山盛りメガトン、略して「やまとん」

「いただきます」

 由佳里は右手でスプーンを握る。

 浪人回しで、スプーンを軌道修正すると同時に、由佳里は、怪獣に変身した。


 オムライスを、まるで親の仇であるかのように、スプーンで切り裂く。

 皿にまで喰らいつく勢いで、小さな唇を目いっぱい開き、親の仇を運んでいく。相当おいしいのか、由佳里に笑顔が見える。


 ちなみに、僕の敵はカレーライス。

 こちらは『多恵』さんという、ショートカットの店員が持ってきた。さっき、やまとんを運んできた店員の片割れだ。

 もちろんノーマルサイズ。オムライスが邪魔でテーブルに乗らない。その為、皿は手で持っている。




「始まったぞ!」


 あっという間に、大勢のギャラリーが彼女を囲む。はぐはぐとオムライスを頬張る彼女を見て、観客は嬉しそうである。




「由佳里ちゃん、カレシ出来たんだね?」

 店員さんが由佳里に話しかける。


 胸のプレートには『雅彦』と書かれている。


「い、いやそういうわけじゃ……」


「でも、由佳里ちゃんの方は、まんざらでもなさそうだよ?」



 由佳里はオムライスを見つめたまま、ケチャップのように顔を赤らめている。




「すいません。由佳……小柳由佳里さんって、結構、有名人なんですか?」

 僕は、一番熱心に観戦している雅彦さんに尋ねた。


「由佳里ちゃんは、この辺じゃ有名な【大食い】だよ」

「大食い? ああ、あの、テレビとかでよく見る……」


「そう。テレビに出た事ないけど、出たら由佳里ちゃん、大活躍だろうね」


『雅彦』店員はニヤニヤする。


 そのとき僕は理解した。

 由佳里がゴムのスカートを履いてきたのも、四人席を指定したのも、すべてはこのオムライスと戦う為だったのであると。


「由佳里、大丈夫なのか?」

 僕は、心配になって声をかける。


「大丈夫。二号までは攻略したよ」

 由佳里はVサインを作った。


「二号って?」

「三キロのカレーライス。一号は確か、二キロのチャーハンだったっけ」


 僕はもう、開いた口が塞がらなかった。


 オバチャンのダンナさん、秋山雅彦さんが、やまとんシリーズ誕生のいきさつを教えてくれた。


 店長、秋山小春オバちゃんが製造した「山盛りメガトン」。

 略して「やまとん」シリーズは、『食堂 こはる』のデカ盛りメニューの総称。



 最初は、お金のない大学生客の為に開発された。

 二キロ以上の特大サイズというのに、価格はどれも七百円とリーズナブル。

 複数人で食べてOKだが、大人五人がかりでも残してしまう客がほとんどらしい。



 しかし小柳由佳里は、単騎で次々とやまとんを駆逐していった。


 小春オバちゃんは意地になり、やまとんは進化を遂げ、巨大化していったのだ、という。


 シリーズ最新作、「やまとん三号」は、四キロのソフトオムライスである。


 設計工程は、まず八合のチキンライス入り炊飯器を、鍋用の皿へとプリンのようにひっくり返す。

 炊飯器を外して、卵を一パック使った半熟オムレツをチキンライスに載せるだけ。


「ソフトオムライスだよ。ハイカラだろ?」

 と、秋山小春三十六歳は笑う。

 確かに、ある意味ハイカラである。

 と言うより、大きすぎて卵で包めないから、ソフトにせざるをえなかった、というのが真相だろう。



 ウルトラマンは、スプーンでは変身できない。

 

 しかし、小柳由佳里の場合、スプーンこそが変身ツール。


 それも、怪獣になるのだ。


「いただきます」の掛け声と共に、由佳里は怪獣に変身する。

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