第10話 2020年5月12日
「もう朝か……」
まだ少し眠い気がする。昨夜、遅くまで起きていたからだろうか。
今日もやっぱり母さんは朝早くに仕事に出たらしい。昨夜は、「明日は、ちょっと朝ご飯作れそうにないの」と謝られてしまった。別に、1日や2日出ないくらい気にしないから、本当に無理をしないで欲しい。
買い置きの食パンを焼いて、納豆を乗っけて食べる。納豆パンなんてと言う人も居るらしいけど、これがどうして意外と美味しい。ヒナに以前話したら、信じられないという顔をされたのを覚えている。
朝ごはんを食べ終えると、父さんが起き出して来た。
「父さん、今日は仕事は?」
「今日はテレワークでな。まあ、まだ全面的にじゃないが」
話によると、父さんの会社では、まずお偉いさんからテレワークに入ったらしい。
「じゃあ、今日は静かにした方がいいかな」
あまりうるさくはしない方がいいだろうと思ったのだけど。
「書斎でやるから佑樹は普通にしてなさい」
との返事。リビングでビデオ会議をされてもきっと落ち着かなかったから、それなら良かったかもしれない。
「そういえばさ、父さんのパソコンでビデオ会議できるの?」
時々父さんが仕事用に使っているMacのノートPCを見るけど。
「専用のマイクが欲しいところだが、それまではなんとかなるよ」
あの小さなノートPCにマイクやカメラが入っているなんて、ちょっとした驚きだ。ふと、それで思いついたことがあった。
部屋に戻って、思いついたことをヒナに伝える。
【ね。ヒナ。今日はビデオ通話してみない?】
そう。ラインにはビデオ通話の機能があるから、それをふと使ってみたくなったのだった。
【いいけど、なんで急に?】
【最近、仕事ではビデオ会議が増えてるらしいから、どんな感じなのかなって】
【ビデオ会議ごっこ?】
【ごっこでもいいけど、ちょっと試して見たくて】
【わかった。じゃあ、こっちからかけるね】
少しして、ラインの特徴的な着信音。通話に出てみると、なんだか違うところが映ってるような……?
「って、ヒナ。胸映ってるから、胸」
どういう角度にスマホを向ければそうなるのだろうか。
「え、ええ?ご、ごめん」
あわてて、スマホの角度を変えるヒナだけど、フロントのカメラの位置を把握していないのか、ちゃんと顔が映らない。
「ヒナ。ずれてる、ずれてる。もっと上の方」
「う、うん」
「そうそう、そんな感じ」
傾きを何度か変えた末、ようやくヒナの顔が画面に向こうに見た。画面越しに見えたヒナの顔は、実際に会ってみるのと違って、ガラス越しに会話しているような気分になる。
「なんか、不思議。ゆうちゃんの顔は見えてるのに、表情があんまりわからない」
ヒナも同じ感想だったようだ。
「同感。なんか、無理して作ってるように見えるよ」
少し、緊張しているようにも見える。
「普通のつもりだよ。ゆうちゃんこそ、緊張してない?」
問われるけど、ピンと来ない。普通、のつもりなんだけどなあ。
「テレワークしてる人たちって、皆こんな感じなのかな」
ヒナの顔は見えているし、声も聞こえているのに、なんだか遠くにいるみたいだ。
「パパとママはテレワークしてるわけじゃないし、わからないかな」
「ま、いいか。それより、今日の勉強会、何にする?」
昨日は勉強会をするという気分でもなかったけど。
「古文とかどうかな?」
僕が苦手な科目その一だ。
「ゆうちゃん、嫌そうな顔してる」
画面越しだけど、笑っているのがわかる。そして、僕は、画面越しでもわかる程嫌そうなのだろうか。
「社会では使わないし。題材のお話とかは面白いけどね」
昔のお話や随筆を読むのは、当時の人の様子が見えるようで、少し面白いけど、そのために昔の日本語の勉強をするのはめんどうくさかった。
「それにさ。現代語訳でいいじゃないか」
古文の先生が聞いたら怒りそうなことを口走ってしまう。
「私は、昔の言葉ってリズムが違ってて面白いとおもうけどなあ」
「感性の違いだね」
「ゆうちゃんが嫌なら、別のにする?」
「別にそうは言ってないよ。どうせやらないといけないし」
それに、こうやって話せるのなら、別に古文でも良かったというのは本音だ。
「それじゃ、また後でね。ゆうちゃん」
「うん。また後で」
そんないつも挨拶をして、通話を切る。
ビデオ通話、初めてやってみたけど、これは慣れそうにないな。
そして、いつものように勉強会が始まる。題材は、有名な浦島太郎だ。元々は、室町時代に作られた「お伽草子」にあるお話らしい。
「昔丹後国に、浦島といふもの侍りしに、その子に浦島太郎と申して、年の齢二十四五の男有りけり……」
ヒナが最初の1文を朗読してみせる。「いふもの」とか言いにくそうなところきちんとしゃべっていて、聞きほれそうな程だし、普段と声の調子も違う。
「ヒナ、やっぱり上手いね。声優でも目指したら?」
「そんなの無理だってば。それより、これの訳わかる?」
問われて、考える。古文は苦手だけど、このお話は有名だから、出てくる単語を当てはめてなんとなく答える。
「丹後国っていうのがわからないけど、浦島さんという人が居て、その子どもが浦島太郎ってことかな。で、歳は24か25、でいい?」
訳になって居ないけど、おおまかな意味はそんなことだろう。そんな適当な答えを返す。
「ゆうちゃん、これ、読解文じゃないんだから。ちゃんと訳してよ」
苦言を呈される。本気で怒っていないのはわかっていたけど。
「といってもね。敬語とか謙譲語とか考えるのめんどくさいよ」
「だから、ゆうちゃんは古文の成績が悪いんだってば」
痛いところをついてくる。
「わかった。ちょっと真面目にやってみる」
どうせ古文はやらなきゃいけないのだから、愚痴ばかり言ってられない。
侍りし、とか申し、を考えて、もうちょっとましな訳にしてみる。
「ゆうちゃん、ちゃんとできるじゃない!なんで普段これができないのかな……」
ヒナは不思議そうだけど、僕だって、さすがに1文くらいならなんとかなる。
「最初の文くらいならね。もっと長くなると無理」
時間をかけていいならともかく、テストの時間にとなると自信はない。
「仕方ないなあ。じゃあ、私が解説してあげるから」
なんだか偉そうな顔をしているヒナだが、どこか嬉しそうだ。
そんな風にして、勉強会は進んで行った。嫌いな古文だけど、こうやってヒナと話しながらできるのなら悪い時間じゃない。
そうして、勉強会も終わる夕方。
「じゃ、そろそろ帰るよ」
「うん。また明日ね」
家に帰ると、部屋に引きこもって、Switchで『あつ森』をプレイし始める。
(そういえば、今日は、気が楽だな。ヒナも楽しそうだったし)
と思ったけど、あんまりコロナウイルスの話をしていないからか、とふと気づいた。なんとなく見てしまっているニュースやツイッターだけど、本当は見ない方がいいのかもしれないな。
そんなことを思ってしまった。
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