実行委員
「メニューは新じゃがの季節に合わせた巨大コロッケ。命名『やまとん 春のジャガ祭り』。ルールは把握してるね?」
オバちゃんの呼びかけに、怪獣二人が同時に頷いた。
僕は今のうちに、ルールブックを読み返す。
●時間は無制限。コロッケがなくなった時点で、皿の数が多かった方の勝ち。
●付け合わせのキャベツも重量に換算される。
●コンソメスープは飲み放題。だが、どれだけ飲んでも、審査のカウントには入らない。
と、書かれている。
また、今回はキス変使い同士の対決と言うことで、「キス変」についてのルールが設けられている。
●対戦者はキス変の際、交際相手に口移しをしない事。
●交際相手は、キャベツか薬味、調味料しか口にしてはならない。調味料は持ち込み自由。
●なお、胃薬などの消化剤は、ドーピングと見なし失格とする。
以上が、キス変のルールである。
僕は砂糖や辛子、他にも色々と持ってきていた。
「じゃあ、切り終わるまで待ってな」
揚がったコロッケが二口大に切り分けられ、数え切れない数の小皿に添えられる。皿は慎重に計量され、平行に列を作ったテーブルに次々と並べられる。
「それでは、ドクターチェックをしまーす。女性の方々はこちらに来て下さーい」
則子さんが早着替えで白衣になり、二人を公園隅に配置された間仕切りへと連れて行く。
「則子は医師志望なんだよ」と、小春オバちゃんが腕を組んだ。
さすが大食いの実行委員を務めるオバちゃんだ。対決の準備は万全である。
「女性の方、終わりましたー。二人とも健康でーす。では男性の方、舌のチェックをしますのでー、こちらへどうぞー」
ジャージのチャックを閉めながらまにゃにゃが仕切りから出て行く。
続いて、由佳里がブラウスのボタンを留めながら出てきた。胸をペタペタと触りながら「うう」と唸っている。
「どうだった?」
「身体はなんともないって」
とはいえ、しきりに胸を気にしていた。
今度は僕達が、間仕切りへ通される。
「はい、あーんしてぇ」
則子さんの指示で口を開け、舌をチェックされた。
「うーん。カワイイベロちゃんでしたぁ。由佳里ちゃんが独り占めなんて勿体ないですねー」
座ったままの体勢で、則子さんが腰をくねらせた。
「な、何言ってるんですかっ!」
僕をからかうように、則子さんが口に手を当ててクススク笑った。
「冗談でーす。次の方どうぞー」
則子さんは悪びれもせず、舜さんを招き入れる。
「逞しくて男らしいベロちゃんですねー」などという、甘ったるい声が仕切りから聞こえた。舜さんもセクハラ発言を受けているようだ。
「お互い、フェアに行こう」
数秒後に仕切りを出ると、イカツいマークの付いたジャケットを羽織った荻尾舜さんが、僕に握手を求めた。見た目ヤンキーなのに、やはりいい人そうな印象だ。
あれから僕達は、やれるだけのことはやった。あとは本番次第だ。
「いつもみたいにやれば、勝てるから」
由佳里は、まにゃにゃを火花を散らしながら、軽く頷いた。
「なお、今回は特別ルールとして、キス変の際に不正がないか、チェックさせて貰う、アタシらがやってもいいんだけど、ここにいるお客さんの分のコロッケを作らないといけない。二人を見るにはあたし一人の手に負えない。そこで」
おばちゃんが、観客席に目を移す。
「今回は観客席に、立会人の方にもお越し頂いています。現役フードファイターで公式大食い大会の実行委員、小柳知佳さんです」
会場がどよめく中、僕は耳を疑った。
観客席を見て、由佳里が眼を見開く。
「お姉ちゃん!?」
由佳里の視線の先では、ひときわ大きいビニールシートにデンと腰を据え、知佳さんが缶ビール片手に観戦していた。胸には大食い公式試合実行委員を示すプレートが付けられている。
「審判を務めます、小柳知佳でーす。よろしくお願いしまーす」
レースクイーン姿の知佳さんが、立って挨拶をした。
知佳さんが、僕たちの方へ歩いてくる。
「いつも、妹がお世話になってます」
「こちらこそ、妹さんにはよくしてもらってて」
僕は知佳さんに頭を下げた。
「へえ、大食い実行委員のトップが、身内にいたのね」
まにゃにゃが、ため息交じりにこちらを見る。
「身内が戦うからって、私が手心を加えるとでも?」
笑みを浮かべつつも高圧的な視線が、まにゃにゃに飛ぶ。
「まさか。こうなることは想定の範囲内よ。まずは妹を。その次は、あんたよ」
「やっぱり、狙いは私だったわけね?」
まにゃにゃは答えずに、配置につく。
実行委委員って。由佳里のお姉さんって、有名人だったのか。まにゃにゃが由佳里を執拗に狙っていたのも、まずは妹を撃破してからと思っているのだろう。
実行委委員って。由佳里のお姉さんって、有名人だったのか。
「でも、今回は公平にジャッジするから、そのつもりで」
「はい」と、由佳里が力強く返事をする。
人の目の前でキス変するのか。いつもと勝手が違って、ちょっと恥ずかしいな。
「由佳里ー、負けたら承知しないよー」
ビールを煽りながら、知佳さんは観客席へ。
由佳里とまにゃにゃが、列を作った長テーブルの対角線上へと移動した。
まずい、由佳里が硬くなってる。
「大丈夫だよ。落ち着いて行こう」
僕はなんとか由佳里をなだめた。
「では、始め!」
時計が正午を周り、オバちゃんが手を高々と上げる。
いよいよ、二大怪獣の対決が始まった。
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