味変

 四分経過。

 由佳里は四分の一まで食べ終わる。すごいペースだ。


 僕は自分のカレーを、由佳里に合わせてちょっとずつ食べる。


 由佳里には、まだ余裕の表情が見える。


 この細く小さい身体のどこに、そんなキャパシティがあるのか。どこに入っていくのか。


 僕が感心していると、由佳里はテーブルに添え付けてある砂糖に手を付けた。

 砂糖をコップの中に入れ、割り箸で水と一緒にかき混ぜる。その砂糖水を、少しずつ口に含む。


「由佳里、何やってるの?」

 僕は、由佳里に尋ねた。


「これ? 味変」

 さも当たり前のように、由佳里は言った。


「あじへん?」


「味を変えるの。ずっと同じものを食べるから、味に飽きちゃった。そのときに使う技。大食いの専門用語だよ」

 由佳里はそう言い、また嬉しそうにオムライスにがっつく。

 その後も、由佳里はテーブルの薬味入れに手をかけ、醤油やソースを舐める。


 そうしているうちに、理不尽がどんどん小さくなっていく。


「オムライスってさ、お米の焦げた所が美味しいんだよね。カリカリしてて」

 と、由佳里は言う。


 僕は一瞬、ドキッとなった。



 焦げたご飯は、僕達を繋ぐきっかけになった物だから。





 高一の頃は、そんなに由佳里を意識していなかった。


 ある日、キャンプの授業で、僕は不注意で飯盒を焦がしてしまった。


 みんなの批難を浴びながら、焦げた部分だけを自分の皿に盛っていると、同じ班の由佳里に声をかけられた。


中森なかもりくん、焦げた所さ、私にもちょうだい」

 初めて由佳里に声をかけられた。


 僕は戸惑いながら、由佳里の皿にご飯を盛る。


 由佳里はお焦げをカレーに付けて楽しそうに食べていた。嫌な顔一つせずに。


 なんて優しい子だろう。


「あの、ごめんね」

「何で? これおいしいよ。カレー味の焼きおにぎり、って感じ」


 由佳里にあっけらかんと答えられ、僕の胸はときめいた。



 それ以来、僕の中で由佳里の存在が大きくなっていく。



 次第に打ち解ける仲になっていき、由佳里が「下の名前で呼んで」と言ってきたときは、帰ってから飛び跳ねたものだ。


「由佳里、今度デートしてくれないか?」

「うれしい。ありがとう、美佐男みさおくん」


 春休み直前、僕は思い切って由佳里を遊びに誘った。

 快く由佳里は承諾してくれた。




 十分経過。

「ねえ、やっぱり私って、変かな? こんなおっきいオムライスなんかに必死になって」


 オムライスを咀嚼しながら、由佳里が下を向いた。


 僕は首を何度も横に振る。

「ちっとも変じゃないと思うよ。びっくりしただけ」


「嬉しい……。連れてきて良かった」

 由佳里は温かい笑顔を向けた。


 誘った当時は、まだ彼女が大食いだなんて知らなかった。

 今の由佳里を見ていると、お焦げだって、本当に好きで食べていたんだろうと思える。

 でも決して、幻滅したりなんかしない。


 だが、一二分を経過したあたりで、由佳里が首をかしげた。

「ん、これは?」




 オムライスの底から、平べったい鶏の唐揚げが出てくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る