっとうまいこと言えなかったのだろうか。
考えても仕方ないか。頭を切り替えて、ダイニングに出ると、母さんが食事の用意をしている最中だった。
「あれ?今日は休み?」
「まだまだ忙しいんだけどね。ちょっとだけ余裕ができたから、休みをもらったわ」
昨日帰ってきて、すぐ寝ていたおかげか、だいぶ元気が戻ったようだ。久しぶりに、作り立ての温かい朝食を食べて、お腹を満たす。
そして、部屋に戻って考えるのは、ヒナとのこと。
(恋人って何をするものなんだろう)
もちろん、知識としては知っているけど、ヒナとは二人っきりで勉強会をしたり、一緒に散歩をしたりしていたから、恋人としてどう誘えばいいのか、少し戸惑う。
デートをするにしても、東京だと、不要な外出は自粛のムードはある。6月までには完全に解除されそうだとかなんだとか聞くけど。
部屋に誘ってみようかな。一緒にゲームをするとか。映画館とか空いていれば、そういうところに誘えるんだけど。
【ちょっとベランダで話しない?】
【行く!】
いつもとちょっと違う返事だった。ベランダに出ると、嬉しそうな顔のヒナが既に来ていた。
「そ、その。おはよう、ヒナ」
少しぎこちない挨拶。
「おはよう、ゆうちゃん。いい天気だねー」
ニコニコ笑顔で返事をするヒナ。昨日は、結局、お互いうまく話を出来なくて解散しちゃったけど、気にしていないのかな。
「昨日は、ちょっとごめん。告白の返事が投げやりで」
そのことは謝っておきたかった。
「別にいいよ。昨日は、ちょっとムっと来ちゃったけど」
相変わらず機嫌が良さそうなヒナ。
「それでさ。ちょっと部屋に来られないかな」
「へ、部屋?」
びっくりした様子のヒナ。あれ?何かまずかった?
「えと。何か都合悪い?」
「別に、都合は悪くないけど。心の準備がまだ出来てなくて……」
心の準備?何の事だろう。
「部屋で一緒にゲームとかしたいなって思っただけなんだけど」
「あ、そういうこと。ゆうちゃん、紛らわしいんだから」
「紛らわしい?」
何が紛らわしいのか。と考えて、そっちの意味に解釈された事に気が付いた。
「あ、もちろん、変なことはしないから。外だとデートできないからさ」
「いきなりでびっくりしたよ」
「言い方が悪かったよ。ごめん。どう?Switchでも持ち寄ってさ」
「全然大丈夫だよ。これから行って大丈夫?」
「うん。いつでも来て」
「ちょっと準備するけど。また後で」
部屋に戻って、さっきの会話を思い出す。恋人になった後の事をあんまり考えていなかったけど、いずれはキスとかエッチな事とかそういうのもするんだ、という当たり前の話を今更思い出したのだった。
でも、いきなり欲望丸出しなのは良くないし、少しずつステップアップしたい。
そんなことを考えていると、なかなかヒナが来ないことに気が付く。そういえば、準備とか言ってたっけ。
ぴんぽーん。ようやく、インターフォンが鳴る。
「はいはいー。って……」
玄関の外に立っていたヒナの姿を見て言葉を失う。
いつもは下ろしているセミロングの髪を両側にまとめていて(これってなんていうんだっけ?)、下は短めのスカート、上は身体のラインが強調される、薄めのシャツだった。顔もいつもよりつやつやしているし。
「その、どうかな?」
両手を後ろにして、少し目線を落としながら、感想を聞いてくるヒナ。いくら鈍い僕でも、ヒナが部屋で一緒に過ごすためにお洒落をしてきてくれたことはわかる。
「凄く似合ってて、可愛いと思う」
正直、凄くドキドキしてて、どこがどう似合っている、と言えない自分自身が恨めしい。でも、似合っているのは間違いない。
「ふふ。良かった。反応がなかったらどうしようかと思っちゃった」
「僕もそれくらいはわかるよ。とりあえず、入って」
「お邪魔しまーす」
いつもとイメージが少し違うヒナを部屋に案内して、お茶を持ってくる。
「お茶、どうぞ」
「ゆうちゃん、なんだか、緊張してない?」
「だって、ヒナが可愛いから、落ち着かなくて」
「だったら、大成功だね」
と笑顔のヒナ。ちょっと前まで意識されてない、なんて思っていたけど、今は僕が意識しまくりでちょっと情けないくらいだ。
隣に座ったヒナをいちいち意識してしまって、普段なら言えるはずの言葉がうまく出てこない。と思ったら、左の腕になんだか柔らかい感触が。
「え、えーと。どうしたの?」
ヒナが身体を僕の方に寄せて、しなだれかかってくる。
「だって、私たち、恋人同士でしょ?」
「そ、そうだけど」
「あ、もしかして照れてる?」
にやりと笑うヒナ。
「そりゃ、照れるよ。てか、ヒナはなんで平然としてるの?」
「だって、ずっと、こういうことしたかったんだもん」
そういえば、ヒナはヒナで僕のことを意識していたという話を思い出した。
「なんか、ゆうちゃん、可愛い」
そう言って、今度は後ろから抱きしめられる。顔が見えないのに、背中や腕越しに感触や体温が伝わってきて、女の子の柔らかさを感じてしまう。
「こういうこと出来るの、嬉しいな」
「僕もその、嬉しいよ」
「そうやって、緊張してくれるのも」
「そりゃ、緊張するに決まってるよ」
顔が見えない状態で、会話を交わす僕たち。
しばらくして、少し心が落ち着いてきた。顔が見えないからかもしれない。昨日の告白はちょっとひど過ぎたけど、今ならもうちょっとちゃんとした事が言えるかもしれない。
「あのさ。昨日はごめん。色々と、ひどい返事でさ」
「別にいいよ。もう気にしてないから」
これだけ機嫌が良さそうだから、ほんとに気にしてないんだろう。でも。
「でも、僕が情けなかったから。聞いてくれる?」
「うん。聞くよ」
ヒナに後ろから抱きしめられながら、そんなことを話す。
「僕はさ。ヒナのことは結構前から意識してたんだ」
「結構前っていつくらい?」
「中学になった辺り」
「そうなんだ。もっと最近かと思ってた」
「それでさ、ヒナの気を惹きたくて、サッカーや野球のことも勉強したんだ」
「そういえば、急に詳しくなったから、どうしたのかな?って思ってたよ」
そこまで言って一息つく。ずっと抱きしめられているけど、少しずつドキドキが落ち着いてきた。
「それでさ。色々デートに誘ったんだ。覚えてるだろ」
「野球観戦とか誘われたのは覚えてるよ。あれってデートだったんだ」
「そのつもりだったよ。ヒナはそうじゃなかったの?」
「私はデートのつもりだったよ。でも、服を変えてみても、何も言ってくれないから。ただ遊びに誘ってくれてるのかなって思ってた。そうじゃなかったんだね」
「違う服なのはわかったけど、なんていえばいいのかわからなかったんだよ」
「そういうことだったんだ。ゆうちゃん、そういうとこ苦手だよね」
楽しそうなヒナの声。
「とにかく。何度誘っても、いい雰囲気にならなかったから、意識されてないのかなーって思ってた」
「私も、意識されてないのかなーって思ってたよ」
「うん。そうなんだろうね。とにかく、それからずっとヒナに振り向いてもらいたいって思ってたんだ」
「そっか。そんなに前から想ってくれてたんだ」
「まあ、僕がダメダメだったんだけど」
「ありがと。じゃあ、私の話もしようかな」
そういえば、ヒナはいつから意識してくれたんだろう。
「昔、言った「好きってなんだろう」っていうのを覚えてる?」
「うん。それはね。だから、恋愛とか考えてないのかなって思ってた」
「ゆうちゃんに相談したことあるけど。あんまり話したことがない男の子とか、クラスでしゃべるだけの男の子に「好きです」って言われて、「どこが?」っていっつも思ってたんだよね」
「別に普通だと思うけど」
ヒナに限らず、よく見かける光景だと思う。それは、言われた方にしてみると困るのかもしれないけど。
「そうかな。「明るいから」とか「可愛いから」と言われても、うーんって感じだったんだよね」
「ヒナも別に明るいばっかりじゃないよね」
「そうそう。だから、ほんとにこの人は私の事が好きなのかな?って思っちゃった」
てっきり、好きって気持ちがわからないから、振っていたと思ったけど、そうじゃなかったのか。
「それで、じゃあ、私は誰が好きなんだろうなって考えたんだよ」
「うん。それで?」
「ゆうちゃんは、理屈っぽいし、時々意地悪なことがあったけど。でも、私をちゃんと見てくれてるなって思ったんだ」
「そこは全然自信がないけど」
「そんなことない。最近も、ゆうちゃんがいなかったら、しんどかったと思うし」
「それなら、良かったよ」
「あとはね。漫画とか読んでて、女の子が男の子とスキンシップするシーンあるじゃない?私は誰とそういうことしたいんだろうなって思ったり」
僕が思っていた以上に、ヒナはちゃんと恋愛について色々考えていたんだなということを今更知る。
「そんな感じで、私が好きなのはゆうちゃんなんだなーって思ったの」
「ありがとう。ヒナがそんなに僕のこと好きだったとは知らなかったよ」
「私も、ゆうちゃんの気持ちに気づかなかったけどね。だから、おあいこでいいかなって思う」
そうして、ヒナは抱きしめていた腕を放した。昨日は色々ひどいものだったけど、ようやく、これで恋人らしくなれたのかな。
ふと、時計を見ると、もう夕方になっていた。ゲームをするはずだったのに、いつの間にかそんなことをお互いすっかり忘れていたみたいだ。
「あ、もうこんな時間だね。ゲームするの忘れちゃってた」
「僕も。でも、ちゃんと話が出来て良かった」
「そろそろ、帰らないと」
そんなヒナの言葉を聞いて、ふと、離れがたくなる。
「そんな寂しそうな顔のゆうちゃん、初めて見たよ」
嬉しそうに、そんな事を言われる。
「そうかな……」
「別に、明日からも会えるからね?」
「それくらいわかってるよ」
いつの間にか、主導権をしっかりヒナに握られてしまっている。僕ばっかりが余裕をなくしているみたいで、少し悔しい。
「それじゃ、また明日ね」
ヒナがそう言った次の瞬間。ちゅ、と頬に冷たい感触がした。
去って行くヒナを呆然と見送る。今のは、キス、だよね。それに気づいて、顔が熱くなるのがわかる。
ヒナは思っていたよりもずっと大人で、僕は、思っていたよりもずっと子どもだった。そんなことを実感したのだった。
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